35話 独白
夜の街道は静かだ。
聞こえてくるのは虫の音や草木が風で揺れる音。
時折、獣のものらしき吐息が聞こえてくるが、近寄っては来ない。
周囲を赤々と照らす焚火を恐れてのことだろうか。
エリオットは小枝を2つに折ると焚火へと放り込む。
太陽が沈んでからずいぶん経った。
起きているのはエリオットだけで、アニタとレレーナは毛布にくるまって眠っている。
昼間の大立ち回りが嘘のようだ。
アニタと夜の見張りを交代するまで、数時間ほど1人の時間が続く。
「やっぱりおかしいよな……」
揺らめく炎を眺めながらエリオットは独り言ちた。
思い出すのはメイエンを撃退した後のアニタとの会話だ。
「逆恨みからアニタへの報復というのは理解した。でもどうして今このタイミングだ?」
「んあ、どういうこと?」
アニタはピンと来ていない様子だ。
「どうしてコルセア・シティじゃないんだ?」
アニタはコルセア・シティを拠点としている。
元パーティーならそれを知らないわけがない。
コルセア・シティではなく、出先の小さな町で襲撃をかける必然性が、エリオットにはわからなかった。
「さぁ? たまたまアタシらを見つけたからじゃない?」
魔法爆弾なんてヤバい魔法道具を用意してか?
エリオットはにわかに信じられなかった。
それにメイエンが煙幕越しに放った矢についてだ。
矢の軌道から自分を狙ったものじゃない。
隠し機械弓も昨日今日で仕込まれたものではなく、メイエンがへぼという線は無い。
つまり――
『眠れないのかや?』
夜の闇に波紋が生じたかと思えば、タマが隣に座っていた。
しなだれかかるようにエリオットの肩に頭を乗せている。
「夜警だから眠るわけにもいかないだろ……まぁ最近不眠なのは否定しないけど」
『眠りが怖いのかや?』
「何を……!」
エリオットはタマの黒い頭を睨みつける。
『余とぬしは一心同体じゃ。誤魔化しなぞ通用せんぞ』
エリオットのみにしか聞こえないタマの含み笑いが、やけに大きく聞こえる。
――いちいち気にするまい。
エリオットは塩漬けの生姜を取り出して噛む。
「この依頼、妙なところがある」
行儀が悪いとは思いつつ、エリオットは言った。
『妙、とな?』
「あのメイエンとかいう襲撃者の親玉が最後に放った矢。あれは俺じゃなくレレーナを狙っていた」
タマはとっさにレレーナに視線を向ける。
彼女の胸は寝息に合わせて規則正しく上下している。
『なぜじゃ? なぜこの小娘を狙う?』
異界の剣からすればエルフも小娘扱いらしい。
「わからない。だけど、そもそもあの襲撃者たちは、なぜアニタがあの町にいたことを知っていたのだろうか」
『言われてみれば。まるでぬしらを待ち伏せしていたようじゃな』
「そう。そして待ち伏せするならコルセア・シティでも街道でも十分だ」
ふむ、と唸りタマは押し黙る。
エリオットもそこまで考えて、そこから先の解がわからずにいる。
旅の護衛とは一口に言っても、襲撃があること前提ならばいくらでも対処のしようはある。
もっと安全な旅も選択できるというのに。
黙っていて利になることなど、レレーナには無いと思うのだが。
「それはキミが気にするべきことなのかな?」
エリオットは弾かれたように振り返った。
木にもたれ掛かるようにしてスコットが佇んでいた。
エリオットは背筋を震わせた。
滴り落ちる血が足元に溜まり、広がっていく。
エリオットは目を見開けたまま、ただ言葉にもならない声を漏らし続けることしかできない。
「それは、キミが気にするべきことなのかな?」
スコットがもう一度言う。
「そ、それは……」
『――ぬしよ』
「ああ……ッ」
エリオットは我に返った。
タマの顔が余りにも近く、視界一面を埋め尽くしている。
心配するようなされど怒っているような、そんな顔だ。
エリオットはタマを押しのけるが、木々の合間は闇が広がるだけで誰もいない。
もちろんスコットがいるわけない。
「死んだからな……」
つぶやきは羽虫の羽音よりも細く小さい。
いつの間にか、生姜が地面に落ちていた。
『ぬしよ。顔色が悪いぞ』
エリオットは生姜を拾い上げると、土を払い落として再び噛む。
「寝不足かもな」
最近、夜になると同じような幻覚を見る。
暗闇の中に彼がいるのだ。
エリオットはそのことを誰にも言ってはいないが、精神的にかなりキているのかもしれない。
『気をたしかに持つがよい。さもなくば余がその身体をもらい受けるぞ』
「それは勘弁してほしい。どこまで……話したっけ?」
『あのエルフ娘が狙われているかもしれない、そういう話しじゃ』
「ああ。まだ可能性だ。確証はない。だけど、限りなく黒に近い」
『何かしら黙っておるのかもしれぬな』
「自分を危険に晒してまでいったい何を……」
エリオットは急に黙った。
レレーナがもぞもぞと動いたのだ。
沈黙が数秒流れた。
パチパチと焚き木が爆ぜる音が響く。
再び寝息が聞こえてきた。
『気を付けよ、ぬしよ。こういう手合いが最も厄介じゃ。理由がわかるまで、後ろから刺されんように気を抜くでないぞ』
エリオットは静かに寝息をたてるレレーナを凝視しながら頷く。
「ああ。善処する」




