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第二章 野原ハヤテ 2



    2



ハヤテは聴いたことはあるが入ったことのない人気のラーメン屋で食事をしたり、暑さや眠気を感じると漫画喫茶に入って休んだりしていた。

話しかけてくる同世代の少年少女がいて、共に飲酒や喫煙した。

驚くべきことにどんな会話をしたのかの記憶がない。

ただそれは学校に行く理由、家族と共にいる理由、働く理由を考えたくないハヤテにとっては好ましい状況だった。

そんな中でも、両親からは矢のように着信とメールが入ってきたのだが、無視していたところ、激しさを増す一方で、二日めの昼に「友達ができたのでしばらくそいつんとこに泊まる」とだけレスした。

電源を切ってしまいたいとこだが、すると新しくできた友達とアカの交換もできないので、黙らすためにそうした。

電話はかかってこなくなったが、質問のメールがやはり大量にやってきて、それをハヤテはウザいと感じた。

三日めの朝、実際に友達のところに泊まることになった時はスマートフォンの着信音を切り、バイブレーション機能にした。

泊まったのは家屋ではなく、ラブホテルだった。

一緒に路上で飲んでいた友達が、「金が入った仲間がいるから一泊だけ部屋で酒飲もうぜ」という話になり誘ってくれた。

そこでは話の通りに飲酒したり、ゲームをしたり、久々に皆入浴したり、音楽をガンガンかけて踊るだか、歌うだかして盛り上がった。

「ハヤテ、こっちのノリ、いいだろ?」

話しかけてきたのはこのホテルに誘ったカズシだった。

対し、ハヤテは「そうな」とだけ答えた。

「おまえに話しかけてきた鼻にピアスのやついたろう? 実はあいつら一派とどちらがハヤテを取り込めるか、ちょいとせめぎ合いになっていた」

ハヤテは無関心を装ったが、自分という流れ者が注目を浴びていたことを不審に思った。

「それは簡単さ、仲間にどちらが引き入れるかを競いあっていたのさ。でも、強引に勧誘しても逃げられるだけ。それは童話の『北風と太陽』のようなもの」

「オレみたいなヤツ、どんな価値があるんだよ」

ハヤテが云う「オレみたいなヤツ」には高校中退して、アルバイトも直ぐに飛ぶヤツ、という意味が込められている。

「オマエ、それをここにいる連中に言ったらボコされるよ」

カズシの言い方は多少芝居がかっていた。

そのここにいる連中と最初に路上飲みをした時に、ハヤテは、靴がリーボック、鞄がアニエスbであったことをなじられたのを思い出した。

「そういう靴やバックを親から買ってもらえる子がさ、ここにいちゃあいけないんだよ」

そう云ったのは今回の主催者の立場にいた砂子という、話すと年齢は一つ上の女の子だった。

その砂子は今、仲間とマリオカートに興じている。

つまり、自分は未だマシだということだろう。

ここにいるカズシや砂子以外にもこのチームには流動的に10~15人がいて、皆と楽しく話していたが、何人かメールのやり取りとなると、途端にムチャクチャな文章をよこす子たちがいた。

それはネット内の外国語の文章を自動的に翻訳してくれる機能が作った、助詞の付け方が奇妙で、語尾がやたら丁寧な、そんな文章だ。

そこでも教えてくれたのはやはりカズシだった。

「ああ、半分はさ、まともに義務教育受けてないんだよ。小学校すらまともに通ってないのも何人かいる。そもそも戸籍ないのもいるって話だけど、いちいち確かめる話じゃないやね」

ハヤテは彼らを見下すことは一切、絶対になかった。

その代わりに、ようやく居場所を見つけたような気分になっていた。

それはやはり優越感が混じっていたのかもしれない。

自分は学校や家族からドロップアウトした人間だが、ここには同じような仲間がいる、と。

でもやっぱり、見下すことはなかった。

カズシは「オレさ、父親に性的虐待に会うのがイヤで、この街に来たんだよね」と云われた時に、同情するのはむしろ悪いことと思い、それすら受け止めようとハヤテは思う程だったので、何度も云うが、見下すなんてあり得なかった。

「砂子もさ、オヤジだかオジサンだか知らないけど、肉親からのセクハラに耐えられなくて、この街に来たっていう話だぜ」

そう前に云っていたカズシは今、リュウという少年と唇を絡ませている。

大半の少年少女は眠ったが、カズシとリュウだけはペッティングを始めた。

ハヤテは先のカズシの来歴と性的少数者への偏見への反対側に立つという二つの妙な倫理観から、その場を離れた。

今回の主催者であるということは、このラブホテルでいちばん立派で広い部屋は砂子が金を出した、ということだ。

だからベッドは砂子が独り占めしていた。

「こっちにおいで」

「オレの名前、知ってるの?」

とっさに出たハヤテのひと言はどこか砂子に対して挑発めいていた。

「きみだって、知らない、私の名前を憶えている?」

「でも、直ぐに覚えた。上の妹に似ているんだ」

これはリップサービスでなく、額の美しいうりざね顔という意味では確かに似ていた。

対す砂子の笑い声はどこかわざとらしかった。

リュウとカズシの喘ぎ声が大きくなっていた。

砂子はベッドの脇のコントロールパネルで照明を消した。

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