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第9話 銀月のワルツ*

 天を仰ぎ、夜空に向かって溜め息を吐く。


「「「連日のお勤め、ご苦労様です」」」


 三人の声にルキウスは体を戻して苦笑する。


「昨日までは一人ずつ交代制だったくせに」

「今日は姫様主催の夜会ですからね」


 デクスはいつも通り侍従の服だが、今夜の夜会に参加するためシニスとテルグは騎士服を着ていた。見慣れない姿ではあるが二人共鍛えているので本職の騎士に見劣りしない。


 ラッパが高らかに国王の入場を報せる。

 その合図で四人はバルコニーから室内に戻ると、アウグストが国王に相応しい堂々とした足取りで階段を下りてきた。王妃ではなくヴィオラをエスコートしながら。


「親父殿、役得だな」


 中立を示すためだろう。ヴィオラは王妃派の象徴である白色のドレスに国王派を象徴する黒色のマントを羽織っていた。その首元を飾るのは青い宝石の首飾り、見覚えのある意匠にルキウスは緩みそうになる口元を必死に引き締めた。



「神の祝福を」


 ヴィオラが手を上に掲げると金色の光が散って会場中に降り注ぐ。ルキウスはこの魔法には特別な効果は何もなく「いかにも聖女っぽい」と言ってヴィオラが練習した魔法だと知っている。近くにいる貴族が持病の腰痛が和らいだ気がするというのを聞いたルキウスは「病は気からですから」と笑っていヴィオラを思い出した。


 いつの間にあのような表情をするようになったのかとルキウスは思う。


 ルキウスの知る「ヴィー」は春に咲くミモザのように明るく微笑む少女だったが、会場を見渡して微笑みヴィオラは夜に咲く月下美人を思わせる幻想的な凄みともいえる微笑みを浮かべていた。


「銀月のワルツを奏でてくれ。私と踊ってくれるかな、聖女殿」

「よろこんで」


 父アウグストの差し出した手にヴィオラの手が乗る。こんな状況であっても彼女のダンスの相手を務める男が父親であっても羨ましいと思う浅ましい自分にルキウスは苦笑する。

 

「どうした?」


 いつまでも音楽が始まらないことに父アウグストが楽団に尋ねると、指揮者を務める楽団長が困ったような顔をしていた。会場も騒めき、視線が集まってくるのに気づいたルキウスは持っていたグラスを持ち上げて酒を飲む振りで表情を隠す。


「銀月のワルツは第一王子殿下の御生母エレナ様が生前お好きだった曲。国の為に隊を率いて戦地に赴く殿下の為に奏でる曲に相応しいではありませんか」


 会場を落ち着かせたのはローズウッド公爵の凛とした声だった。


「構いませんよね、王妃陛下」


 公爵がにこりと笑ってみせれば王妃は反対などしない。父シャドウモーン侯爵の歯噛みする姿など見向きもせず、ポーッとした顔で「もちろんですわ」と答えている。


 絶え間なく王妃から送られる秋波を蛇蝎の如く嫌っているくせに、都合よくそれを使う公爵の狸っぷりにルキウスは呆れる。


「両陛下の御温情に感謝いたします」


 こんな状況でしれっと挨拶する自分も立派な道化だとルキウスは思った。



 夜会会場は王城で一番格式のある広場。そこで流れ始めた銀月のワルツは感慨深いものがあった。


 銀月のワルツは父アウグストが母エレナのために作らせた曲で、愛妾のための曲が城の夜会で流れるわけがない。この曲が流れるのはセレンディア宮のみ。それでもこの曲がとても好きで、ワルツの相手を務める自分に「下手ね」と笑っていた母をルキウスは思い出す。


「懐かしいですね」


 シニスの目が細くなる。ルキウスのダンスの先生はヴィオラ。セレンディア宮のダンスホールにある年季の入ったオルゴールが奏でる音に合わせて、ルキウスは何度もヴィオラと銀月のワルツを踊った。


「そうだな」


 ルキウスの視線の先でアウグストとヴィオラはホール中央に進み、向かい合って礼をしたところでアウグストが姿勢を崩した。


「陛下!」


 ヴィオラが悲鳴を上げて、ルキウスは急いで父アウグストに駆け寄る。


「父上」

「大丈夫。最近忙しかったから少し疲れが出ただけだ」


 父アウグストの視線が自分の肩越しに後ろに向かうのに気づいてルシウスが首だけ後ろを見ると公爵とヴィオラがいた。ヴィオラは心配そうだが公爵は呆れている。


「寄る年波には勝てないと言いますが、もう少し根性を出してください」

「僕より年上の君のほうがどうして元気なの? 僕の三倍は書類があったよね? 化け物なの?」


 父アウグストの質問を鼻で笑い飛ばす。


「あのくらいなら徹夜する必要はありませんし、私は陛下のように軟弱ではありません」

「酷いな。階段を転げ落ちなかっただけ良かったとしようよ」


「そのときは聖女様の手を離し、一人で転げ落ちてくださいね。しかし、この状況はよくありませんよ」


 音楽や踊りは神に捧げるものなので途中で止めることはよくないとされる。そのため楽団はこのような状況になっても変わらず前奏をアレンジして演奏を続けている。


「父親の失態は息子が償うべきでしょう。第一王子殿下、陛下に代わって聖女様とのファーストダンスをお願いします」


「「え?」」


 ルキウスとヴィオラは同時に声を上げ、同時にノビリスのほうを見た。


「「あー……」」


 ノビリスは左腕にマリアンをぶら下げていた。


「第二王子殿下は妃殿下が聖女であることを理解して別の方をエスコートしてきてくださっています。礼節では殿下はあの方のファーストダンスを務める義務があります」


 礼節よりも不実な行動を責めるべきではないかとルキウスは思った。


「一方で殿下はお一人でご参加でしょう? 礼節的にはどうかとおもいますが、今回はそれが幸いしました。ほら、早くダンスの姿勢をおとりください。楽団の者たちにいつまで無理をさせるのですか?」


 野良犬でも追い払うように「さっさと行け」と目で言われたルキウスは躊躇しつつもヴィオラに手を差し出す。反射的に出したに違いない。現状を理解できずぼーっとしているヴィオラをエスコートしてダンスの位置に立ち、ヴィオラの腰に手を添える。


 銀月のワルツが始まる。


 ワルツのリズムにのって足を踏み出しタイミングを合わせて腰を引き寄せふたたび離す。初対面の相手と踊るときは互いに歩幅を合わせる必要があるため最初の動きは小さくなるものだがルキウスは大きな動きでヴィオラをリードする。


 二人が優れた踊り手だと解釈するか。歩幅を合わせる必要がないほど踊り慣れた二人と解釈するか。


 城に蔓延る噂好きたちに話題を提供する行為だが、それについてはこれを画策した父親二人がどうにかするだろうとルキウスは思っていた。何が礼節か。一人で参加することと言ったのはアウグストとティトゥスだった。


 腰に添えたルキウスの手にヴィオラの柔らかい髪が親し気に触れる。ターンをすればヴィオラの甘い香りに包まれて、ワルツは夜会ではなく男女のプライベートな空間でのみ踊られるべきだとルキウスは思った。


「デビュタントがワルツじゃなくて良かった」



 *** side ヴィオラ



 ――― デビュタントがワルツじゃなくて良かった。



 いつもより長い前奏だったがダンスは同じ、ルキウスの苦手なワルツ。


 唯一ぎこちなくても最後まで踊れるという理由で練習曲はいつもこのワルツ。父ティトゥスにルキウスにダンスを教えるように言われたとき、ヴィオラは自分のダンスの授業を三倍に増やした。



 握りあった手の強さからターンのタイミングを計り、揺るがないルキウスの腕にヴィオラは体を預ける。一歩が大きいが問題ない。不意にデビュタントのファーストダンスで踊ったノビリスとは歩幅が合わなかったことを思い出す。


 踊り慣れているからとヴィオラは自分に嘘を吐く。


 ルキウスとのダンスで絶対に失敗したくなくて練習を重ねた。一人で練習するときはいつもルキウスを想像していた。


 楽団が奏でるワルツ。沢山の視線。そして、目の前で笑うのは……。


「ルキ様」

「……ヴィー」


 みんなの前で堂々とルキウスのパートナーとして踊りたかった。そして今その夢見た光景の中にいる。溶かしたチョコレートにたっぷりミルクをいれたようなクリーム色のドレスじゃないけれど。


「……っ」


 少し変則的なステップを踏めば、驚いた声を上げるもののルキウスの体は迷わずステップを合わせる。


 あの日ヴィオラは完璧なダンスを見せつけるつもりだった。ルキウスがもてることを知っていたから、自分以上に彼に似合う者はいないと周りをけん制しようと思っていた。


 浅ましいと思っている。でもそのくらい、なりふり構わないほどルキウスを―――。


 その先をヴィオラは考えることができなかった。

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