34話 2人の会話
エリオットは切っ先を掴むと強引に軌道をずらした。
そして踏み込み、右パンチを繰り出す。
メイエンは顔を背けて躱すと、手首を返して再び斬りかかる!
火花が散った。
エリオットは鉤爪で受け流すと、思いっきり蹴り上げる。
風切り音!
メイエンの頬当が血飛沫と共に弾け飛んだ。
「くっ……やるな……!」
メイエンは悔しげに舌打ちをすると地面を蹴って距離をとる。
下がりながら懐から何かを取り出した。
エリオットは目を凝らす。
円筒型をした握りこぶしほどの――魔法爆弾!
「バカかッ!」
「勝てばいいんだよ、勝てばな!」
エリオットはとっさに後ろへと跳びながら、両腕をクロスしてガードする。
メイエンはそれを地面へ叩きつけた。
瞬間、乾いた破裂音とともに白煙が大量に噴き出る。
魔法爆弾ではない!
「しまった――煙幕か!?」
エリオットが叫んだ頃には、視界は全て白い煙に覆われていた。
メイエンの姿は全く見えない。
その時、風切り音がエリオットの耳に届いた。
音からして自分に向けてではない。しかし、背筋を悪寒が走った。
エリオットは反射的左腕を伸ばすと、飛来物を掴んで止める。
「矢?」
手の中で折れた矢を見て、エリオットが眉根を寄せた。
自分を倒すためのものではないとしたら、これはいったい……。
「風よ!」
アニタがすでに唱えておいた突風の魔法で、白煙を吹き飛ばす。
一瞬にして視界がクリアになる。
そこには、右腕に仕込んだ機械弓を向けるメイエンの無防備な姿があった。
アニタが肉食獣めいた獰猛な笑みを浮かべた。
「あんたはさ、都合が悪くなるとすぐ煙幕で逃げようとするよな? アタシに通用すると思ってるの?」
メイエンが何かを言葉を発するよりも、アニタが魔法を放つ方が早かった。
「影塵刃」
左手から論理詠唱で放たれた影の刃が、メイエンの首を切り落とした。
頭部を失ったメイエンは膝から崩れ落ちる。
切り口からは血は一滴も流れず、黒い塵がはらはらとこぼれる。
振り返れば、先ほどの町がとても小さく見える。
「ここまで来ればもう追手は来ないな……」
エリオットはしたたり落ちる汗をぬぐい、悪党めいたセリフを漏らす。
街道から少し脇に逸れた木陰で、3人は荒い息をついていた。
襲撃された側とはいえ、人死にも出したし、さすがに街中で暴れすぎた。
衛兵に事情聴取などされようものなら、レレーナの休暇を全て使い切ってしまう恐れがある。
特に都市部と違って田舎の小さな町なら、エルフに偏見があってもおかしくない。
したがって、エリオットたちは仕方なくダッシュで街を離れたのだ。
そう、あくまで仕方がなく。
レレーナはその場で腰を下ろし、大きくため息をついた。
「キミたちに護衛を頼んだのは間違いとは思わないよ。だが、ちょっと趣旨が外れていないかい? これ以上面倒な事にはならないだろうね?」
明言はしないが、視線はアニタに向けられている。
だが、返事はいつまでたっても返ってこない。
アニタは明後日の方向を向き、火が付いた魔力回復用の葉巻を咥えて突っ立っている。
視線はどこか遠くに向けられ、心ここにあらずといった感じだ。
レレーナの声などまるで届いていないといった様子である。
再びため息をつくレレーナ。
座り込んだばかりだというのに立ち上がると、エリオットの肩を叩いた。
それはまるで死刑囚に自分の番を知らせるかのよう。
あからさまな作り笑いもエルフならば様になる。
「私は少し向こうに行っておくよ。その間にちゃんと話しあってくれたまえ」
今度はエリオットに向けてそう言うと、さっさと離れていく。
このエルフは一体どうしろというのだろうか。
エリオットは後ろ頭を掻いた後、ため息をついた。
いや、言わずともわかる。
「なぁ」
エリオットは声を掛けるがアニタは無言だ。
だが、髪の隙間から耳がぴくりと動いたのが見えた。
「返事くらいしろよ」
「やだ。だって絶対怒るもん」
アニタらしからぬ小娘めいた返事に、エリオットはつい苦笑する。
「別に怒らないよ」
自分でも「らしくないな」とは思いつつ、優しく返す。
するとアニタが葉巻片手におずおずと振り返り、上目遣いで一瞥する。
「ったく……このバカはなんでそんな過去の話が気になるかねぇ」
態度と言葉が一致していない。
「その過去の話で人死にが出てるからかな?」
「ああ言えばこう言うやつだ」
終いには言うことを欠いてそんな台詞を吐く始末ときたものだ。
エリオットは「すいませんね」と苦笑しながら言っておく。
アニタは顔を伏せると、
「バレちまったけど、さっきのやつ……メイエンは元パーティーメンバーでね。その時のパーティーは半分死んじまってるけど、たぶんそのことで逆恨みしてたっぽい。だから徒党を組んで襲ってきたと思う」
一旦言葉を切ると、顔を上げた。
彼女の表情を見て、エリオットは何も言えなかった。
「アタシがパーティーに参加するとみんな死んじゃうんだ。アタシ、何もミスしてないのに。前のパーティーも壊滅した。前の前のパーティーは全滅した。前の前の前の……スコットも死んだ」
アニタは葉巻を落とし、踏んで火を消した。
独特の鼻にまとわりつくような甘い匂いが微かに漂う。
「おかげでパーティーを組む相手もいなくなってさ。参加したパーティーを消し炭状態にしてしまうから放火魔、なんて言われたりして」
そしてアニタは口を閉ざした。
話はもうお終いと視線が語る。
だが、エリオットは痛々しいほどに自嘲するアニタの肩へ手を置いた。
「らしくないな」
「ああん?」
「いいか。パーティーメンバーが死んだのはそいつがへぼだから。スコットが死んだのは俺がへぼだから。どれもアニタのせいじゃない」
「てめぇ、慰めのつもりか?」
「かもね」
「じゃあ返すけど、アンタが死んだら?」
『それはさせん』
空間に波紋が浮かび、十余の美しい少女が現れた。
真剣な表情でアニタのことを見据える。
『余が殺させん』
タマの声はアニタには届かない。
だが、奇しくもエリオットとタマが思っていることは同じである。
「安心しろ。お前を置いて、そう簡単にくたばってたまるかよ」
言葉にしたからには必ず守らなければならない。
アニタはしばらくポカンと口を開けていた。
ふと我に返ると、口元を手で隠して小さく咳払いをする。
たぶん吹き出すのを誤魔化しているのだろう。
「ありがと。安心した」
今度はこちらが吹き出すのを我慢する番だった。




