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41話 レレーナ・クルス

レレーナはフォックスを正面から見据える。

視線を1ミリも外すことなく、表情1つ変えることなく言った。


「エリオット・ミルズの左腕の記録には失敗したよ」


途端に、空気が変わった。


「それは……どういうことかな?」


平然を装ってはいるがフォックスの声が僅かに強張ったのを、レレーナは聞き逃さなかった。

失敗するとは夢にも思っていなかったようだ。


「戦闘中の彼の動きはまるで瞬間移動めいて、とてもじゃないが私では追えない。だからできなかった」


レレーナはそれっきり口を閉ざす。

反抗的ともとれる態度であった。

フォックスは兜の顎部を撫でながら、


「……しかし、おかしいとは思いませんか? 貴女はここに来るまで彼らと行動を共にしていた。ホログラム魔法で記録するタイミングは無いはずがない」

「私に課せられた任務はエリオット・ミルズを護衛にすること。彼の戦闘中における左腕のデータを収集すること。この2つだ。普段の彼の腕をどうこうなど、私の任務ではない。違うかな?」


フォックスは何も言わない。ただ無言でレレーナの目を見る。

その瞳の奥にある彼女の考えを、読み取ろうとでもするかのように。


「フォックス殿、少し尋ねてもいいかな?」


今度は逆にレレーナが口火を切った。

フォックスは未だ無言ながら続きを促す。


「なぜ……左腕にこだわる? たしかに彼の左腕は違法改造丸出しの武器腕だが、クロムウェルが血眼になって情報収集するほどでもないのでは? 所詮、個人の生体改造(フュージョン)だぞ」

「組合の意向だ」

「言えないというわけか。とても残念だね」


レレーナは芝居がかった仕草で肩をすくめてみせた。

しかしフォックスに向ける目つきは、彼を睨みつけているかのよう。


「では、もう1つ訊いてもいいかな?」

「構わん。やれ」

「どうして組合兵は皆、完全武装をしているのだ? まるで一戦交えようと――」


レレーナの言葉が途切れた。

驚きに目を見開き、ゆっくりと視線を下へと向ける。



矢が腹部に突き刺さっていた。



焼けつくような痛みが走り、レレーナは膝を付いた。


「なぜ?」


じわじわと赤い染みが広がっていく。

組合兵たちがクロスボウの照準をレレーナへと向けた。


「どうしてだと思う?」


無機質なフォックスの兜が、悪魔めいた笑みを浮かべたようにレレーナは錯覚した。


「優秀過ぎるスパイというのは厄介でね。一度裏切った人間は再び裏切る。たとえ優秀でも始末するのがあと腐れないからな。おっと、人ではなくエルフだったね」


「クソ野郎がッ!」


レレーナが吐き捨てると同時に、極彩色の蝶々が大量に羽ばたいた。





沈みゆく太陽の光で、礼拝堂のステンドグラスはまるで燃え上がるように輝いていた。

無機質なはずの天使は血が通っているかのように、花はたった今開花したかのように。

花弁1つ1つに施された細やかな細工には、エリオットもアニタも感嘆の声すら忘れて見入っていた。


「あれだな、神聖さを感じる」


実にアニタらしくない感想だ。

エリオットは胡散臭そうにアニタを見ると、


「アニタが言うと台無しだ」

「てめぇ、喧嘩売ってんのか?」


双方本気でない事は明白だ。

すぐさま押し殺したような笑い声が漏れてくる。

十分堪能してからエリオットとアニタは教会を出た。


――出た途端に、エリオットは驚きで思わず立ち止まる。


アニタが背中にぶつかって「痛っ!」と抗議するが、耳に入ってこない。

視線が鋭くなるのが自分でもわかる。


「やぁエリオット君。早い再会だね」


レレーナが壁を背に座り込んでいた。

自身の血で真っ赤に染まって。

彼女の身体にはいくつもの矢が刺さり、切傷は1つ2つでは利かない。

ただでさえエルフは血色がよくないのに、顔色は真っ白で目も落ち窪んでいる。


「これは……」


その続きを言葉にすることはできなかった。


――出血がひどすぎる。


何が彼女の身に起こったのか、想像に難くない。

アニタも息を呑み、レレーナの惨状を見ることしかできずにいた。軽口めいた罵倒など出るはずもなく。

レレーナは笑ってみせた。


「失敗したよ。なんとか逃げ出せたけど……ね」

「……クロムウェルか?」

「エリオット君。組合はキミにご執心のようだ」


咳込むレレーナの口元を覆った手の隙間から、吐血したのが見えた。


「おい……」


とっさに伸ばしたエリオットの手をレレーナは掴んだ。

固い感触。

エリオットが手を広げると――蝶々の耳飾り。

澄んだブルーの視線が交わった。


「クロムウェルはキミたちを諦めていない。キツネは狡猾だ。早くこの街を出たまえ」





教会の入口から礼拝堂へ血が点々と、堂内の信徒席まで続いていた。

道中、信徒席や壁には彼女が身体を支えたと思しき赤い手形が残っている。

レレーナはステンドグラス正面に置かれた特等席に座っていた。

彼女の周りには弱々しい光ながら蛍光色の蝶々が舞う。

碌に開いてもいない目で、レレーナはそれでも見た。


そして、満足そうに微笑む。


「うん。とても美しい」


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