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48話 キツネ狩り

火の粉が降り注ぐ。

コルセア・シティの夜空を赤く染め上げ、クロムウェル商業組合の本社が燃えていた。

窓から黒煙が吹き出し、時折炎が稲妻めいて迸る。

燭台の火が油や爆薬に引火し、次々に火の手が上がっていた。


無論、事故ではない。

組合兵を蹴散らしながら最上階へと目指すエリオットの仕業である。

クロムウェルの社員、組合兵だけでは飽き足らず、書類だろうが紙束だろうが片っ端から炎の中に放り込んでいった結果である。

たちが悪い。

エリオットの目的はアニタの奪還だけではない。

禍根を全て断ち切るため。

クロムウェル商業組合そのものを潰すために、エリオットは攻め入ったのだ。


「お招きいただきありがとう」


すでに事切れたアニマルヘッズを両手に、エリオットは悠然と歩む。

このアニマルヘッズは、金属で補強されたひと際大きな扉を守るように配置されていた。

手練れだったのだろう。

しかし、今のエリオットの前では時間稼ぎにもならない。

エリオットはアニマルヘッズを捨て、まっすぐ進む。

左右に開け放たれた扉の奥、だだっ広い部屋の中心には男が1人いた。

エリオットは、ほぅと嘆声を漏らす。


「おぬし……見覚えがある。その狐の兜。最も深き迷宮(ダンジョン)で殺したと思っておったが……まさか生きておったとは」


漆黒の三角盾(カイトシールド)を腕に通したフォックスがエリオットを迎える。

兜で表情はわからないが、それでも彼の纏う雰囲気が物語っていた。


「深淵に眠る異界の武具によって、我らクロムウェルは全ての商業組合を凌駕する力を得るはずだった。そう……そのはずだった」


声音は僅かに震えていた。

足下には叩きつけたと思しきガラスのグラスが、破片となって琥珀色の中身とともに散らばっていた。


「それがどうしてこうなった? なぜ警備部門のトップまで来た俺が、直々に応戦しなければならない?」


濃厚な殺気が部屋の中に充満していた。


「クロムウェル商業組合に正面から乗り込むなど、常軌を逸している。狂人め」

「たわけが。余を招いたのはおぬしじゃろうが。そこの人質まで用意して」


エリオットの視線の先には縄で縛られたアニタがいた。

薬品か魔法か、アニタはこれほどの騒動にも関わらず、目を閉じたままぐったりとしていた。


「貴様らが呼びつけたから余はやって来た。故に殺した。全ての人間を。燃やしてきた。全てのモノを」


エリオットは進む。


「兵だろうが誰であろうが全て、平等に、おぬしら組合が二度と立ち上がれぬよう入念に」


エリオットは進む。


「余は時が良かったようじゃ。おぬしらの頭たちが他の商業組合との戦で、こぞって話し合いをしておったわ。余は寛大じゃからな。煩わしい軍議をできないようにしてやったわ」


そして、立ち止まった。


「おぬしらが奪い取ったもの、返してもらうぞ」


エリオットがニヤリと口の端を歪める。


「利子を付けて全てな」


地面を蹴った。

エリオットの姿がぶれたと思った次の瞬間には、フォックスの目前にその姿があった。

まるで瞬間移動めいた速さ!

鉤爪が閃く。


だが、フォックスは舌打ち一つして鉤爪を盾で弾く。

エリオットの反応速度に付いて来ているのだ。


「貴様、エリオットではないな!?」


フォックスは苦々しげに言う。


「それがどうした? 些細な問題であろう?」


そのまま盾の上から左腕で殴りつける。

フォックスは同時に後ろへ跳んで打撃力を殺す。

殺しつつ、ようやく腰の剣を抜いた。

極彩色の魔法の光を放つ、細身の刃を持つ魔剣だ。


「いくら改造していても、人の強さじゃないぞ……バケモノめ!」

「言うに事欠いてバケモノ呼ばわりとは!」


エリオットはすかさず距離を詰めにかかる。


「うるさい小虫が! たかが冒険者、しかも雇われシーフごときにクロムウェルの――いや、俺の邪魔はさせん!」


牽制めいてフォックスが剣を横凪に振るう。


「貴様を最も深き迷宮(ダンジョン)に連れて行ったのが全ての間違いだった!」

「痛快じゃのう! 雇い主が後悔するとは、痛快じゃ!」


剣の間合に入らぬようエリオットは急制動をかけ、一拍ずらしてから斬りかかる。

フォックスは盾で受けると、カウンターめいて突きを繰り出した。

が、エリオットは刃を掴んで止める。

鋼が悲鳴を上げる小さな音がした。


「そんな玩具で余を倒せると本気で思うてか?」


嘲笑の後、そのまま刃を握り砕く。


「チッ、貴様を倒すには人間を止めねばならんようだなッ!」


フォックスが叫ぶ。

刹那、漆黒の盾がドロリと融け、タールめいた汚泥と化す。


いや――盾からだけではない。


衣服を突き破り、左腕の至る所から吹き出してくるではないか!

見る見るうちに漆黒の汚泥はフォックスの姿を包んでいく。

エリオットの表情に初めて焦燥の色が浮かぶ。


「させるか!」



ニューロンが加速する。



鉤爪がタールめいた汚泥の塊を切り裂かんと伸び――その腕を取り、絡め、振り抜いた。


「なっ!?」


エリオットの視界が、天地がひっくり返ったかのように一転する。

投げられたと気づいたのは、壁に背を打ち付けたとき。

その衝撃はすさまじく、壁が砕け、石材が地上へと落下していく。


「今のは効いた……!」


エリオットは膝を付き、顔をしかめた。

ニューロン加速状態で反撃を受けてしまった。

信じ難いことだ。


「いや……」


エリオットは否定する。


「これで条件は五分だな」


ややくぐもった声が聞こえた。

エリオットが前を向けば、そこには漆黒の影が仁王立ちしていた。

漆黒の鎧に身を包んだフォックスが見下ろす。

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