47話 踏破と蹂躙
クロムウェル商業組合本社中庭は、炎と血と呻き声が止まない、まさに地獄めいた景観となっていた。
騒ぎを聞きつけてか、建屋から武装した組合兵たちがわらわらと出てきた。
困惑の色を隠せないまま侵入者――エリオットに槍や弓を向ける。
「出迎えご苦労じゃ。おぬしが言った通り、小娘を取り返しに来たぞ。なんじゃ? もっと喜ばぬか。そんな怯えた顔ではなくもっと笑顔での」
バイソンは訝しんだ。
先ほど相手した時とは雰囲気が異なっている。
面は同じだというのにそれ以外のすべてが別物としか思えない。
「あの傷でまだ動けるのか……いや、それよりも。貴様、よくもうちの伝令を……」
「それは間違いじゃ。伝令ではない。伝令たちじゃ」
エリオットの言葉を理解し、バイソンが小さく呻いて一歩引いた。
それが意味することはつまり……。
「おぬしらが放った伝令は余が全て殺してやったわ! おぬしらの元へ増援など来ぬ!」
組合兵たちにどよめきが走った。
たかだか侵入者1人を処理するのは容易い。
しかし、その後に続く暗黒巨大商業組合となると話は別だ。
バリケードや外壁が崩壊した本社で、どうやって暗黒巨大商業組合の兵隊を押さえ込めというのか。
「何か勘違いしておらぬか?」
「なに?」
「おぬしらは暗黒巨大商業組合の小競り合いを気にする必要などない。その前に余が皆殺しにするでな」
途端にエリオットから吹き出すプレッシャー!
衝撃波めいた圧に組合兵たちは後退りする。
「本気でクロムウェル商業組合と正面切って戦うつもりか?」
エリオットの口元が、笑みの形に歪んだ。
「然り。さぁ、限られた戦力で余を止めてみせぃ!」
「チッ。イカれた死にたがりめ! 全員、かかれぇい!」
バイソンの命令で、組合兵たちがエリオットに向けて槍を繰り出した。
しかし、だ。
気付けばエリオットは組合兵たちの囲みを抜けていた。
平然と歩きながら血に濡れた鉤爪をぴしゃりと振るう。
するとどうだ、次々と血飛沫が上がった。
濡れた重い音を立てて組合兵は転がっていく。
皆、物言わぬ肉塊となり果てていた。
「な、なんだ!?」
バイソンは理解が及ばぬ出来事に困惑した。
視線を外していたわけではないのに、今目の前で何が起こったのか理解できない。
「貴様、何をした!?」
汗がふつふつと浮かぶのが自分でもわかる。
バイソンは認めようとしなかった。
得体の知れないものを前に自身の心に僅かながらの恐怖が芽生えたことに。
バイソンの構える大槍が炎の照り返しで赤く染まる。
「何を……じゃと? ただ斬り捨てたまでよ。ふふふ、もっともおぬしが反応できる世界ではないがの」
「何を訳の分からぬことを……私がもう一度血反吐を吐かせてやるッ!」
轟!
バイソンは踏み込みと同時に大槍を繰り出した。
音すら置き去りにするほど、速い一撃だ。
先程のエリオットとの戦いで見せた突きとは、速さも鋭さも違う。
本来のアニマルヘッズの実力だ!
「所詮は命ある者。余に敵うわけがなかろうて」
ニューロンが加速する。
黒い稲妻が迸った。
本人も切られた自覚は無かったに違いない。
バイソンの大槍が細切れに切断され、自身も血飛沫を上げて倒れ伏す。
一瞬の邂逅。
人が命を失うには十分すぎる時間だ。
エリオットはバイソンを一瞥する。
かける言葉はない。
及び腰の組合兵たちは悪夢でも見ているかのようだった。
アニマルヘッズがこうもあっさり倒されるなど、あってはならない事だ。
エリオットの眼光が並び立つ組合兵たちに向けられた。
恐怖がパニックを呼び、組合兵たちから愛社精神を奪い去る。
そこにいるのは武器を持ったただの烏合の衆であった。
「我が名は魔剣《魂喰らい》じゃ。余に喧嘩を売った行為、もう後悔しても遅い」
エリオットは鉤爪を振り上げると、浮足立つ組合兵たちに向けて躍りかかった。
◆
階段の踊り場で、数人の組合兵が槍を持ち、見下ろすように待ち構える。
クロムウェル商業組合の5階建の本社は、コルセア・シティ市庁舎よりも巨大だ。
クロムウェル商業組合がコルセア・シティに及ぼす力を可視化したようなもの。
本社機能だけではなく、有事の際の砦としても機能するよう設計されている。
まさか本当に砦として使うことになるとは、誰1人として思っていなかっただろうが。
開け放たれた木窓から生ぬるい夜風が入って来る。
確認はしていないが、おそらく下の階は全滅した。
なぜなら断末魔の悲鳴がもう聞こえなくなったからだ。
組合兵たちはじっと階下を睨みつける。
足音がした。
「来るぞ……」
誰かがゴクリと唾を呑んだ。
ゆっくりと近づく足音は階段のすぐ傍で止まった。
槍を握る手に力が入る。
だが、一向に人が上がってくる様子がない。
「……?」
組合兵たちの緊張が一瞬薄れた。
その時であった。
木窓から躍り込んできたのは黒い稲妻!
魂喰らいである!
不意を突かれた組合兵は一瞬硬直した。
鉤爪が閃き、組合兵の頭がいくつも吹き飛んだ。
「うわああああああッ!」
生き残った組合兵が、悲鳴を上げながら槍を繰り出す。
「そんな腰の入らぬ突きで、余を殺せると思うてか!」
嘲笑とともにエリオットはいくつもの突きを容易く躱した。
そのまま組合兵の喉笛を狙って鉤爪を振るう。
血飛沫が天井まで届き、赤く汚した。
ほどなくして――動く者は誰もいなくなった。
濃い血臭が満ちていた。
事切れた組合兵が折り重なるように伏している。
血は階段を伝って階下に血溜まりをつくっていた。
水っぽい足音が響く。
「脆い……脆いのぅ。これでは早々にたどり着いてしまうではないか」
何の感慨も抱かずに、エリオットは階段を上がっていく。




