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49話 最期の言葉

炎上する本社からもうもうの立ち上る黒煙が、砕けた壁から外気と共に雪崩れ込む。

併せて、とうとう最上階まで火の手が上がってきた。

エリオットが開け広げた扉の向こうでは、燃え盛る炎が広がっている。


「なるほどな……」


つぶやくフォックスは体の動きを確かめるよう、手を握ったり開いたりする。


「生体融合めいてはいるがパワーが違う。たしかにこれほどの力があれば、クロムウェルを落とすなど容易いのかもな」


ニューロンが加速した。

盾と一体化したフォックスが踏み込む。

同時に目にも止まらぬ速さで、黒い光の軌跡を空中に描いた。

エリオットに砕かれたはずの刃は、漆黒の刃へと置き換わっていた。


「俺はお前みたいに身体を渡すようなヘマはせん!」


ニューロンが加速し、エリオットは鉤爪の背で滑らせるように刃の軌道を反らす。

噴水めいて火花が散り、エリオットとフォックスの姿を赤く照らす。

フォックスは手を返し、続けざまに斬りつける。

音すら置き去りにする斬撃だ。

しかし、エリオットは左腕で巧みに受け流し、むしろ一歩前へと踏み出た。


「じゃからおぬしは余に勝てぬのじゃ!」


つむじ風めいた斬撃であった。

エリオットの左腕、つまり5本の刃がフォックスの胸に浅い切り傷を生んだ。

フォックスは己の胸を押さえ、半ば呆然とエリオットを見返す。

剣を握った手がぶるぶると震える。


「たかが……たかが武器の分際で……舐めた口を! 盾なんぞよりも、剣の方が、俺の方が上手く使えていたというのに!」


破れかぶれか!?

フォックスが剣を振り上げ、大上段から斬りかかる。

耳をつんざく金属音が響き、エリオットが再び刃を止めた。


「ぬし殿とは覚悟が違う。所詮は私利私欲のための薄っぺらい意気込みよ」


タマはくすくすと笑う。


『な? そうじゃろ?』

「ああ、そうだな!」


エリオットはフォックスの腹に蹴りを叩き込むと、一歩下がって距離を取る。

そして、左腕を掴むと――引き抜いた。


左腕が消え、代わりに一振りの長剣が握られていた。


その剣は柄から刃先まで新月の夜めいて黒い。

魔剣《魂喰らい》、その本来の姿がそこにあった。


エリオットが床を蹴った。

ジグザグの軌跡を描き、黒い稲妻が迸る。

いくらニューロンを加速させようがその動きをフォックスは捉えることができない!


「なぜだ!? なぜ勝てない!?」


フォックスは正面から迎え撃つことを止め、バックステップで間合いを取る。

それから砕かれた壁の向こうから覗くコルセア・シティの夜空を横目で見た。

全てを飲み込んでしまうかのような黒が広がっていた。

フォックスは躊躇いなく壁の向こうへと跳び出した。


無論、投身ではない。

まるで見えない床でもあるかのような身のこなしで、フォックスはさらに上階へと上がった。

空中に波紋が浮かび、タマが姿を現した。

身体の支配を返し、しかし異界の王の武器たる《魂喰らい》すべての力をエリオットに授けながら。


『ぬしよ、あやつを追うぞ。いくら余の半身が力を貸しているとはいえ、武器として余を使いこなせるぬしには敵わん』


エリオットは未だ倒れるアニタを一瞥すると、


「わかった。行こう」


広がる闇夜を睨む。





生ぬるい夜風が流れ、炎と煙の臭いが鼻を突く。


「クロムウェルはお終いだな」


フォックスは地上を見下ろしながら独り言めいてつぶやいた。

怒号と悲鳴、剣撃の音が絶え間なく聞こえる。


「パーシングとスキングめ。火事場泥棒とは……だが、正しい。もうクロムウェルに貴様らを止める力はない」


フォックスが言う通り、地上ではパーシング商業組合とスキング商業組合の組合兵が、本社の敷地内へと雪崩れ込んできた。

クロムウェル側は生き残りが応戦しているが、エリオットによってすでに防衛網が崩壊しているため、勢いを止めることは無理だろう。

間もなく防衛戦は突破される。

そして、それはクロムウェル商業組合の最期を告げる。


「支店が残っているとはいえトップがいなければ意味がない。他商業組合に切り取られ、骨の髄まで啜られるだろう」


移動城壁が倒され、いよいよ本社が丸裸になった。

クロムウェルの組合兵が潰走するさまが良く見える。


「そしてたとえ再起したとて、もう力は残っていない。たった一夜でこんなことになるなんて、誰が想像した? ええ?」


フォックスは自嘲めいて笑った。

そしてスゥーっと息を深く吸い込むと、殺気を研ぎ澄ませる。

《魂喰らい》を構え、エリオットが最上階へと降り立った。


「自業自得だ。過ぎたるものを求めると自滅する。あんたが雇った《栄光の道》がいい例だ」


エリオットに言われ、フォックスは肩を小刻みに揺らした。


「ふふっ。言ってくれるな。あの身の程知らずの阿呆どもと一緒か。この俺が……」


フォックスは地上を眺めることを止めた。

自分が必死になって守っていたものが崩壊する様を、もう見たくないのだろう。

ゆっくりと、エリオットへ向かって歩み出す。


「だが……もうどうでもいい。クロムウェルなどもう知ったことか」


狐兜から覗く眼光が細く鋭くなる。


「貴様だけは殺す。そうでもしないと俺の気が収まらんのだぁぁぁッ!」


愛社精神をかなぐり捨てて、フォックスは雄叫びと共に駆ける。


速い。


一気に間合へ飛び込むとエリオットに斬撃を繰り出す。

一振り二振りと、フォックスが剣を振るうたび、さらに速さを増していく。

エリオットの身体の至る所に切り傷が生まれた。

しかし、肌が裂けるたびにタールめいた漆黒の汚泥が傷を覆い、止血する。


「小癪なあああああッ!」


フォックスの咆哮に併せて黒い刃が伸び、鞭めいてしなる!

それは残像すら生み出すほどの速さ。

しかしエリオットのニューロンはさらに加速する。

縦横無尽に繰り出される剣の軌道を全て紙一重で躱す。


「死ねえええッ! 俺の過ちと共に消え失せろおおおおッ!」

「断るッ!」


エリオットはフォックスの刃を掻い潜り――


『ぬしよ!』


タマの声に呼応するがごとく、エリオットは《魂喰らい》を振り抜いた。


血飛沫が上がる。


《魂喰らい》の刃はフォックスの腹部を大きく薙いでいた。

どろりと血が滴り落ち、フォックスは膝を付いた。

軽く乾いた音をたててその手から剣が落ちる。

すでに漆黒の刃はなく、半ばから砕かれた剣があるのみ。


「何が過ぎたるもの……だ」


水っぽさが混じる掠れた声が響く。


「お前の方こそ……」


それがフォックスの最期の言葉であった。




エリオットは彼の亡骸を見つめる。

ただ無言で、じっと見つめる。

いつの間にか、エリオットの左腕は元の姿へと戻っていた。


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