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第5話 霧の中の真実*

「ゲートが作動した……もう出てきていいぞ」

「ああ」


 ルキウスの言葉にマクシムは体を起こすと、頭にかぶっていた金髪のかつらをむしり取った。逃げるようにベッドから降り、周囲に散らばせた女性物の服をかき集めてかつらと一緒に袋の中に雑に押し込む。


「ルキ……」

「うん」


 何か言わないとと思うのだが、俯いたまま動かないルキウスの姿にマクシムは何を言っていいか分からなかった。口を開いたり閉じたりを繰り返し、十回くらいになったところでルキウスから長い溜め息が漏れた。


「悪い、一人にしてくれ」


 声の震えに気づいていたものの、マクシムは「分かった」とだけ言って部屋を出た。願いを叶えてくれた親友のためにできることは一刻も早くこの場を離れること。そのまま廊下の先まで行き、そこで壁に寄り掛かって扉を見つめる。



 ――― ヴィーのデビュタントの招待状、ようやくだ。


 ヴィオラがルキウスにデビュタントの招待状を届けた日。宮にきたマクシムを出迎えたルキのアンバーの瞳は年代物のウイスキーのように甘く揺れていた。


 そんな目をして妹ヴィオラを思い浮かべるルキを見て、同じ「愛している」でも自分とは全く違うものだとマクシムは思ったのだった。



 ルキウスがヴィオラのデビュタントを心待ちにしていたことをマクシムは知っていた。


 特殊な事情のある一部貴族を除けば貴族の婚約はデビュタントのあと。


 デビュタントは婚活市場への入場券で、一方がとっくに成人していてもデビュタントを迎えていない者との婚約は抜け駆け行為となり社交界で歓迎されない。デビュタント前に恋仲となってもデビュタントまで婚約発表を控えるのが習慣となっている。


 ヴィオラのデビュタントの日にルキウスはヴィオラに婚約を申し込むことも知っていた。ヴィオラに似ているという理由で何度も練習に付き合わされた。おかげで指輪のデザインどころかプロポーズの言葉までマクシムは知っていた。



 ――― ヴィオラは第二王子と結婚することになる。


 幸せに酔うルキウスを地獄に落としたのはマクシムだった。


 ルキウスはその理由をマクシムに求めた。それはそうだずっと上手くいくと言ってルキウスの恋を応援していた自分の態度が豹変したのだから当然だ。


 ルキウスは知っておいたほうがいい。父からは許可をもらっていたのでマクシムは事情を説明した。酷なことにルキウスには受け入れるしかない理由だった。


 ――― しばらく時間が欲しい。


 マクシムはいくらでも待つつもりだったが、意外なことに二日目の夜に「協力してほしい」とルキウスからの手紙がマクシムのもとに届いた。


 ルキウスの計画は自分が女性とよろしくやっている現場を見せるというものだった。告白はしていないものの好意はお互いに明確だったから、それを見たらヴィオラがルキウスに裏切られたと思うに間違いないと。


 愛しい女の中の恋心を自分自身で粉々に打ち砕く。ヴィオラ一筋のルキウスとは違ってそれなりに女性とお付き合いをしてきたマクシムにはこんなことをしたら好意どころか信頼も失うと言って説得した。


 考え直せと何度もルキウスを諭した。


 それでもルキウスの決意は変わらなかった。


 これが一番いい。第二王子も悪い奴ではない。政略結婚でもヴィオラなら幸せになれる。そのためにはルキウスへの恋情など邪魔なだけだと。自分に言い聞かせるようにマクシムを説得するルキウスの姿にマクシムは折れた。


 親友に酷なことをさせている罪悪感が楽なほうに逃げさせた。



 父に報告すると気が変わらないうちに直ぐにやろうとなった。誰の気かは聞いても意味がないので聞かないことにした。


 実際に女を連れ込む気はないとルキウスがベッドに連れ込む女役に自分を指名したとき、ルキウスは一生ヴィオラのことを引き摺るのだろうなと思った。



「ヴィオラがこれからも俺と父上は味方だと思えるように一人で悪者になって……大馬鹿野郎が」


 漏れ聞こえてくるヴィオラの名をマクシムは必死で聞こえない振りをする。


「シャドウモーン侯爵……絶対に許さねえ」



 ***



「お兄様」


 ヴィオラの準備ができたと聞いて部屋に迎えにいくとヴィオラが笑顔をマクシムに向けた。その笑顔は作り物めいていて、あの悲しい夜以来ヴィオラの笑顔を見たことがないことにマクシムの心が痛くなる。


 二人の痛みに比べたら。その思いで笑顔を作る。


「どうかしら」

「似合っているよ」


 あのクリーム色のドレスのほうが似合っていただろうけれど。そう心の中で付け足す。実際に目の前のドレスはあまりヴィオラに似合っていない。一生に一度のデビュタントなのだ。シャドウモーン侯爵家御用達の仕立て屋に任せきりにしないで自分の要望を言えばよかったのにとマクシムは思ったが、やはり思っただけで口には出さなかった。



「行こうか」


 数カ月前までデビュタントのエスコート役を賭けて父と勝負していたことをマクシムは切ない気持ちで思い出す。


 その日のヴィオラは滅茶苦茶可愛いだろうし、その日以降のエスコート役は全てルキウスに取られるからと勝負は白熱した。父親は結婚式でエスコートできるのだから自分に譲れという説得に耳を貸さない父に本気で切りかかった。


 そんな名誉のエスコート役。それが一転してつい先ほどまでマクシムは父親と譲り合っていた。ヴィオラに合わせる顔がないのだ。


「お兄様、何も聞かないでくれてありがとう」


 知っているから聞かないだけだとマクシムは内心苦笑しつつ「何のことだ」と言う顔をする。


「長い夢を見ていただけなの。もう大丈夫。私は筆頭貴族ローズウッド公爵の娘ヴィオラとして義務を果たすわ」


 欲しいものが手に入らなっただけとヴィオラは笑う。


「大丈夫。誰であれ結婚するなら互いに尊重し合って、慈しみあえる、そんな幸せな夫婦になりたいと思っているから」

「ヴィオラなら大丈夫。うん、大丈夫だ」


 自分に言い聞かせるような形になったことにマクシムは気づく。


「次はウエディングドレスを注文することになるわね」

「……今度はシャドウモーン侯爵家に任せるなよ」


 そうするわと笑うヴィオラの笑顔はやはり作り物めいていた。

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