40話 いざラウロウサ―別れ
「では、私はこれでおさらばするよ」
ラウロウサ・シティに入って少ししてから、レレーナはそう言った。
エリオットとアニタは足を止めて振り返る。
メインストリートのど真ん中なので通行人が迷惑そうな顔をするが、エリオットの左腕を見れば顔を背けて早足で去って行く。
「教会までじゃなくていいのか?」
「おいおい。意地悪なことを言わないでくれたまえ」
レレーナは苦笑した。
さっきクロムウェルの人間であると暴露したばかりだというのに。
「依頼料はすでに支払っている。組合に戻ったら嬢に尋ねるといい」
「俺からパクった金は?」
「キミは本当にネチネチと。それでは女にモテないぞ」
「金の方が重要だ」
「そうかいそうかい。ちゃんと追加報酬と言う名目で渡しているから、安心したまえ」
「なら問題ない」
「……なぁ」
「あん?」
レレーナは深々と頭を下げた。
「キミたちには申し訳ないことをした。改めて謝罪する」
エリオットとアニタはちらっと視線を交えると、どちらからともなくため息をついた。
そして、2人とも笑った。
「ったく……エルフが人に頭なんか下げんな。調子が狂う」
「殴ったからもういいって、さっきアタシ言ったろ」
呆気にとられるレレーナを後目に、エリオットとアニタは踵を返した。
「じゃあな」
「あばよクソエルフ」
別れの言葉はとても短い。
エリオットとアニタは街の中心へと向かって歩いていく。
ひらひらと無造作に手を振りながら。
さすがのレレーナもエルフらしかぬ仕草でつい小さく吹き出した。
「まったく。口の悪い冒険者だ」
レレーナは2人の背中を眺める。
振り返る素振りもないが、所詮は冒険者と依頼人だ。
これくらい後腐れがない別れ方のほうがむしろいい。
あっという間に2人は人ごみに紛れ、どこかへ行ってしまった。
「ほんと……キミたちに悪いことはできないよ」
レレーナもまたエリオットたちとは別の方向へ歩き出す。
外套のポケットに手を突っ込み、首をすぼめて。
メインストリートから路地へと入れば途端に薄暗くなる。
レレーナは慣れた様子で背の高い建物の合間を縫っていく。
壁に貼られたポスターには『安さは力』『刺激の強い香草。違法ではない』『狐が化かす詐欺』などと威圧的な文体が主張してくる。
へたり込んだ小汚い市民を踏み越えれば、ほどなくしてやや開けた所に出た。
閑散としたストリートの両脇に、いくつか店が並んでいる。
そのうちの一軒に、レレーナは迷わず入って行った。
看板には『ヒノキの棒』と書かれていた。
カランコロン。
鐘が鳴る。
中に入ればヒノキの棒がずらりとショーケースの中に並び、客は誰もいない。
店員が1人、カウンターの中で書き物をしていた。
レレーナはずんずんと店内へと入って行く。その先には『関係者以外立ち入り禁止』の張り紙が貼られた扉。
彼女は我が物顔で扉を開けた。
店員はそれを見ても何も言わない。
扉が閉まる。
店内に誰もいなくなる。
店員は変わらず暇そうに書き物を続けていた。
扉の奥はバックヤードめいた狭い倉庫であった。
窓がないため昼間だというのに真っ暗だ。数歩先すら満足に見えない。
だがいくつもの気配が蠢いている。
「レレーナ・クルスです。橋での支援、感謝します」
レレーナは淡々と言った。
途端に壁の燭台全てに炎が灯る。
真っ先に視界に飛び込んできたのは壁に掛けられたタペストリーだ。
そこにはこれでもかというほど大きく紋章が――クロムウェル商業組合の紋章が描かれていた。
そして壁際に並ぶは、クロムウェル商業組合の組合兵たちだ。しかも完全武装である。
そう――ヒノキの棒屋というのは世を忍ぶ仮の姿。
ここはラウロウサ・シティに設けられたクロムウェル商業組合の拠点、それも世間的には公にしていない秘密施設である。
レレーナはもちろんクロムウェル商業組合の人間であり、産業スパイという立場ゆえこの手の施設には慣れていた。
――だが、なぜだ?
レレーナの後頭部がちりちりと違和感を覚える。
「構わんよ。パーシングの連中には一度痛い目を見せないといけないからな」
タペストリーの直下にあるテーブルには、他の組合兵とは異なる男が席についていた。
声を掛けられてようやくレレーナは男の存在に気が付いた。
その男は狐を模した兜を被っていた。
「君が――フォックスかい?」
「いかにも」
クロムウェル商業組合が有する精鋭部隊アニマルヘッズが1人、フォックスは手招きする。
テーブルの上には漆黒の三角盾が無造作に置かれていた。
「長期任務ご苦労だったな」
「いえ……」
レレーナは招かれるがまま部屋の中央へと進む。
「他組合に潜り込むなんて、我々にはとうてい不可能な行為。賞賛に値するよ。早速だが例のブツは?」
「これです」
レレーナは口の中で小さく詠唱した。
すると彼女の前方に淡い光が生まれた。
光はどんどん輪郭を濃くしていき、設計図めいたものを映し出す。
これはパーシング商業組合が建設中の砦の設計図。
紛れもなく重要機密情報である!
「さすがホログラム魔法の天才だな。まさかここまで再現性がある絵を映し出せるとは……」
フォックスは感嘆の声を漏らす。
魔法使いらしき組合兵がホログラム魔法の設計図に近寄ると、トレースを始める。
ホログラム魔法に限っては物をトレースするより、魔法をトレースするほうが容易いのだ。
三下の魔法使いでもコピーを作る程度ならお手の物だ。
トレース作業が続く中、フォックスは咳払いをすると、わざとらしく居住まいを正した。
彼にとっての本題を切り出すために。
「さてクルス。キミにはもう1つ重要な任務があったはず。エリオット・ミルズの左腕の再現データを入手すること。それはどうかな?」




