33話 恨みつらみ
顔を煤で汚した、小柄な女の魔法使いが佇んでいた。
エリオットは思わず天を仰いだ。
我ながら間の悪さにはうんざりしてしまう。
「おいおいおい。アタシが必死こいて狼藉者をぶっ飛ばしてたってのに、なんだか楽しそうじゃねえか? どういうことなんだ相棒?」
三白眼で睨まれると大変コワイ。
だが、ここで慌てては相手の思うつぼである。
エリオットはそんな愚を犯さない。
それにまだ刺客が隠れ潜んでいるかもしれないのだから。
「楽しくはない。それよりも、あいつらはどうしたんだ?」
「全員ぶっ飛ばした。生きてるかどうかは知らね。今頃、街の人らにリンチされてんじゃないかな?」
男たちを倒してから、休む間もなく走ってきたのだろう。
ようやくアニタは左腕から触媒が空になったカートリッジを引き抜いた。
町の外までもうすぐなので、おそらく炎魔法と思しき別の触媒へと交換する。
生体改造をあまり見たことがないのか、レレーナが物珍しそうにアニタの左腕を見ていた。
ふふんとアニタは得意げに鼻を鳴らす。
「さて、危機はひとまず去ったということで――あいつらはアニタの知り合いか?」
先ほどはぐらかされた話である。
「知らない。前に潰した野盗の残党か何かじゃない?」
アニタは素っ気なく言い放つ。
隠しているのかそれとも本当に心当たりがないのか。
いまいちエリオットには判断ができずにいた。
風が吹き下ろし、『またのお越しをお待ちしております』と光る魔法光看板に、砂嵐めいたノイズが走る。
ふむ、とワザとらしくレレーナが唸った。それからエリオットとアニタを交互に見た後、
「私は巻き込まれた感じかな?」
若干非難するかのように言った。
護衛費用の減額なんて言われるとマズい。
エリオットはすぐさま言い返そうとし――しかし、口を噤んだ。
どうやら、お喋りしている暇はなさそうだ。
「ようやく見つけたぞ放火魔」
投げ掛けられた声には明確な敵意が込められている。
町をぐるりと囲む粗末な石壁、それに背を預けるようにして金属鎧を着た戦士が佇んでいた。
浅黒い肌をしたガタイの良い戦士で、大きな剣を背負っている。
纏う雰囲気から場数を踏んでいることがわかる。
「今日は本当に人気者だな」
「あーはいはい。人気者はツライね」
めんどくさそうにアニタは返し、
「ったく、アタシに何か用か?」
男はアニタを見据える。
「俺はメイエン、放火魔め。俺たちの顔を忘れたとは言わせんぞ」
「忘れたよ」
メイエンと名乗った戦士の顔が怒気で真っ赤に染まる。
「ふざけやがって……貴様のせいで。貴様をパーティーに入れたせいでリーダー……叔父貴が死んだんだぞ!」
メイエンが背中の得物を抜いた。
幅広の両刃の剣で、血のように真っ赤な刃がギラギラと光っている。
魔剣の類であろう。しかもまともな魔法ではなく、ダンジョン産に違いない。
アニタがニイと口角を上げれば犬歯が覗く。
「そもそも誰とパーティーを組んで、そのうち誰が死んで誰が生き残ってとか、いちいち覚えてられないっての。だからあんたの言う人が誰かも知らないし、知りたくもない」
「貴様……!」
「ほらほら、自己紹介してくれてもいいんだよ」
メイエンを煽りつつ、しかし腰のベルトからロッドを引き抜いた。
アニタが本気で魔法を放つときに使う、宝石がゴテゴテと付いた魔法の発動体だ。
町のはずれとはいえ、いったいどれだけの規模の魔法を使おうとしているのか。
レレーナは男を指差し、
「どちらにせよ、やはり私は巻き込まれたという認識でいいのかな?」
「ん。いいんじゃね」とアニタ。
形の良い唇の隙間から魔力の燐がちらちらと漏れ出ている。
メイエンは左腕をアニタへと向けた。
「結構。俺たちのことを忘れたというのなら――思い出させるまで!」
突如として浮かぶ幾何学模様の魔法陣!
論理詠唱だ!
「ああ!? 魔法剣士だったかよ!」
アニタが舌打ちするのと、メイエンが魔法の矢を放つのは同時であった。
そして、考えるより先に身体が動いた。
黒い稲妻めいた速さでエリオットが2人の間に割って入る。
放たれた魔法の矢は、左腕によって直撃前に霧散した。
そのまま地面を蹴ってダッシュをかける。
ニューロン加速は使えない。
正面から引き裂くまでだ。
エリオットは鉤爪を振り上げて躍りかかる。
エリオットの鉤爪とメイエンの魔剣が、火花を撒き散らしながらぶつかり合う。
「小僧、邪魔をするなッ!」
「相棒に怪我されちゃ困るんでね。こういうのは俺が身体を張らないと。あと――」
エリオットは僅かに身体を静めると足払いをかける。
「関係のない人を巻き込んで、無茶苦茶しすぎなんだよ。お前らは!」
金属鎧の戦士など転ばせてしまえばそれまでだ。
しかし、メイエンは金属鎧を着こんでいるにもかかわらず、身軽にジャンプして足払いを躱した。
両足に何らかの改造を施しているのは明らかである。
「大事の前には些細な事だ!」
メイエンは咆えた。
「仲間を殺された恨み、お前も冒険者ならわかるだろ!」
メイエンはエリオットの喉元を狙って突きを繰り出す。
「だから知らねーよ! 俺も、レレーナも、この町の人も! てめーらのよくわからん都合に巻き込むな!」




