38話 いざラウロウサ―真打
「さすがエリオット君たちだ。野盗程度じゃ障害にもなりませんね。すごいです」
レレーナが呑気に拍手している。彼女の周りには消えかけの蝶々が待っていた。
鉤爪から血を滴らせながら、エリオットはつかつかと近づく。
そしてレレーナの腕を掴むと、ぐいとひっぱり強引に歩かせる。
「ちょっと、痛い!」
レレーナは抗議の声を上げるも、
「野盗だって? ふざけるな」
エリオットがぴしゃりと言い放つ。
レレーナは上目遣いにエリオットを見た。殺気立ち、目がやや充血している。
「あんただ。最初からあんたが狙いだったんだ」
冷たくフラットな声音にレレーナは背筋を震わせた。
「やけに多い襲撃。そして、その襲撃者たちはなぜか隙あらばあんたを狙おうとする。最後の野盗なんて野盗の格好をしていただけ。あんた何者だ?」
「ふむ。どうやら正直に言わなければ、ラウロウサへ着く前に私の旅は終わりそうだね」
レレーナの目前を細い火炎が迸った。
「うるせぇな。クソエルフが。燃やされたくなければさっさとゲロれよ」
アニタが小さな火球を手のひらで弄びながら言う。
脅しで言っているわけではなさそうだ。瞳孔が開いている。
事と場合によっては本気で殺すつもりである。
レレーナは観念したように両手を上げた。
「わかったわかった。話すさ。私だって命は惜しいからね。だからその物騒な火の玉を消したまえ」
「ああ? 話の内容によるっての」
「怖い怖い。私は――パーシング商業組合の広報課に勤めていると言っただろう?」
エリオットは頷いて返す。
「それは仮の姿。本当はクロムウェル商業組合の人間だよ。いわゆる産業スパイというやつだね」
どこかの商業組合から狙われているのだろうとは思っていた。
それはただレレーナが特別な技術だとか魔法だとか、そういう特別なものを持っているから狙われるのだろうと。
だが違った。
より質が悪い。
これでは自分たちは産業スパイの片棒を担いでいるのと同じではないか。
しかも、よりにもよってクロムウェルのスパイとは。
「ホログラム魔法というのは便利でね。ホログラム魔法を使えば新製品データや機密情報なんかを視覚的にコピーできる。精霊魔法じゃ真似できないし、そこらの木っ端エルフにも無理。わたしだからこそできるのだよ」
「木っ端エルフがごちゃごちゃと。要するに、アタシらが倒した今までの輩は、パーシング商業組合からの刺客ってことか?」
「そういうこと。最初のゴロツキはたぶん金で雇われただけ。途中のモンスターも魔物使いでも雇ったのかな? あ、でも最後の野盗はパーシングの組合兵だね。触手に見覚えがある」
「ファックオフ!」
アニタが嫌悪感を滲ませながら吐き捨てる。
「止めてくれたまえ。これでも立派なお仕事なんだよ」
「うるせぇ。クソエルフ」
レレーナは話にならないと言わんばかりに、ため息をつく。
「私の本当の目的は、ラウロウサで待機しているクロムウェルの人間に情報を持って帰る事。とっても重要な情報を。それこそパーシングが全力で私を殺しに来るような」
――大方パーシング商業組合の新製品の情報か何かだろう。
そんなものの為に巻き込まれるこちらの身にもなってほしい。
エリオットの表情はますます険しいものとなる。
「なぜ騙した? 重大な違反行為だぞ」
「人聞きが悪いなぁ。私は騙してなんかいない。黙っていただけだよ」
「それは理由にならない」
「で、どうする? 私を殺すかい? クロムウェルが黙っていないぞ」
「あいにく。俺はもうクロムウェルと一戦交えていてね」
「なるほど。ならキミたちの好きにするといい。契約違反で私を置いていくのも結構。パーシングは護衛の首まで取ろうとはしな――」
言葉途中でアニタがレレーナをぶん殴った。
腰が入った奇麗な右ストレート。
エリオットはあんぐりと口を開けて呆然とする。
レレーナは赤くなった頬を押さえながらへたり込む。
突然の出来事に理解が追い付かない。
「よし! すっきりした!」
アニタはというと、周りを置いてきぼりで実に清々しい表情だ。
「殴ったからこれでお終いだ」
エリオットとレレーナは互いに顔を見合わせた。
話はまだ終わっていないと双方の顔に書いてある。
だがアニタはそんなことお構いなし、レレーナの鼻先に指を突き付けた。
「おい、クソエルフ。てめぇのことは気に食わねぇけど、アタシらだってプロだ。依頼人が多少の嘘を付くことなんざ織り込み済みよ。それでもな、アタシはてめぇを目的地に届けてやる。暗黒巨大商業組合が来ても、プロの冒険者の矜持ってやつでな」
アニタは早口でまくし立てる。おかげでレレーナが言葉を挟む余地もない。
「だから、てめぇを置いていくなんて選択肢は無しだ。そんで届けた後は知らねぇし、違約金も払ってもらう。いいな?」
レレーナはこくりと頷いた。
「エリオットもいいな?」
元より反論する気などエリオットにはない。
「なら決まりだ。ほら、いつまで寝てんだよ。さっさと起きろ。お前ら気付いてないかもだけど、来たぞ。パーシングのお代わりが来たぞ!」
額に汗を滲ませながら、しかし獰猛な笑みを浮かべるアニタが指を差す。
弾かれたように振り返り、エリオットは目を凝らす。
遠い地平線の先、小さな土煙が上がるのが見えた。
それはあっという間に大きくなり――こちらへと近づいて来る!
「騎兵がやって来たぞ!」
野盗――パーシング商業組合の先兵を倒したことに気が付いたのだろう。
数十騎からなる騎兵がエリオットたちへと迫りつつある。
パーシング商業組合の組合兵が本気で殺しに来たのだ!




