〔第七話〕復活の儀式
淀君と幸村の隠れ家は、京都の市中、長屋の一室だ。この魔物たちは、一般庶民のなかに紛れ潜んでいた。
深夜。九尾の狐の姿で長屋に戻った淀君は、背中に傷を負っている。
「その傷は、どうなされましたか。淀様」
「大丈夫です幸村。浅手ですから」
九尾の狐は淀君の姿になり、全裸のまま、
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
九字護身法を唱えた。幸村も声を合わせる。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
淀君の背中の傷はふさがり、出血は止まったのだが、白い背中に大きな傷痕が残る。
「おのれ、淀様の『美しき肌』に傷を付けよって、この幸村が許さぬぞ。今すぐ殺す」
幸村は怒り狂い、飛び出そうとした。だが、淀君は制止する。
「待ちなさい幸村」
淀君は着物を着ながら、
「この程度の傷は、よいのです。もうすぐ帝は、私の呪詛で死ぬのですから」
「これで帝が死ぬ。徳川将軍も、すでに殺した。では、淀様、次はどうなさいます。民を皆殺しにして、この国を滅ぼしますか」
「幸村よ、私は、もう一度、息子に天下を取らせたい」
「秀頼様ですか」
「秀頼の復活、手伝ってくれますか、幸村」
「無論です。淀様」
翌朝。清麻呂は、一人で護帝神社に戻った。健太が留守中のことを報告する。
「昨夜は盗賊が入って、大変でした」
「それは本当ですか。君たちは、無事で?」
清麻呂は驚いたが、健太は、
「追っ払いましたよ。自分たちも自衛官ですから」
「それより、宮司さんは?」
春花が清麻呂に問う。
「亡くなった。九尾の狐に噛み殺されたのです」
それを聞いた春花と健太には『驚愕』と『恐怖』それに『悲しみ』の感情が、同時に押し寄せた。九尾の狐との戦いが、いかに『壮絶』であるかを再認識する二人。
その日の真夜中。那須。殺生石の前に、淀君と幸村は立っていた。
「これが殺生石ですか、割れていませんね」
と、幸村。淀君は、
「これから割れるのです」
そう言いながら、着物を脱ぎ、全裸になる。
幸村も全裸になった。これから二人は、秀頼の『復活の儀』を始めるのだ。まずは、幸村が淀君に問う。
「あなたの身体はどのように、成っているのですか?」
「私の身体は成に成り、足りない部分が一つあります」
と、淀君が答え、それに応じる、幸村。
「私の身体は成に成り、余った部分が一つある。私の余った部分を、あなたの足りない部分に差し挟み、国造りをしようと思うのだが、どうでしょう」
「良いでしょう」
淀君が承諾の意を示して、二人は殺生石の周りを、幸村が右から、淀君が左から回り、出会ったところで、
「なんて、素敵な男性でしょう」
「なんと、美しい女性だろう」
そう言って、全裸のまま抱擁した。二人は抱き合った体勢で、九字護身法を唱える。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
バギイィーンッ!
凄まじい音を発して、殺生石が割れた。
その時、夜空には突如、巨大な『赤い彗星』が現れる。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
赤い彗星は上空で大爆発した。
ドカアァーン!
一瞬、地上が昼間のように明るくなる。
爆発した彗星の火の粉が、雨のように降り注ぐ。その火の雨のなかに、裸体の若者が姿を現した。秀頼である。
「母上!」
「ああ、秀頼」
「私は甦ったですか?」
「幸村殿が新しい父上になり、あなたは復活したのです」
「なんと、あの真田幸村が、私の父上に!」
「秀頼様、お久しぶりです」
「秀頼様は止めて下さい。私は、あなたの息子なのだから」
「そうであるな、秀頼」
「はい。父上」
「母からの願いです。秀頼、この父母と力を合わせ、もう一度、天下人に返り咲いて下さい」
「勿論ですとも!」
幸村、淀君、秀頼の三人は、冥府から名馬を召喚して、甲冑を身に付け、関ヶ原の古戦場に向かう。
女武者姿の淀君も、なかなか美しい。純白の陣羽織は、まるで『花嫁衣装』のようでもあり、その背中には、金色の糸で刺繍さた九尾の狐。騎乗する名馬は三蔵法師の『白竜』
幸村は大阪の陣の時と同じ、赤備えの甲冑に朱色の槍。馬は三国志に登場する呂布の『赤兎』
秀頼は、豊臣秀吉の着用した『天下人の甲冑』を身に付けていた。秀吉の愛馬『奥州黒』に乗る。
この時、帝は京都御所で崩御した。享年三十五歳。