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第1話 寂寞の庭*

登場人物の名前を大きく変更しました。


アレクサンダー → ルキウス

セバスチャン → ノビリス

エリザベート → ヴィオラ。

「殿下」


 霧雨が降らせるどんよりとした雲を見ていたルキウスは声のしたほうにそのアンバーの瞳を向けた。


 そこにはルキウスと共に母エレナの最期を看取った使用人たち。ルキウスは感謝の気持ちを込めて微笑みを浮かべる。十歳とは見えない大人びた微笑みに使用人たちは逆に心を痛めることになったが。


「今日までありがとう。僕は大丈夫だから行ってくれ」


 使用人たちの纏め役だった初老の男が「しかし」と戸惑ったが、ルキウスの言う通りにするしかないことは誰もが分かっていた。


「ここでロゼニア妃の不興を買ってお前たちがクビになったら僕は母様にあわせる顔がない」


 ルキウスの言葉に使用人たちは頭を見合わせたが誰もが自分の生活を守らなければいけない。後ろ髪引かれるように何度も振り返りつつも去っていく使用人たちを見送り終えたルキウスは大きく溜め息を吐いた。


「もう春だというのに」


 そう呟いた声は季節が戻ったような真冬の寒さで白く染まった。



 母エレナはこのハートフォード王国の王である父アウグストの婚約者だったが、子爵令嬢の彼女が王妃になることはできなかった。


 婚約者なのになぜか。それはアウグストが先王の三男で、二人の兄が王位争いで共倒れするように二人共亡くならなければ王になることはない王子だったからだ。エレナとの婚約も王位を継ぐつもりはないという意思表明だった。


 両親が気持ちにどう折り合いをつけたかはルキウスに分からないが父アウグストは侯爵令嬢だったロゼニアを正妃に迎えたあと母エレナを愛妾として囲いこのセレンディア宮を与えた。


 七歳までルキウスはセレンディア宮を一歩も出たことがなかった。


 このハートフォード王国は長子相続が原則なので父アウグストの第一子で男の自分が王太子だと知識では知っていたが、七歳のときに御披露目として開かれたパーティー会場でロゼニア王妃と彼女が産んだ三歳下の異母弟ノビリスを囲む貴族たちによりルキウスは自分がこの国の厄介者だと理解させられた。



「さて今日からは一人で暮らすんだ」


 母エレナが息を引き取って直ぐにロゼニア王妃の指示を受けた侍従が新たな使用人たちを連れてきた。この宮にいる使用人は愛妾のために用意した者たちだから第一王子に相応しい使用人を与えると言う。


 自分を殺す使命を持った者たちを見ながらルキウスは笑ってその申し出を断り、それ以外の使用人は与えないという侍従の言葉を無視した。


 ルキウスは使用人を特に必要としていなかった。王子の自分に支給されるお金さえあれば生活できるように母エレナの指示で使用人たちから色々教わっていたからだ。それは母エレナがこうなることを予測していたことに他ならないが、それならこうなる前に母も父も何かできなかったのとルキウスは思ってしまう。



「お腹が空いたな」


 この境遇を虚しく思いつつも空腹を感じたことに、思った以上に自分は命汚いらしいとルキウスは笑う。何か食べたいと感じるのは生きようとしているということだからだ。


 保存魔法がかけられた貯蔵庫の中身を思い出しながらルキウスが建物の中に入ろうとしたときガサッと音がした。見ると庭の低木が揺れている。


 父アウグストは宮に騎士を配備しているが使用人が排除されたいま彼らがどうなったかルキウスには分からない。建物との距離を測りながら後ずさろうとしたとき、低木の影から少女が出てきた。


「子ども?」


 ルキウスもまだ子どもだがその少女はもっと幼かった。ルキウスの周りには大人しかいないし異母弟は赤子のとき遠くから見ただけ。初めて見る子どもにルキウスの好奇心が刺激された。


 ドレスを着ているから貴族の娘だと言うことは分かる。ハートフォードの者とは少し雰囲気が違うので他国から来たご令嬢かともルキウス思った。

 

「お兄様!」

「んん?」


 ルキウスに妹はいない、公式では。しかし「王子が二人では心もとない」と貴族たちが父アウグストに女性を紹介していることをルキウスは知っていたので異母妹もあり得るし、こんな可愛い子なら異母妹もいいと思った。


「……違いました」

「違うのか」


 期待していたためルキウスは軽く落ち込んだが、クシュッと少女がくしゃみをしたので慌てて「おいで」と少女を手招きしたが少女は戸惑ってそこを動かなかった。


「どうしたの?」

「お父様に知らない人についていってはいけないと言われているんです」


 その教育は正しいのでルキウスとしては何とも言えない。二人してどうしようと悩んでいると、少女が名案を思い付いたような顔をした。


「知っている人になればいいのです。ヴィオラと申します」


 そう言って少女はカーテシーを見せた。まだぎこちなく、体をふらつかせる姿をルキウスは可愛いと思った。


「僕はルキウスです」

「ルキウス様……王子様と同じお名前……王子様?」


 ヴィオラの問いに深みはなかったが、使用人が一人もついていない広い宮で独りぼっちの自分を『王子』と言っていいのか分からずルキウスは微笑むことで答えにした。


「それじゃあこれでお互いに『知っている人』だ。中にどうぞ」


 ルキウスがそう言うと少女が手を出した。ここまで一人で来たのにエスコートをしてほしがるその姿にルキウスの口元が緩くなった。


「どうぞ、お姫様」

「? 私はお姫様ではありません。私はローズウッド公爵の娘です」


 生真面目に答えるヴィオラに軽く吹き出しつつ、ルキウスはヴィオラの素性を知って安堵した。


 拐したなどと騒がれては堪らず素性が分かればルキウスが宮殿に保護者を探しに行くつもりだったが、ローズウッド公爵家の関係者ならルキウスも気が楽だった。


 ローズウッド公爵ティトゥスは父アウグストが全幅の信頼を寄せる従兄で、ルキウスを嘲る貴族が多い城内でティトゥスは唯一ルキウスたち母子の味方だった。この宮は基本は近衛に守られているが有事の際はローズウッド騎士団が応援に来てくれる。


「君はここで待っていて。公爵が探してるだろうから僕が呼んでくるよ」


 ルキウスがヴィオラをエスコートして建物の中に入る。ヴィオラが少し体を寄せてきたので、広いが静かな空間は気味が悪くここに一人残すのは良案ではないかもしれないとルキウスは悩んだ。しかしそれは杞憂で終わった。


「うわあ」


 最後の仕事と使用人たちは張り切ってくれたのだろう。煌々と薪が燃える暖炉のあるリビングは暖かく、ふわふわに乾いたタオルも準備されていた。


「とても素敵なお部屋ですね」

「ありがとう。着替えはないからタオルに包まって、少し待っていてくれ」


 ルキウスはヴィオラの肩に大きなタオルをかけると急いで自分の部屋に向かった。そして風魔法で濡れた髪を手早く乾かし、城内を歩き回れる程度の格好に着替えてリビングに向かった。


「……聖女」


 開けたままの戸口から見た室内の光景にルキウスは思わずそう呟く。


 被っているのは神秘さの欠片もないただの分厚いタオルなのに、それに包まるヴィオラの姿がルキウスには神々しく見えた。母エレナはこんな女神様の下に旅立ったのかと思ったとき、目の奥から熱いものがこみ上げてきた。


「……っ!」


 人前、それも自分より幼い女の子の前で泣くなどみっともないとルキウスは来た道を戻ろうするより早くヴィオラの手がルキウスの手を掴む。離してほしいと頼む声も震えそうでルキウスが何も言えずにいるとヴィオラは唇をルキウスの手に近づけ口づける。


「ええ!?」


 ルキウスは慌ててヴィオラから自分の手を奪い返し、「あ……」と漏れたヴィオラの声に乱暴にしてしまったかとルキウスはさらに慌てた。


「ご、ごめん。吃驚して……」


 黙って俯いてしまったヴィオラにルキウスはもっと慌てる。


「ごめん、本当にごめんね。でも、その、照れ臭くって……だって口づけ……手に口づけって……ん? 逆じゃない?」


 ルキウスが知っている限り手に口づけるのは男性から女性にする忠誠の証。王子である自分に女性騎士

がするならまだしも幼い貴族令嬢にされることではないとルキウスは首を捻っているとヴィオラが顔を上げた。


 先ほどの幼気な様子が消え、どこか大人びた雰囲気のヴィオラはルキウスには別人のように見えた。


この子(・・・)は決めたみたいですね」


 何をか尋ねる前にヴィオラの目が閉じて同時に小さな体が倒れこんできた。

タイトルの「寂寞せきばく」とは、静かでひっそりしている様子です

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