50話 解錠できなくなったシーフと生きていくたった1つの方法
コルセア・シティに火柱が立った。
比喩ではない。
パーシング商業組合やスキング商業組合だけでなく、クロムウェル商業組合の組合兵も戦いの手を止めて、炎上するクロムウェル商業組合本社を眺めていた。
火の手は本社5階に達し、燃え盛る炎がまるで荒波のようにうねっていた。
「逃げ道は!?」
エリオットはアニタを抱え、四方に目をやる。
どこもかしこも炎に包まれてしまい、身動きが取れない。
完全に逃げ遅れてしまった!
「お前が火なんてつけるから!」
『何を言うか! 余がぬしの身体を借りていたとはいえ、火を付けたのはぬしじゃ!余、悪くないもん』
「悪いに決まってんだろうが! このファッキンなまくらが!」
『ななななな! ぬしよ! それは言ってはならん、言ってはならん言葉じゃぞ!』
タマは怒りに顔を真っ赤にさせ、拳をぶるぶると震わせる。
エリオットとタマは鼻っ面を突き合わせながら、5階を逃げ惑う。
まさかここまで火の勢いが激しくなるとは予想していなかった。
自業自得もこれに極まりである。
「うるせー! じゃあ逃げ道を教えろっ! もうこれ煙と炎がヤバくてゴホッゴホッ」
『安心せい。余は金属じゃからちょっとやそっとじゃ溶けぬ』
「どう安心しろってんだよ!」
エリオットは腹立ちまぎれに壁を蹴り飛ばす。
衝撃で本棚が倒れ、ごうっと火の粉が派手に舞った。
むしろ本棚から落ちた書類が火を呼び、さらに激しさを増す。
『あちゃー……』
「え、どうしよ……」
額に手を当て天を仰ぐタマと、狼狽えるエリオット。
「うるせーよ。何1人で騒いでんだよ、相棒」
寝起きのような活舌が悪い声に、ぴたりと動きが止まる。
川の流れが止まった水車めいたぎこちなさで視線を下げる。
エリオットの腕の中で、ようやくアニタが目を覚ましたのだ。
非合法的魔法や薬を受けたせいか、彼女はひどく憔悴しきった様子である。
「あ、いや……ゴホン。別に叫んでなんかないし、狼狽えてもいないよ。全部作戦通りだから」
咳払い一つして、エリオットは真面目な顔で言う。
しかし、アニタは怪訝そうな顔をするばかり。
「何が作戦通りだぁ? どう見てもピンチじゃねえか。むしろ助けを待ってるみたいな?」
周囲を火に包まれるという考えうる限り最悪なシチュエーションで、罵倒されないだけまだマシなのではなかろうか。
あるいは火を付けたのがエリオットではなく、クロムウェルと誤解しているのかもしれない。
「まぁ……それは……うん。おいおい考えるとして」
すかさずお茶を濁すエリオット。
「はぁ……ったく。ちったぁカッコよく決めてくれよホント。こちとら捕らわれのお姫様なんだからな」
アニタはぷいとそっぽを向く。
向きつつ薄目でエリオットの反応を見ようとするところが、なかなか素直になれないようである。
頬が赤いのは、決して炎の照り返しだけではないはず。
エリオットは苦笑すると、
「助けに来た。一緒に帰ろう」
「遅ぇよ。バカ」
そして炎が2人を包み込み――
この夜を最後に、コルセア・シティでエリオットの姿を見た者はいない。
◆
コルセア・シティから西に10日ほど離れたところに、小さな村があった。
両手足の指で数えられるくらいの民家が並び、村人が道楽でやっているような食堂が1つだけある村だ。
魔法光看板もなければホログラム魔法の広告もない。
怪しい薬草が蔓延りもしなければ、ガラの悪いゴロツキもいない。
静かで穏やかで、悪く言えば刺激が皆無である。
そんな村の中心にある村長宅に、村人が血相を変えて飛び込んで来た。
「大変だ! 大変だ!」
「おいおいどうしたんだよ」
ちょうど会合中だったのか数人の村人たちが集まっており、皆一同に怪訝な顔をする。
『水車利権』『領主の横暴』『決断的発言』などと、物騒な文言が書かれたポスターが並んでいる。
村人は全速力で走って来たのか、息を整えるのにしばしの時間を要した。
そして震える手で閉ざされた木窓を、おそらくその向こうにある裏山を指差す。
「オラ見ただ! トロルがいただ!」
トロルと聞いて村人たちは一様に狼狽えた。
「うそだろ……おい」
「見間違えじゃないのか? そうか、また昼間から酒なんか飲んで」
「違ぇ違ぇ! 小山かと思ったらのっそりと立ち上がって――」
村人たちはお互いの顔を見やる。
どうやら嘘でもなければ白昼夢でもなさそうだ。
「どうすっべ? トロルなんて俺たちじゃ追い払えないし……」
「火でもかけるか?」
「バカおめぇ、そんなことしたら山火事になるだろーが!」
「じゃあどうする?」
村人たちは沈黙する。
ほどなくして1人の村人が、両手をぱちんと合わせた。
何やら妙案を閃いたのかして、顔を明るく輝かせている。
「そうだ! ちょうど旅の冒険者さんが来ておる。助けてもらおう」
「ええ……あの人らに?」
「なんだよ不満かよ」
「だってあの冒険者さんたち、おっかないんだもの」
村人はぶるると肩を震わせると、
「なんたって左腕に真っ黒ででっかい爪が生えてるんだから――」
おわり




