36話 いざ、ラウロウサ―襲撃
ラウロウサ・シティまであと一息といったところであった。
「GRRRRRRRR!」
空気を震わすほどの咆哮!
猛烈な敵意と共に、茂みの奥から巨大な影が2つ飛び出してきた。
1つは銀影。黒みがかった銀毛の巨大な虎めいたモンスター!
その名をケーニッヒスティーガー。
もう1つは金影。赤みがかった金毛の巨大な虎めいたモンスター!
その名をヤークトパンター。
2頭が向ける鋭利な爪と牙が、太陽の光に反射してまるで刃物めいて輝く。
2頭は偶然にもその場に居合わせた旅人たち――エリオットへと踊りかかった。
「両方ともここらへんのモンスターじゃねぇだろ!」
ニューロンが加速する。
鈍化した時間の流れの中、エリオットは地面を蹴った。
常人を越えた改造人間ならではの速度。
電光石火の勢いで距離を詰めると左腕を振るう。
鈍らでは傷一つつかないような分厚く立派な毛皮を、いともあっさり斬り裂いた。
時間の流れが元へ戻ると同時に、2頭のモンスターの首が空高く跳ねる。
間欠泉めいた血飛沫を上げながら、どうっと横倒しになった。
「はい、よゆー。アタシが魔法を使うまでもなくよゆー」
突然出てきたモンスターに一番びっくりしていたアニタが、死骸に向けてべぇと舌を出す。
驚かされたことをちょっとだけ根に持っているようだ。
レレーナは芝居がかった仕草でため息をつくと、
「また襲撃とは……旅と言うのは本当に危険なものですね」
――んなわけあるか!
エリオットは喉元まで上がってきた言葉を寸前で飲み込んだ。
まだ指摘するには材料が足りない。
レレーナは未だ血を流し続けるモンスターの死骸の前にしゃがみ込むと、
「一昨日は野盗、昨日は無頼漢。そして今日はゴブリン、アリクイそしてこのデカい獣ね。あまりにも多すぎではないかな? どう思うエリオット君」
「まぁたしかに。よほどあんたは持っていないようだな」
「わぁ。依頼人のせいにするとはとんだ護衛だ」
口元に手を当て、レレーナはオーバーに驚いてみせる。
「私は少し違う風に思うんだ。運がないのではない。エルフである私があまりにも美しすぎるから、トラブルがやって来るのではないだろうか? そう、まるで篝火に集る蟲どものように。さならが宝石に集うシーフのように」
「本気でそう思っていたら病気だぜ」
アニタは呆れたように言う。
すぐさまレレーナは鋭い視線を向けた。
「だまりたまえ。小娘」
「小娘ぇ!? オーケーオーケー。後期高齢者のエルフをわからせるときが来たみたいね」
「な!? 貴様! 人が気にしていることを!」
――気にしていたんかい。
突如としていがみ合いだした2人に、エリオットはため息をつく。
残る行程もあと少し、というかもう1刻もかからないようなところまで来ているというのに、どうしてこうも喧嘩腰なのか。
「小競り合いはそれくらいにしてくれ。うるさくしていると他の面倒なのに絡まれるぞ」
ただでさえラウロウサ・シティ周辺では、あまり見かけないようなモンスターに襲われたのだ。
このまま何事もなく目的地に着くとは到底思えない。
むしろ――仕掛けてくるはずだ。
エリオットたちが行く街道は、厳密にはラウロウサまで続いているわけではない。
ラウロウサの手前に、そこそこの幅の川があるからだ。
橋を渡らないと街へは行けず、もちろん橋には衛兵が駐留している。
だから実際のところ、川さえ渡ってしまえば、ラウロウサに到着したといったと言って過言ではない。
その川を越えて、市を敵にしてまで襲撃してくる愚か者はいまい。
レレーナは腕を組んで不服そうに言う。
「小競り合いとは心外だね。そもそも私はあくまで冗談で言ったのだよ」
「おうおう。エルフは冗談を言うのも下手くそだなぁ」とアニタ。
視線がバチバチとぶつかり合う。
無責任とは言うなかれ。
エリオットは触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに、無言で天を仰いだ。
こちらを見てクスクスと笑うタマが目に入る。
あいかわらずいい性格しているな、と口の中でつぶやいた。
そんなタマが前方を指差した。
何かと思って指の先を追ってみれば、幾人の旅人によって踏み固められた土の道が途切れていた。
「お、見えたぞ」
まだまだ遠いが、ようやく川に架けられた橋が見えたのだ。
あの橋を越えれば目的地のラウロウサ・シティ。
旅の終わりが近づいてきた。
そして。
背筋に走ったのは一条の冷気にも似た――殺気であった。
考えるよりも先に身体が動いた。
エリオットはレレーナに覆いかぶさるようにして倒れ込む。
突然のことにレレーナは目を丸くし、しかし暴れるような素振りはない。
まんざらでもない様子で、
「ほぅ。見た目に寄らず意外と強引なん――」
軽口も、そこから先は言葉にならなかった。
レレーナの鼻先数十センチメートルのところに矢が突き刺さっていた。
それを見にした途端、彼女の顔から血の気が引いた。




