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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十六章 凍刃の二足翼竜(ウィヴェルヌ・フォルジェ・パル・レ・グラシエ)
100/105

100 失くしたくない

碧水の蛙アクアルーラー・フロッグ!」


 ソフィーは碧水の蛙アクアルーラー・フロッグの水を薄く鋭く──一枚の刃にした。それをサンキエムが伸ばす鞭閃の舌長蜥蜴カメレオン・フウェットゥールの舌に振り下ろす。

 サンキエムは傷を恐れて舌を引っ込めるようなことはしなかった。水の刃はそのまま、舌を切り裂いた。張り詰めていた舌が力の行き場を失い、宙に放り出される。その切り口からは、インクのような黒い液体が流れ落ちる。

 舌を辿ってソフィーに迫っていた刺撃の蠍スコルピオン・ペルクトゥールは、跳んだ。諦めずにソフィーに向かってきている。

 ソフィーはそれも水の刃で切り裂いた。蠍の胴体が真っ二つになる。

 舌長蜥蜴(カメレオン)も、(スコルピオン)も、傷ついた体が雪の上に落ちる。白い雪の上に、黒い染みができた。そしてぼんやりと光ると、砕けた(ブック)の姿になった。


開け(オープン)刺撃の蠍スコルピオン・ペルクトゥール


 サンキエムはすぐさま新しい(ブック)を開く。蠍は今度はサンキエムの手の中で短剣の姿になった。サンキエムは短剣を握りしめて、ソフィーに向かってゆく。


「無駄だよ。どれだけ(ブック)を壊しても、僕はいくらでも新しい(ブック)を開けるんだから!」


 懐に入ってこようとするサンキエムを、ソフィーは鞭閃の舌長蜥蜴ウィップラッシュ・カメレオンの舌を鞭のように振り回して牽制する。サンキエムは一歩退がって鋭く打ち付けようとする舌をかわす。

 しなやかに鞭のように舞う舌を掻い潜って、サンキエムはソフィーに迫る。


「ねえ、人間は壊れるとどうなるの? (ブック)と違って閉じないんでしょ? シジエムの再生(レジェネラシオン)でも修復できないんだよね?」


 ソフィーは体をねじって突き出される短剣をかわす。そのねじった勢いで、舌長蜥蜴(カメレオン)の舌をサンキエムに打ち付ける。

 びしぃっと鋭い音がして、サンキエムの腕に舌が打ち付けられる。それでもサンキエムは動きを止めなかった。


「僕、お前のことが大嫌いだ! お前が壊れるところが見たいよ! ねえ、壊しちゃって良いよね? お前はセティエムの所有者(オーナー)で邪魔なんだから、壊しちゃえば良いんだよね?」

「させない!」


 サンキエムが短剣を握っている右手、その手首にソフィーが放った舌長蜥蜴(カメレオン)の舌が巻きつく。短剣の切先は、ソフィーの腹の手前で止まった。

 ソフィーはサンキエムの顔を見下ろす。


「わたしはセティの……セティエム・グリモワールの所有者(オーナー)だから! あなたには負けない!」


 真っ直ぐなソフィーの視線に、サンキエムは嘲笑を返す。


「傲慢! 人間がグリモワールシリーズの所有者(オーナー)になれるなんて、本当に思ってるんだ!」


 サンキエムは空いている左手で、舌長蜥蜴(カメレオン)の舌をつかむ。舌が緩んだところで、短剣をソフィーの腹に向かって突き出す。

 ソフィーはその右手を掴んで、短剣が自分の体に届かないように力を入れる。手首をひねって、短剣の向きを変えようとする。

 サンキエムは押し込むのを諦めて、少しだけ引くと、短剣を跳ね上げた。ソフィーは咄嗟に顎を持ち上げて切先をかわす。ウェーブがかった茶色の髪が、幾筋か宙に舞い、吹雪まじりの風に吹き飛ばされた。

 ソフィーが一歩退がる。サンキエムが一歩踏み込む。短剣はソフィーの首を狙って横に動く。冷たい風を切り裂く。ソフィーはさらに退がってそれを避ける。


「だってわたしはセティの所有者(オーナー)だもの! 探索者(ブックワーム)だもの! どんな(ブック)だって、写し(コピー)だって、大事にしたいんだもの! 全部全部、諦めたくない! 諦めない!」


 ソフィーが舌長蜥蜴(カメレオン)の舌を鞭のように振るう。舌先はしなって、サンキエムの短剣を握る右手を捕まえる。ソフィーがその舌を引っ張れば、サンキエムは手首をひねられて、短剣を取り落とした。

 雪に刺さった短剣を、サンキエムは蹴飛ばす。飛んできた短剣を、碧水の蛙アクアルーラー・フロッグの水の塊で受け止めて、そのまま地面に落とした。


「わたしは諦めない! あなたにも負けない!」


 今、ソフィーにあるのは強い意思だった。サンキエムに負けたくないというそれだけではない。いろんな感情が、気持ちが、ソフィーの中にあった。

 セティの所有者(オーナー)として強くあること、セティを助けて守ること。探索者(ブックワーム)として危険に立ち向かうこと。同じ仲間であるリオンと助け合うこと。

 それから(ブック)を大事に扱いたいこと。

 それらは全て、今のソフィーを形作る大切なものだった。そのどれも、失くしたくない、諦めたくない。

 サンキエムはそんなソフィーの大切なものを全て否定した。だからソフィーは、負けたくなかった。負けるわけにはいかなかった。


「人間なんか、大っ嫌いだ……」


 サンキエムの声はうめくようだった。


「そうね。わたしもあなたのことは嫌い。それでも……あなたという(ブック)が傷つくのは、嫌だと思ってる」

「欺瞞だ」

「なんとでも言えば良い! わたしは諦めないから!」


 そのとき、|凍刃の二足翼竜《ウィヴェルヌ・フォルジェ・パル・レ・グラシエ》の咆哮が響いた。吹雪まじりの風が弱まり、雪景色が消えてゆく。

 サンキエムの体から力が抜ける。すっかり雪が消えた石の床に、膝をついた。


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