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第7話 アヴァロンの聖女*

 *** side ヴィオラ



「ヴィオラ様、ご報告があります」


 青白い顔をしたアマリアの表情に緊急事態だと悟ったヴィオラは人払いをした。


「ルキウス殿下がヴァルモント帝国との戦に赴くそうです」


 思いもしない報告にヴィオラの目が驚愕に見開かれる。


「王妃派の予想や、願望ではなく?」

「公爵様にも確認をとりました。事実です。三ヶ月後に派遣される部隊を率いて出征するそうです」


 ハートフォード王国の北に隣接するヴァルモント帝国は食料の自給率が低く、寒い年は深刻な食糧不足に陥る。先代の皇帝はそれを解決するためにハートフォード王国と協定を結び、北で豊富な鉱物などの資源を交易品にして食料を輸入していた。


 しかし当代の皇帝は協定を一方的に破棄し、戦を仕掛けて王国の穀倉地帯を奪おうとしている。戦地では多くの民が命を失い、国境付近では流民が溢れて治安が悪化しているとヴィオラは報告を受けている。



「なぜ国王陛下はそのような決定を? 王妃派の進言?」

「ルキウス殿下が自ら志願したそうです。陛下は赦しませんでしたが、自ら志願した殿下の意を汲むべきとシャドウモーン侯爵閣下が進言なさいました」


 国王にとってルキウスは寵愛していたエレナの忘れ形見。王妃派が考えていることが分かる以上、事態を止められなかったことを歯がゆく思っているのだろう。その事態を招いた最初が国王自身の恋心だと分かっているから尚更。


「アマリア、陛下に面会したいと侍従長にお伝えして」

「畏まりました……ヴィオラ様」


 びしっと冷たい声にヴィオラは自分が爪を噛んでいたことに気づく。爪を噛むのはヴィオラが不安になったときに出る癖で、それを知るアマリアは優しくヴィオラの手を取る。


「ご安心ください。殿下の傍にはデクスとシニス、そしてテルグもおります」

「そうね。殿下が行くならあの三人も行くことになるわよね」


 剣が得意でルキウスの剣の師匠でもある侍従のデクス。魔法が得意でルキウスの魔法の先生でもある侍女のシニス。そしてテルグは暗器を自在に操る上に料理もとても上手だ。


「殿下ご自身もソードマスター。滅多なことはありませんし、この戦争を終わらせることができるかもしれませんわ」



「国王陛下」


 ヴィオラが礼をすると国王アウグストは鷹揚に頷いて応え、侍従長以外の者を下がらせた。


 下がるとき疑わし気な目を向ける若い近衛騎士たちにヴィオラは苦笑する。ヴィオラとノビリスの結婚はヴィオラが望んだものとなっている。恐らく愛妾を娶るためのノビリスの策だろうとヴィオラは思っているが、それを信じる国王派の者たちにとってヴィオラは信頼していたローズウッド家から出た裏切り者なのだ。


「エレスティア宮での生活はどうだ?」

「不自由なく暮らしております」


 「そうか」と微笑んではいるものの喜んでいないアウグストの笑みにヴィオラは苦笑する。アウグストはヴィオラのルキウスへの恋心を知る一人だ。


「このタイミングで私のもとにきたということはルキウスの件かな?」

「陛下のことが心配で参りましたの」


 アウグストとルキウスは仲のよい父子だ。


 エレナの死後はアウグストがセレンディア宮に行くことは減ったが、エレナの月命日には父子で墓に花を供えてその後は四阿で茶を飲みながら一時間ほど一緒に過ごしていた。


「やはり娘はいいな。ティトゥスの娘自慢が羨ましくてエレナに娘を産んでくれと懇願したのを思い出すよ。息子は……何といっていいか。ルキウスときたら城下の市場に行くような気軽さで戦場に行くというのだから」


 複雑な笑みを浮かべるアウグストにヴィオラが何も言えずにいると、「僕も君に話があったんだ」とアウグストが言う。


「ルキウスの出征式を聖女として主催してほしい」


 それはヴィオラの立場を第二王子妃ではなく聖女という中立な立場にすることで国王派の天秤を重くしたいというアウグストの提案。国王派と王妃派はこの戦争でも争っている。国王派は帝国との講和を主張する一方、王妃派は攻撃に転ずるべきだと主張している。


「第二王子妃として何もしない(・・・・・)という提案もできるけど、有用な君を遊ばせていくほどの余裕はない」

「アヴァロンの承認は?」


 光の魔法は神からの借り物と言われ、治癒や回復といったあらゆる生命に関与する魔法。生きてさえいれば治せる神の御業は世界中から狙われる。アヴァロンは世界一高い山の麓に住み神の声を聴く神聖な一族で、アヴァロンの地は光魔法を使える者にとって唯一の安住の地で、ほとんどの者がアヴァロンの里で一生を終える。


 しかし例外もありヴィオラの母ヴィヴィアンもその一人で、アヴァロンを出た者が聖女・聖人といわれる。


「君は聖女ヴィヴィアンとアヴァロンが認めたセドリックの娘、問題なく認めてくれたよ。さらにいまのアヴァロンの族長はヴィヴィアンの兄君だからな」



 *** side ルキウス



「姫様が聖女として出征式を執り行うそうです」

「親父殿は彼女を中立にして王太子争いを長引かせるつもりだな。で、それは何だ?」


 テルグは「よく気づきましたね」と言うが、ルキウスとしてはどや顔をしながらチラチラ見せつけられたら気づくに決まっていると言いたかった。


「姫様が戦地に行く私たちのために作ってくださったお守りです」

「そうか」


 「勝利を祈る」という意味の文様が刺繍されたリボンは戦地に赴く騎士や兵士に贈られるお守り。それが誰から贈られるか、娘、恋人もしくは伴侶、姉妹の順で周囲の羨まし度が変わる。


 リボンは武器に結ぶのが一般的。テルグは投擲タイプの武器が多いので手首に巻いているが、デクスは剣に、シニスはスタッフに巻いている。


「私の肌にリボンの紺色が映えているのを見て、二人も武器を白く塗っておりました。あ、殿下の分はありませんよ」

「……だよな」


 ルキウスがジッとリボンを見るとテルグは後ろ手にしてリボンを隠す。


「絶対にあげませんよ。姫様がその手で私たちの名前を刺繍してくださったのですから」


 色々な意味の籠った溜め息を吐いたルキウスは手渡された式典の計画書を見る。サインされた聖女ヴィオラの名前をそっと撫でる。


「光の魔法が使えれば聖女・聖人というわけではないのだな。アヴァロンの承認が必要とはいらなかった」

「本来は必要ないのですが……姫様は少々ややこしい状況になっておりますので」


「ややこしい……政権争いのことか?」

「そうでもあり、そうでもありません。とにかく……まあ、複雑なのです」

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