8話 暗黒巨大商業組合
最も深き迷宮第6階層――深淵の獣の御前。
主無き横穴の周りで、数人の武装した男たちがせわしなく動いていた。
冒険者ではない。
男たちが羽織る丈の長い上着の肩には、クロムウェル商業組合の紋章が描かれている。
クロムウェル商業組合が有する私兵――組合兵だ。
組合兵たちは魔法の明かりが照らす中、何かを探しているようだ。
「パーティーにいた奴じゃない。でも、あいつら……あんなところでなにをしているんだ?」
岩陰に隠れながら、エリオットは彼らの動きを盗み見る。
いや。
もともとエリオットを雇ったのはクロムウェル商業組合で、エリオットを裏切ったのはトルーマンたち『栄光の道』の連中なわけであって。
別に隠れる理由はない。
ないのだが、どうにも連中の前に出て「俺の装備を知りませんか?」と声を掛ける気にはならない。
クロムウェル商業組合が回収したがっていた漆黒の剣は、今やエリオットの左腕となっているからだ。
「はぇー。組合の連中がこんなところになんて、珍しいな。しかもクロムウェル商業組合なんて大組合じゃん」
エリオットが振り向けば、予想外の近さにアニタの顔があった。
睫毛の1本1本まで数えられるほど。
「あん? 何驚いてんだよ。あ、まさか付いて来るとは思ってなかったって顔だな、それ」
「そ、そうだよ」
エリオットは瞬きよりも速く顔を背けると、再び組合兵たちを注視する。
アニタはフンと鼻を鳴らすと、
「組合兵なんて雑兵が、よくこんな6階層まで来たなあ。社畜根性ってやつか?」
「よほど強い命令だったんでしょうね。組合長直々とか」
冷ややかな視線を送るアニタと対照的に、スコットには同情めいた感情が現れている。
暗黒巨大商業組合とはすなわち、経済面で国を牛耳る暗黒組織である。
クロムウェル商業組合は暗黒巨大商業組合の一角であるとはいえ、その私兵は一部を除いてそれほど強くない。
最も深き迷宮の下層に来れるほどの実力はなく、だからこそ『栄光の道』を雇ったわけである。
「スコットまで来たのかよ」
「ええ。もちろん。僕たちが拾った人に何かあったら、冒険者の名折れですしね」
「むぅ」
そう言われては、エリオットは何も言えなくなる。
アニタとスコットは、そのまま真っすぐに組合兵たちの方へと向かう。
『ぬしよ――』
空中に波紋が走ったかと思うと、エリオットの右斜め前にタマが浮かび上がった。
その表情は険しい。
『ぬしよ気を付けよ。あやつら変じゃぞ』
「へ?」
それってどういう――エリオットがタマに訊くよりも先に、
「おーい。あんたらこんな所で何してんだ?」
軽い感じでアニタは話しかける。
「――ッ!?」
組合兵たちが弾かれたように振り向いた。
まさか声を掛けてくる人がいるとは、端っから思っていなかったようなそんな感じで。
その勢いの良さに、アニタはたじろぐ。
「な、なんだよ?」
組合兵たちは返事をしない。
ただ、互いに視線を交わし、頷き合う。
――次の瞬間だった。
突如して組合兵の前面に魔法陣が展開!
「はっ!?」
炎の槍が幾本も撃ちだされる。
「スコット! アニタ!」
スコットはとっさにアニタを抱えると、横へと大きくジャンプ。
先ほどまで2人がいた場所を、炎の槍が貫いた。
無警告の魔法攻撃である!
着弾と同時に火炎が荒れ狂い、閃光が瞬く。
「撃ってきやがった! 対モンスター用の、馬鹿火力の魔法を撃ってきやがった! ファックオフ!」
抱えられながらアニタは中指を立てて罵倒する。
返事はもちろん――炎の槍。
「ぎゃああああ!」
「暴れないでください! 落としちゃいますよ!」
絶え間なく炎の槍が打ち込まれる中、必死な表情でスコットは走る。
一発も当たらなかったのは奇跡である。
エリオットがいる岩陰までたどり着くと、飛び込むように裏に隠れた。
「あんのくそ野郎どもめッ! ぶっ殺す! アタシがぶっ殺してやる!」
アニタは岩陰から上半身を出すと、論理詠唱にて火炎球をぶっ放す。
ぶちギレである。
「気に食わねえ! アタシらに攻撃してきたことを後悔させなきゃ、気が済まないっての!」
火炎球が組合兵の1人を捉えた。
直撃を受けた組合兵は、松明めいて燃え上がる。
アニタは不快感を露わにして舌打ちする。
「悲鳴すら上げないって、とんだ社畜精神だな」
残る組合兵の数は3人。
全員が魔法使いで、こちらを手数で圧倒している。
「魔法使い相手は厄介ですね。僕ら戦士には分が悪すぎます」
スコットが苦々しげに呻く。
槍の間合に入る前に、こちらが消し炭になりかねない。
「アタシが全員ぶっ殺せばいいんだろ!」
アニタが吠えるが、組合兵は訓練された動きで火炎球を躱す。
そして、散開しつつじりじりと距離を詰めつつある。
虚空に波紋が生じた。
『ぬしよ』
タマがエリオットの耳元で囁く。
『余に身体を貸せばこの程度の雑兵、蹴散らすのは容易いぞ』
悪魔の誘いだ。
無論、そんな誘いに乗るエリオットではない。
「お前の力は借りない。俺がやる」
『強情な奴め……仕方がないのう。少し力を貸してやろうぞ』
タマの姿はすぅーっと虚空に溶け込み、消えた。
炎の槍が近くに着弾し、アニタが思わず頭を引っ込めた。
たまたま目が合った。
エリオットは左手で、着ていたボロボロのチェインメイルを裂いたところだった。
「おい、エリオット。お前、何しようとしてんだ?」
「俺がやらないと全滅だ」
「だからどうすんだっての」
「こうする!」
意を決した顔で、エリオットは岩陰から飛び出した。