46話 リベンジマッチ
コルセア・シティの夜は長い。
不穏な空気が流れるときは特に、夜が明けないのではないかと思うほど。
それもこれも、暗黒巨大商業組合が急に戦力をかき集め出したという一報が、街全体に広がったのが要因だ。
市民たちは突然の戦の臭いに怯え、家々の門戸を閉ざした。
魔法光看板の明かりが消え、夜空を泳ぐホログラム魔法も消えた。
満月が見下ろすコルセア・シティを漆黒の闇が覆っていた。
クロムウェル商業組合の本社から、勢いよく飛び出した1台の武装馬車があった。
武装馬車の御者台には2人の男が座り、不安そうな顔で馬に鞭を打つ。
「パーシング商業組合が攻めて来たって……マジかよ」
「バカ、まだ小競り合いだ」
コルセア・シティ南方にあるクロムウェル商業組合の支店に、パーシング商業組合が攻撃したという連絡が来たのは数十分前の事。
「俺、聞いたぞ。スキング商業組合も不穏な動きをしているって……」
「らしいな」
「なんで急に戦なんて……」
「聞いた話だが、あの狐面のアニマルヘッズがヤバい兵器に手を付けたらしいぜ。んで、それを防ぐために他の暗黒巨大商業組合が動いたって」
「マジかよ……ここにはそんなに戦力なんてないぞ」
「バカ。上だってわかってるよ。だから俺たち伝令が行くんだろ。味方を集めるために。コルセア・シティ周辺に戦力を集めて迎え撃つんだって」
「なるほど。おぬしらを押さえればここに兵はやって来ぬのだな」
御者たちは突然降ってきた声に身を固くし、一拍遅れて振り返った。
武装馬車の荷台に掛けられた幌の上、満月を背負う漆黒の影が1つ。
御者たちを見下ろす双眸は黒い光を放ち、常人のそれではない。
激しく揺れる荷台の上で、直立腕組仁王立ちする男の左腕は異形の鉤爪であった。
「だ、誰だ!?」
御者がクロスボウを抜こうとしたその時だった。
男は音もなく跳躍、御者台に着地と同時に両腕を振るった。
御者の頭が血を吹き出しながら、それぞれ吹き飛ぶ。
即死だ!
御者の身体がぐらりと横に傾き、御者台から転げ落ちた。
「あん? どうした?」
その音を聞いてか幌に付けられた小さな窓が開き、組合兵が顔を覗かせた。
組合兵は見た。
血に濡れた鉤爪が自分に振り下ろされるその瞬間を。
「まずは1つ」
エリオットは御者も乗客もいない荷馬車の上でつぶやく。
彼の視線はここからではまだ見えないが、クロムウェル商業組合の本社へと向けられていた。
◆
全てを見下ろすかのようにそびえる尊大な塔――クロムウェル商業組合の本社は、半ば要塞めいた様相となっていた。
いくつもの篝火が焚かれ、即席の移動城壁が展開し、木杭のバリケードが幾重に設置されていた。
「急げ急げ! さっさと防備を固めんとパーシングが攻めてくるぞ!」
現場を練り歩きながら数人の組合兵を連れるアニマルヘッズ――バイソンが声を張る。
組合兵や組合員たちは汗を流しながら作業を急ぐが、それでも完全な防衛体制を整えるには夜明けまでかかりそうだ。
不審者を近づかせないよう、いくつもの魔法光のサーチライトが空と地上を照らす。
『当社は武力による安心と安全を提供』『戦勝時15%引きセール』『殺す』などと威圧的な言葉が、ホログラム魔法によって空へ地上へと投射されていた。
バイソンは苦々しい面持ちで作業工程を見ていた。
「パーシングめ……元より攻め入るつもりだったな。他からの増援はどうなっている?」
傍に控える組合兵にバイソンは訊いた。
「ハイ。伝令を乗せた武装馬車はすでに展開済みです。ほどなくかと」
「では、あれはなんだ?」
本社に向かって来る明かりが1つ。
人の足では出せないような物凄いスピードで走ってくる。
「ハイ、馬車? うちの武装馬車ですか?」
組合兵は戸惑ったように言う。
荷馬車に取り付けられた、クロムウェル商業組合の紋章旗が遠目に見えたからだ。
「そう見えるが……」
ランタンや松明が過剰なほど付けられ、まるで火の玉ストレートめいて走って来る。
暗い夜道は危ないとはいえ、あれでは御者も眩しすぎて前が見えないのでは。
武装馬車が門扉の手前まで来る頃、バイソンは目を凝らし――息を呑んだ。
武装馬車は1台ではない。
3台が一直線に連なって走っている。
しかも、御者には首から上が無いのである!
「おいおいおいおい、あの馬車を止めろおおおおッ!」
バイソンが叫ぶがもう遅い!
武装馬車は一切の減速もなく門扉へ突撃!
ランタンや松明の炎が荷台に乗せた大量の爆薬に引火し、大爆発を引き起こす!
KABOOOOOM!!!
さらには一緒に乗せていた小石や鉄くずが爆発の勢いにより周囲に飛散!
恐るべき武器と化して組合兵たちに襲い掛かる。
炎と血による阿鼻叫喚の大殺戮地獄絵図だ!
「マズい!」
バイソンの顔から血の気が引く。
炎と爆発は不幸なことにバリケードまで届き、その裏に仮置きしてあった爆薬樽に引火!
いたる所で次々と連鎖的に爆発を繰り返していくではないか。
移動式城壁が倒れ、木杭が吹き飛び、石畳や人が舞う。
バイソンのすぐ近くに、壊れた樽と思しき破片が降ってきた。
炎に包まれるクロムウェル商業組合本社防備を唖然と眺めながら、バイソンはうわ言めいて言う。
「だ、誰がこんなことを……!」
そのとき彼は見た。
炎の合間から陽炎めいて浮かぶ漆黒の影を。
影は一歩ずつ、黒い光の軌跡を生みながら進んでくる。
「貴様あああああッ!」
バイソンは大槍を掴んで飛び出し、漆黒の影と対峙する。
炎に照らされ、鉤爪が赤黒く輝いている。
「ほぅ。出迎えに来てくれるとは大したものよ。余は嬉しいぞ」
エリオットは口の端を吊り上げ、ニヤリと笑った。
「リベンジマッチじゃ」




