〔第五話 〕 京都御所の孔雀
京都。護帝神社。
「大阪城で将軍が殺されましたな」
と、清麻呂。宮司は頷き、静かな声で、
「次は帝が危ない」
「宮司殿、京都御所に向かいましょう」
「我々だけでは力不足だ。急いで使者を出し、全国から末裔たちを集めよう」
護帝神社と安倍泰成の子孫は、平安時代から、代々、帝を守護する勢力であった。
その日。京都御所の庭に、一羽の孔雀が舞い降りた。それを見た帝は、
「おおっ、唐天竺から鳳凰が飛来したぞ」
御所では吉兆として、皆、よろこんだ。だが、その孔雀の正体は、九尾の狐が化けた姿である。
庭から呪詛を送る孔雀。
この呪詛により、まだ三十代の若き帝は、謎の病に倒れた。全国から優秀な医師が集められたが、帝は日に日に弱るばかだ。
その頃、護帝神社では宮司が、春花と健太を呼び、
「私と清麻呂殿は京都御所へ行く。しばらくの間、この神社を留守にするが、留守番を頼めるかな?」
「勿論です」
と、巫女姿の春花。
「今回の仕事は、この神社に祀られている御神体の御力も借りる。それゆえ、神社は神聖を保たなければならない」
「はい」
神妙な表情で、宮司の話を聞く、春花と健太。
「私たちが留守の間、この神社は『君たちが二人きり』になるのだが」
宮司は咳払いを一つしてから、言葉を続けた。
「その間は、神社での男女の営みは、控えてくれ」
「だ、男女の営みって、そんな事しませんよ!」
健太は、真っ赤な顔をして否定する。
「まあ、一応、念のために伝えた、までだ」
そう言って、宮司は笑い、清麻呂と共に京都御所へと向かった。
宮司と清麻呂がいなくなった護帝神社では、
「さっきの、『そんな事しません』って、どういう意味。私って、そんなに魅力がないわけ!」
「いえ、そういう意味ではなく、小隊長は上官ですし、歳上の女性ですから」
「悪かったわね。アンタより十歳上で、でも、まだ二十代よ。オバサン扱いしないで!」
と、春花は、なぜか非常に機嫌が悪かった。
この日、京都御所には、全国から安倍泰成の末裔が集結していた。その数は百人を超え、頭目は京都・護帝神社の宮司である。
出迎えた侍従長に、宮司は、
「帝が、ご病気になられた頃、何か変わった事は、ありませんでしたか?」
「そういえば、鳳凰のような鳥が庭に飛来して、皆は、吉兆だと、よろこんでいたのですが」
「それは、怪しい」
その時、孔雀が御所の上空を舞った。
「あれか!」
清麻呂が指差す。
すぐさま、弓の達人の末裔が矢を放ち、その孔雀を撃ち落とした。墜落した孔雀は、一人の女官に姿を変える。
侍従長は、胸に矢が刺さり死んだ女官を見て言った。
「こやつが、魔物の正体であったか」
だが、宮司は否定する。
「いえ、この女官は、魔物の身代わりにされたのです。お気の毒に」
その日の夜。 護帝神社では健太が、
「何か、不思議なエネルギーみたいな物を感じませんか?」
「えっ、何それ?」
と、春花。
「何か、体がムズムズするんです」
「ムズムズ?」
「御神体のエネルギーを感じているのかな」
「あんた、そんなこと言って、本当は、私と二人きりでムラムラしてるんじゃないの?」
「そんな事、ありませんよ」
「きゃあ、近寄らないでよ。セクハラ、変態、痴漢、性加害者!」
「やめて下さいよ、小隊長!」
「やめるのは、あんたでしょうが!」
「自分は何も、してないですよ!」
その頃、京都御所の中庭では篝火を焚き、
「急急如律令・蘇婆訶」
「急急如律令・蘇婆訶」
「急急如律令・蘇婆訶」
「急急如律令・蘇婆訶」
「急急如律令・蘇婆訶」
末裔たちが不眠不休で、帝の解呪のために唱え続けていた。それを御所の屋根から眺める淀君は、嘲笑っている。
「そんな呪文で、私を祓えるとでも思っているのか」
「急急如律令・蘇婆訶」
「急急如律令・蘇婆訶」
「急急如律令・蘇婆訶」
「だが、目障りだ」
そう言うと、淀君は九尾の狐に姿を変え、屋根から飛び降り、宮司を襲った。
「う、うぁっ」
宮司は奇襲攻撃を受け、首筋を噛まれる。
「宮司殿!」
清麻呂が大太刀を抜き、九尾の狐を斬りつけた。
「ギャアッ!」
悲鳴をあげる、九尾の狐。 背中を斬ったが、浅手だ。そのまま遁走した。
「大丈夫ですか、宮司殿」
急いで止血をしたが、宮司の傷は深い。清麻呂は叫んだ。
「誰か、早く、医師を呼んで下さい!」