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第2話 心の中の虚*

「ルキウス様……」


 突然倒れたことにルキウスは慌てたが数分でヴィオラは目を覚ました。人を呼んでこようにも意識のないヴィオラを置いていくことを躊躇していたルキウスは安堵する。


「どこか痛いところはないか?」


 首を傾げるヴィオラに戸惑いつつも使用人が小さい子どもは気紛れだと言っていたことを思い出したルキウスはヴィオラもそうなのだと思うことにした。



「それじゃあ僕は……」


 宮殿に行ってくると言おうとした言葉尻が外から感じた不穏な気配に途切れた。ルキウスが窓から外を見ると霧雨で白く霞む庭に数人の人影が見えた。


 王妃の手のものが今度こそ来たと思い、こんなときにとルキウスは軽く舌を打つ。「お行儀が悪いです」と叱る声が予想より近くに聞こえて驚く。隣にいるヴィオラがルキウスと同じように窓の外を見ようとして背伸びをしていた。


「え? 危ないよ?」

「なぜルキウス様は危ないことをしますの?」

「なぜって……死にたくないから?」


 ルキウスの言葉にヴィオラは首を傾げ、そしてルキウスが携えている剣を見る。


「悪い人たちですか?」

「多分」


 襲撃に慣れている自分もどうかと思ったが、怖がる素振りも見せないヴィオラにルキウスはヴィオラも襲撃に慣れていると感じた。


「ルキウス様はお父様より強いのですか?」

「は!?」


 ハートフォードのティトゥスと言えば三国先まで震え上がらせる武人だ。彼より強いなど誤解も甚だしいとルキウスは高速で首を横に振る。


「公爵より強い人なんて人間じゃないから」

「そうなのですか? それよりもあの人たちを捕まえるのをお手伝いいたします」


「ん? どうしてそうなるの?」

「お父様はよく私に『手伝って』と言うからです。お父様より強くないならお手伝いするべきです」


 理由になっているかどうか分からないが妙に説得力のある言葉だった。


「ルキウス様、抱っこしてください」

「抱っこ?」

「見えないと捕まえられません」


 首を傾げつつもルキウスはヴィオラを抱き上げた。


「少し眩しくなります」

「眩しく?」

「ディバイン・エンシェント」


 油断したためルキウスは突然真っ白になった視界に驚き、さらに遠くから聞こえた驚く声にさらに驚いた。


「お父様の声?」

「やっぱり!?」


 ***


「ごめんなさい、お父様」

「……気にするな」


 僅かにあった間にティトゥスのプライドが些か傷ついていることを感じたがルキウスは黙っていた。


「殺気を隠さず近づいたのがいけなかったのだ」


 しょ気た娘ヴィオラの栗色の髪を優しく撫でたあとティトゥスはルキウスに向き直り謝罪する。


「ルキウス殿下、大変申し訳ありませんでした」

「……気にすることはない」


 ヴィオラが作った光の球に閉じ込められていたティトゥスの姿は当分忘れることはできないだろうとルキウスは思ったが。


「あの光属性の魔法、ヴィオラ嬢は聖女だったのですね?」

「はい。あの子の母ヴィヴィアンからその力を引き継ぎました」


 光属性の魔法を使える聖女は少ないためヴィオラは幼い頃から多くの者に狙われていた。ヴィオラが襲撃慣れしていた理由にルキウスは納得した。


「あの檻は生かして殺さず。自害さえも許さないので大変便利なのですよ」


 どのように便利なのかは聞かないことにしたルキウスが苦笑するとティトゥスはホールを見渡した。これだけ騒いでも誰も出てこないことからここには自分しかいないことに気づいたのだろうとルキウスは思った。


「子ども相手に大人げない真似を」


 溜め息を吐いたティトゥスは連れていた者二人に合図を送る。よく似た顔の男女の双子、年は二十歳そこそこといったところだった。


「こんなこともあろうかとこちらの二人連れてきました。男のほうはデクス、女のほうはシニス。どちらも一人で小隊一つを相手取ることができる猛者です」


 侍従と侍女にしか見えない二人の能力にルキウスは驚く。


「あと一人、料理が得意な者を後日紹介します。そうですね、名前はテルグにしておきます」


 名前の無い者。つまりローズウッド公爵家の影の一人だとルキウスは察した。


「公爵の気遣いに感謝する」

「それでは失礼いたします。ヴィオラ」


 名前を呼ばれたヴィオラは「はい」とティトゥスに応えたが、ハッとした表情をしてルキウスに向き直る。ヴィオラと顔を合わせたルキウスは「あれ?」と思った。紺色だと思っていた瞳が紫色をしていたからだ。


「ヴィオラ、どうし……お前」


 ティトゥスは驚いた声をあげたあとルキウスとヴィオラの顔を何度も交互に見た。


「公爵?」

「まだ淡いが……これは時間の問題だろうな」


 ティトゥスは溜め息を吐くとヴィオラの頭を撫で、さらに一回それはそれは深い溜め息を吐いてルキウスに向き直る。その表情はどこか消沈していて、何をした自覚はないものの悪いことをした気になったルキウスは謝りたくなった。


「公……」

「殿下、お気になさらず……まさかこんなに早いとは思っていなかったので」


 ここに誰もいなければこの人泣くんじゃないかとルキウスは思ったが、次の瞬間自分に向けられた鋭い視線に背筋を伸ばした。怖いと思った。


「殿下は剣や魔法について誰かについて学んでいらっしゃいますか?」

「剣も魔法も教師はつくのですが、いろいろと長続きしなくて……」


 ほぼ独学であるという言葉は喉の奥にしまっておいた。


「全くネチネチと……今後似たようなことがあればデクスたちが気づくでしょうが、殿下も今後は困ったことや要望はきちんと我々に言うようにお願いします。デクス、シニス、殿下に剣と魔法を徹底的に教えて差し上げろ」


 徹底的という単語にルキウスの驚いた目がティトゥスに向かうものの、ティトゥスの目は冗談を言っている者ではなかった。


「王妃から身を守れということですか?」

「そうですね。まずはそれを目的とするのが良いでしょう」

「まずは?」


 ルキウスの疑問をティトゥスは微笑みで往なす。


「芸は身を助くと言うではありませんか。いつかのとき、もっと鍛えておけばよかったと後悔しないためにお励みください。血反吐を吐くまで」

「血反吐!?」


 驚くルキウスには笑うだけで、ティトゥスはヴィオラを抱き上げた。


「死ぬ気で強くなってください。あなたは選ばれたのですから」


 それは王太子の責務ということかとルキウスは尋ねかけたが、ティトゥスの自分を見る瞳に圧されて聞くことができなかった。


 選ばれた。


 その言葉を聞いたとき、ルキウスは物心がついたときからずっと空いていた自分の心の中にある(うろ)が埋まった気がした。

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