37話 いざラウロウサ―迎撃
レレーナの顔から血の気が引いた。
地面に突き刺さった矢を凝視しながら何かを言おうと、口を開け――
さらに風切り音!
「火炎鞭」
すかさずアニタが右手を振るった。
右の手のひらから生まれたのは炎だ。
収束した火炎がまるで鞭めいてしなり、飛来する矢を全て叩き落として燃やす。
「ファックオフ! こんなところで野盗が襲って来るかフツー!」
アニタは悪態をつくと次の射撃に備え、呪文詠唱に入った。
アニタの言うことはもっともだ。
こんな都市に近い場所で野盗が仕事なんてしてみろ、すぐさま衛兵がすっ飛んでくる。
ただの野盗なら。
『ぬしよ! 街道の左右から来るぞ!』
頭上から切羽詰まったようにタマが言う。
「人数は!?」
『4、4の弓兵じゃ!』
同時に矢が放たれた音がした!
再びアニタが叩き落す。
炎と灰が降り注ぐ中、エリオットは左腕でレレーナを庇いながら立ち上がる。
矢が当たらないよう伏せるのがベターだと、普通は思うだろう。
しかし、エリオットたちがいるのは街道のど真ん中なので、付近に身を隠すような場所はない。
つまり強行突破するしかない!
「統率が取れている! こいつら野盗の恰好をしてるけど、野盗じゃないぞ!」
ようやく野盗たちの姿が見えた。
タマが言う通り弓兵と、他に抜身の剣を持った男が1人。
グレートヘルムを被った、おそらくこの一団の頭目だ。
「金目の物か女を置いていけ!」
「断る!」
「では死ねェい!」
頭目の命令と同時に弓兵たちが矢を放とうとした瞬間、彼らの目前に突然極彩色の蝶々がまとわりつく。
「誰が射させるか!」
レレーナのホログラム魔法だ!
弓兵たちは大量の蝶々に視界が埋め尽くされ、狙いが定まらない。
手を払っても実体がないホログラム魔法なので意味がない。
ゆえに無防備に棒立ち状態となる!
その隙を突いて、アニタが論理詠唱で火炎球を放った。
立て続けに2発放ち、爆音が二重に轟いた。
吹き飛ばされる弓兵。
街道の左右にまるで地獄の門めいて業火が立ち上る。
「ははっ! エルフのくせにやるじゃん!」
さっきまでのいがみ合いが嘘のように、アニタはご機嫌に笑う。
憂さ晴らしも兼ねていたのかもしれない。
視界が爆炎で真っ赤に染まる中、火の粉を断ち割って黒い影が飛び出してきた。
「よくも部下を!」
頭目が剣を構えて突っ込んできたのだ。
「聞きたいことがあるッ!」
エリオットは地面を蹴った。
黒い稲妻めいた速度で頭目へと肉薄する。
「速いな」
頭目はエリオットの動きを警戒したのか、急制動をかける。
剣を左手に持ち替えると、開いた右腕を大きくしならせた。
「テンタクルネット!」
頭目の右腕が解れた。
初め、エリオットにはそう見えた。
だが、違う。
頭目の右腕が4つに分かれ、蔓めいた触手となって目にも止まらぬ速さで伸びる!
なんとおぞましい光景であろうか。
絡み合った触手が右腕に擬態していたのだ!
襲い掛かる触手を躱そうにも、ニューロン加速はまだ使えない。
あっという間に触手はエリオットの左腕に絡みつき、捕えて離さない!
「異常生体融合愛好家の重改造人間か!?」
エリオットは驚きを隠せない。
自分の腕を触手に換装するなど正気の沙汰ではない。
だが、たまにいるのだ。
異常生体融合愛好家と呼ばれる、人としての姿や一般生活よりも戦闘能力ないし趣味嗜好を優先するような輩が。
この頭目もその部類であろう。
「腕を触手にするなんて趣味の悪い奴め……」
エリオットは力任せに引き離そうと左腕に力を込めるが、ビクともしない。
4本の触手が縛り上げる力は凄まじく、エリオットの未改造の右腕ならば粉砕骨折間違いなしだ。
額に汗が浮かんだ。
頭目がグレートヘルム越しに下卑た笑いを上げる。
「おっと。えらく御大層な左腕を持っていやがるが、俺のテンタクルネットを引き剝がせると思うなよ。全身筋肉の触手が4本! つまり単純計算で貴様の4倍のパワーだ!」
頭目は剣を捨てた。そして背中から引き抜いたのは、小ぶりなクロスボウ!
そもそも剣自体がブラフなのである。
触手で動きを止めてクロスボウを撃って相手を殺す。
なんと卑怯な戦法か。
「死ねェ!」
「断る」
エリオットは右腕を一閃。
触手が4本、すべて容易く切断された!
「俺の腕がああああああッ!」
頭目は絶叫。
切り落とされた触手は、体液を撒き散らしながらびちびちとその場で跳ねる。
「動きを止めたからって油断しすぎだろ」
エリオットの右手にはショートソード!
全身筋肉の触手とはいえ、所詮は触手だ。刃物の前には無力である。
左腕を押さえ込んだとはいえ、サブウェポンの存在を考慮しなかった頭目の迂闊さが招いたイージーミスだ!
そして戦場では僅かなミスが命取りとなる。
「クソがあああああッ! 触手の恐ろしさを思い知れッ!」
頭目の左腕が解れ、またもや触手となってエリオットに襲い掛かる。
しかし、2度も同じ手には引っかからない。
ましてや正面から伸びる触手などいかほどのものか。
エリオットは鉤爪とショートソードを振るい、触手を細切れに切り刻む!
「馬鹿なあああッ!」
そしてエリオットは旋風めいた速さで距離を詰め、すれ違いざまに鉤爪が頭目の頭を刎ね飛ばした。
吹き出る血飛沫と共に頭目が崩れ落ちた。
遠くで弓兵たちが火炎球で消し炭にされたのは、ほぼ同じタイミングであった。




