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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十六章 凍刃の二足翼竜(ウィヴェルヌ・フォルジェ・パル・レ・グラシエ)
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101 ざまあみろ

 |凍刃の二足翼竜《ウィヴェルヌ・フォルジェ・パル・レ・グラシエ》の傷口から、知識が黒い液体になって流れ出す。その大きな体がぼんやりと光る。

 セティは巨体から槍を抜くと、宙に跳んだ。二足翼竜(ワイバーン)はそのまま、深く傷ついた(ブック)の姿になって、地面に落ちてゆく。

 あれほど荒れ狂っていた吹雪はすでに収まっている。地面の雪も消えて、石の床が見えていた。

 空中で逆さまになって、セティは写し(コピー)を見下ろした。写し(コピー)はすぐ頭上を飛ぶ大鷲(イーグル)に気を取られている。


音迷の跳鳴虫グリヨン・ドゥ・リリュゾン・ソノール


 セティの肩から、小さなコオロギが跳ねる。コオロギは写し(コピー)の後ろに降り立つと、セティの声と槍を振り回す音を響かせた。


「くらえ!」


 写し(コピー)はその声に振り向いた。振り向きざま、攻撃に備えて槍を振り上げる。けれどその穂先は空を切っただけだった。

 次の瞬間、セティはその反対側に着地する。そのまま無防備になった写し(コピー)の脇腹に、槍を突き刺した。

 写し(コピー)の知識が、黒い液体になって流れ出す。口からも知識を吐き出して、写し(コピー)はゆらりと膝をついた。


「俺は完璧な写し(コピー)……完璧な、知識……」


 信じられないように、写し(コピー)は自分の腹を触った。そこから流れ落ちる知識に、呆然とした表情をする。


「知識に完璧なんてない! だから俺は成長するんだ!」


 セティは一瞬ためらってから、それでも唇を引き結んで、写し(コピー)に深々と槍を突き刺した。写し(コピー)の体がぼんやりと光って、(ブック)の姿に戻る。それは、粉々に砕け散っていた。


   ◆


「あーあ、終わっちゃった」


 床に膝をついたサンキエムが、つまらなさそうに呟いた。


「ええ、あなたの目論見はもうおしまい。だから……」

「だから、何? 僕に言うことを聞かせようっていうの?」


 サンキエムはソフィーを睨みあげる。それから新しい(ブック)を取り出して開く。


開け(オープン)刺撃の蠍スコルピオン・ペルクトゥール

「まだ何かやる気!?」


 ソフィーはサンキエムの右手を捉まえている鞭閃の舌長蜥蜴ウィップラッシュ・カメレオンの舌を引っ張る。

 サンキエムは左手で握った短剣を自分の右手に向けた。傷つけられることを恐れて、ソフィーは舌長蜥蜴(カメレオン)の舌を引っ込める。そしてもう一度拘束しようと舌を伸ばす。

 それよりも速く、サンキエムは短剣を両手で構えて、自分の胸を突き刺した。


「な……っ!?」


 想像していなかった動きに、ソフィーは固まる。目を見開いて、サンキエムの胸から知識が黒い液体になって流れ落ちるのを、信じられない気持ちで眺める。


「どうして!? なんでそんなこと!?」


 サンキエムはどうってことない顔で、ソフィーを見た。


「だって僕は写し(コピー)だよ。用事は終わったし、だったらもう壊れちゃっても良いよ」

「だ、駄目!!」


 ソフィーはサンキエムに駆け寄って、その両手を捕まえる。サンキエムは自分の手を止めるソフィーの手に逆らって、もう一度自分の胸を刺した。

 ごぼり、とサンキエムの口からインクのような黒い液体が溢れ出る。

 至近距離で、サンキエムはソフィーの顔を覗き込んだ。ソフィーの顔に浮かんでいる絶望の表情を見て、嬉しそうに笑う。


「中途半端に残って人間に使われるなんて最悪だし、そのくらいなら壊れた方が良い」

「そんなことない! 壊れた方が良いなんてこと、絶対ない!」


 ソフィーがサンキエムの手から短剣を取り上げる。でももう、取り返しがつかないほどに知識は流れ出していた。ソフィーは大きく首を振る。

 あはは、とサンキエムが笑う。


「ほら、目の前で(ブック)が壊れるの、これで何度目? 壊したくないなんて言って、壊れるのを止められもしないくせに」


 ソフィーは手にした短剣を取り落とす。もう手遅れだった。また(ブック)が壊れてしまった。悔しくて、ソフィーは涙を流す。

 その涙をサンキエムは嘲笑った。


「ざまあみろ。お前なんか大嫌いだ」


 そして、サンキエムの体がぼんやりと光る。もう姿を保っていられずに、閉じて(ブック)の姿になる。

 ひび割れた(ブック)が、床に転がった。


「ああ……」


 無力感に、ソフィーはその場に座り込む。体の力が全部抜けてしまったようで、動ける気がしなかった。

 疾風の大鷲(ゲール・イーグル)を閉じたリオンが、痛む左足を庇いながらソフィーの隣にやってきた。そして声をかけることなく、ただ静かに隣に座った。

 駆け寄ってきたセティは、半ズボンの裾を握り締めてただ隣に立っているしかできなかった。泣いているソフィーを前に、どうして良いのかわからなかった。

 困った顔で視線をうろうろとさせて、セティは一生懸命に言葉を探したけれど、何も出てこなかった。それでもセティは諦めきれずに、ソフィーにかける言葉を探し続けた。


(顔をあげなくちゃ)


 そう思うのに涙は止まらず、ソフィーは動くことができなかった。

 何も言わないで傍にいてくれるリオンの存在が頼もしかった。懸命にソフィーと向き合ってくれるセティの存在が嬉しくて、愛おしかった。


「ありがとう……セティも、リオンも」


 泣きながらのソフィーの言葉に、リオンはやっぱり何も言わずに、小さく肩をすくめただけだった。

 セティはお礼の言葉に戸惑って何度も瞬きをした後に、やっぱり言葉は何も見つからなくて、リオンのようにソフィーの隣にそっと座った。膝を抱えて、ソフィーが泣き止むのを静かに待っていた。


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