ある日の話
パラパラと音を立てて雨が降る。遠くで鳴っていた雷鳴がだんだんと近づき、ついには高い建築物に落ちる。慌てて走って行く人や雷に悲鳴をあげる子供がゲリラ豪雨が来たことを知らせた。
中学生の灯里は部活動から帰宅している最中であった。置き傘を学校に忘れてしまい、今まさに気がついた瞬間である。走れば濡れながらも家に着くだろうがリュックサックの中に今日思いついた絵の下書きがある。雨に濡れて用紙がびしょ濡れになってしまうのは避けたかった。
周りは畑ばかりで民家はぽつりぽつりと遠巻きに建っている程度。通学路である遊歩道を小走りに、店がないか探すとコンビニエンスストアが一軒見つけた。ホッとして、白くけぶる土砂降りのなかを進み来店した。
自動ドアが開き、冷房が体に当たる。寒いぐらいの室温に灯里は身震いする。「……え」
視界が暗い。照明器具がひとつも着いておらず、店内はシンと静まり返っている。客も見当たらなかった。
閉店したコンビニエンスストアに入ってしまったのか?
そんなはずはないのだ。自動ドアも作動し、商品も小綺麗に並べられている。それにレジには店員と思わしき人がポツンと佇んでいた。
雨音だけがやけに大きく聞こえ、異様な雰囲気に怖気くもコピー機の近くにビニール傘が売られているのに気付いた。さっさと買って、早く出てしまおう。
傘を手にレジに向かう。
「あの、これ」
店員は中肉中背の男性で表情はどろんと沈んでいた。心做しか肌は土色で気配が薄い。いらっしゃいませも何も言わずレジ打ちをする光景があまりの不気味だったので、うつむき気味に会計を済ませた。
きっと何か不幸なことがあって、電気もつける気にもなれないのだと言い聞かせそそくさと外に出る。本当は雨が止むまで立ち読みをしていたい所である。
雷は嫌いだ。どこに落ちるか予測不可能で落雷の際に耳障りな音がするからだ。
その中を行くのは度胸がいるけれど、この場から早く去りたい気持ちのほうが勝った。傘をさし、ふと前を見る。ツヅジ通りと名のつく歩道にずらりと人混みができているではないか。
皆色あせたように存在感が薄く、ザーザー降りにかわまず狭い道を行く。現実離れした光景に灯里は腰を抜かした。
「ど、どうしよう…」
ツヅジ通りを抜け左に逸れると自宅があるのだが、この様子だと人混みはなくなりそうにない。何かあったのだろうか?
気になってわずかに近づいてみる。
見た所夏休みにテレビでやるお化け特集にでてくる、いかにもな風貌でもなく不審な様子もない。存在感が薄いと思ったのは雨で霞んでいるせいだ。傘の柄もそれぞれで老若男女問わず道を歩いている。
不思議なのは皆一言も喋っていないということである。うつむき加減で顔は傘でよく窺えない、ふと脳裏にコンビニエンスストアの店員が蘇った。あの不気味な感じにそっくりだ。
(…やだ、なんなの?どうしちゃったの?)
なんなら絵の構図は白紙になったとしても走って家に帰れば良かった。
人混みは道いっぱいに広がっている。途切れそうもない。雨宿りするにもコンビニエンスストアしかないのだ。どうしようか考えあぐねていると雷光が走り、傘をさした人々を照らした。
生気のない土色の肌に口を半開きにした、虚ろな人々の顔だった。
──死人、そう表現するのが正しい、意志のない死を匂わせるかんばせ。なぜ歩いているのかが不思議なほど、彼らは生きているようには見えない。それが鮮烈な光によって浮かび上がる。
悲鳴をあげるよりも先に傘を落としてしまった。傘は突風に吹かれ数十センチ先に滑っていく-尻もちをつき、灯里はハッと我に返る。
ツヅジ通りはがらんどうで誰もいない。
「え…?えっ…?」
訳が分からず背後を振り返ると、煌々と灰色の世界に浮かび上がるコンビニエンスストアがあった。あの奇妙ないでだちではない、ごく普通の見慣れた「コンビニ」。
まだ心臓がバクバク言っている。それが嘘ではないと告げていた。
「な、なによこれ…。」
体に力が入らぬまま朱里は小さく呟いた。