表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十六章 凍刃の二足翼竜(ウィヴェルヌ・フォルジェ・パル・レ・グラシエ)
102/105

102 壊れた本(ブック)たち

 ソフィーが涙を拭って顔をあげる。サンキエムに乱された気持ちが、ようやく落ち着いてきた。

 隣にはつまらなさそうな顔で膝を抱えているセティがいた。ソフィーが顔を覗き込むと、一瞬ほっとしたように笑顔を見せ、それからすぐに唇を尖らせてそっぽを向いた。

 セティの反応に微笑んで、反対側にも目を向ける。ソフィーの様子を伺うように、リオンが首を傾けた。いつもと何も変わらない軽い調子で。何も言わないでくれるのが、ソフィーにはありがたかった。


「ありがとう、もう大丈夫」


 ソフィーはリオンに頷きを返す。そして、ようやく立ち上がることができた。

 空っぽの石積みの部屋に、無数の(ブック)が落ちている。そのほとんどが、割れたり砕けたり、修復が難しいほどに深く傷ついて壊れたものだった。

 三人で丁寧に広い集める。粉々になって、もうどうにもならないものもあった。拾い集めることすらできない(ブック)の残骸を前に、ソフィーは小さく首を振った。諦めきれないけれど、諦めるしかない。


「もしかして、壊れた(ブック)は置いていけば、シジエムが再生(レジェネラシオン)の知識で修復するかしら」


 割れた(ブック)を手のひらに乗せて、ソフィーは呟いた。


「どうだろうな。なんにせよ俺たちは探索者(ブックワーム)だ。壊れた本(ジャンク)でも研究したいってやつはいて、そういうところで買い取ってもらえる。だったら拾って帰る。それで良いんじゃないか?」

「そう……そうね。わたしたちは探索者(ブックワーム)だから……」


 リオンの言葉に一応は頷いて、ソフィーは割れた(ブック)道具袋(ポーチ)に入れた。

 書架(ライブラリ)に潜って、(ブック)を手に入れ、使い、そして売る。それが探索者(ブックワーム)だ。

 だから、壊れた(ブック)だってこうやって拾って帰る。それを買い取りたいという人がいるのだから。

 ただそれだけのことだ。難しく考える必要はないのかもしれない。ソフィーは小さく息を吐いた。


「まあでも、サンキエムとセティの写し(コピー)は、いくら壊れてたとしても売れないな。うっかりするとセティのことがバレるかもしれないし、問題が多すぎる」


 リオンは自分が壊した破壊顎の大百足ミリパット・モルシュール・ブリズーズ(ブック)を拾い上げながら、ぼやくようにそう言った。


「……その二冊は、わたしが預かっていても構わない?」

「そりゃあ、構わないけど」


 リオンが心配そうに目を細めてソフィーを見る。

 自分の写し(コピー)(ブック)を拾っていたセティは、もっとあからさまにソフィーを睨んだ。


「こんなの持って帰ってどうするんだよ」

「別にどうもしないけど……」


 ソフィーは困ったように首を傾けて、眉を寄せた。


「いつか、修復できるかもしれないでしょう?」

写し(コピー)なんか修復してどうするんだ。本物の俺がいるんだから、必要ないだろ」


 気に入らない、という顔でセティがソフィーを見る。ソフィーはうつむいて、また足元の(ブック)を拾い上げた。


「それでも……たとえどんな(ブック)でも、壊れてるのは悲しいから」


 セティはまだ何か言いたそうにしていたけれど、リオンがなだめるように肩を叩いた。「うるさい」とその手を払ってから、セティはしばらく写し(コピー)(ブック)を握りしめて考え込む。

 ソフィーが拾った(ブック)道具袋(ポーチ)に入れて立ち上がるまで、セティは考え込んでいた。そして、ようやく決心したように顔をあげる。

 立ち上がったソフィーの前に立つと、セティは唇を尖らせて握っていた(ブック)を差し出した。


「持ってたいなら持ってたら良い。でも、ソフィーには俺がいるんだからな!」


 セティはソフィーを睨みあげる。ソフィーはぽかんと口を開いて、それから嬉しそうに目を細めた。セティの手から(ブック)を受け取る。


「そうね。最強のセティが一緒にいてくれるんだから……だから、わたしは大丈夫。ありがとう、セティ」


 ソフィーに(ブック)を渡したセティは、ソフィーの微笑みに何を返せば良いのかわからなくて、視線をうろうろとさせた後に結局「ふん」とそっぽを向いてしまった。

 ソフィーはふふっと声を出して笑った。そのせいでセティはますます唇を曲げてしまったけれど、それでもソフィーの心は随分と軽くなった。

 そうやって拾い集めると、中には傷のほとんどない(ブック)もあった。たまたま傷つかないまま、サンキエムに使い捨てられたのだろう。捨てた(ブック)を意識しない、サンキエムの(ブック)への酷薄さが感じ取れるようだった。

 壊れたもの、壊れてないもの、それからソフィーがこっそりと持って帰るサンキエムとセティの写し(コピー)。それらを選別するときに、ソフィーはやっぱり少し悲しそうに壊れた(ブック)たちを優しく撫でた。

 そうして三人は、ようやく書架(ライブラリ)を出たのだった。




   第十六章 凍刃の二足翼竜(ウィヴェルヌ・フォルジェ・パル・レ・グラシエ) おわり


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ