〔第一話〕殺生石、割れる
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
女性の声が聴こえる。真田幸村は意識の底で、こう思った。
「九字護身法か、誰だ?」
その声には聞き覚えがある。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
唱える声は続いた。だが、
「俺は、死んだはずではないのか!」
カッと、目を見開く幸村。暗い天井が見えた。
「生きているのか、俺は」
身を起こす。すると目の前には、
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
九字護身法を唱え、印を結ぶ『淀君』の姿があった。きらびやかな着物を着ている。
「淀様!」
「目覚めましたか。幸村」
「ここは、何処ですか?」
幸村の質問に、淀君は妖艶な微笑みを浮かべ、
「私たちが死んだ日から、約250年後の世界です」
「私は甦ったのですか」
「殺生石が割れて、時空が歪んだのです。その歪みに乗じて、あなたを冥府から呼び戻しました」
その時、
ドゴオォーン!
大砲の轟音が響く。
1864年。夏。京都。
禁門の変。長州藩が、京都守護職・松平容保等を排除するために、京都に軍勢を進軍させた。長州藩と会津藩等は武力衝突を起こし、大砲も撃ち合う激しい戦闘が勃発する。この戦いの戦火で京の町は炎に包まれ、三万戸が焼失する。
2022年。春。日本。
栃木県の殺生石が、真っ二つに割れているが発見され、ニュースになった。
「九尾の狐が、解き放たれましたかな?」
京都の護帝神社に、陰陽師・安倍泰成の末裔たちが、全国から集結する。その数は二十人ほどか。
安倍泰成は、平安時代に上皇に取り憑いた『九尾の狐』の正体を見破り、殺生石に封じた陰陽師である。
「私が退治に向かいましょう」
若い清麻呂が名乗りを挙げた。
そして末裔たちは山に入り、
「急急如律令・蘇婆訶」
「急急如律令・蘇婆訶」
「急急如律令・蘇婆訶」
「急急如律令・蘇婆訶」
「急急如律令・蘇婆訶」
唱え続けると、八頭の猪が現れる。
清麻呂は、この八頭の猪を従え、神器の『天照ノ大太刀』を携えて、九尾の狐の退治に向かったのだが、
同年。冬。殺生石の近くで、八頭の猪の死骸が発見された。清麻呂は、その後も行方不明のままである。
2124年。地球周回軌道。
防衛用・人工衛星『北斗セブン』では、パワードスーツを着用した宇宙自衛隊員が、次々と超大型の突撃カプセルに乗り込んで行く。
敵国に占領された領土を奪還するために、大規模な宇宙空挺作戦が敢行されるのだ。
「第一突撃大隊・第二中隊、降下!」
ニ百名を収用した巨大なカプセルが、人工衛星から射出された。
地球の引力に引っ張られ、大気圏に突入するカプセル。
加速を続けるカプセルは、大気の摩擦で、表面が赤く燃え上がる。それは地上から見ると、夜空に輝く、巨大な『赤い彗星』のようだ。
だが、その時、降下するカプセルの内部で、
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
突然、奇妙な男女の声が反響した。
「な、なんだ?」
不審に思う隊員たち。直後、
ガタガタ、ガタッ、ガタガタガタ。
激しく振動するカプセル。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
ビィーッ、ビィーッ、ビィーッ、ビィーッ。
警報音が鳴り響く。
緊急事態が発生したのだ。カプセルの内部では、パワードスーツの隊員たちが、ざわめく。
「どうした」
「大丈夫か」
「故障か」
「な、何ですか。どうなっているのですか」
新隊員・緑川健太は、かなり動揺している様子だ。彼は、これが初めての実戦経験だった。
若い健太がパニックを起こさないようにと、小隊長の桜庭春花が声をかける。
「落ち着いて、ただの警報よ」
「ただの警報って、これは緊急事態ですよ」
「だから、落ち着くのよ。落ち着いて対処しましょう」
「どう、対処するのですか」
次の瞬間、
ドカアァーン!
突撃カプセルは大爆発した。
その爆発は一瞬であったが、まるで太陽のように地上を照らす。
奇跡的に助かった隊員は、わずか二名。
小隊長・桜庭春花(二等宙尉)二十八歳。
隊員・緑川健太(二等宙士)十八歳。
闇夜の中。彼らが落下傘で着地した場所は、炎に包まれる幕末の京都であった。