31話 理由を聞かせてもらおう
「そういや、なんでラウロウサに行きたいんだ?」
カチャリ、と音を立ててフォークとナイフが皿の上に置かれた。
「それを聞いてどうするんだい?」
レレーナは真っすぐにエリオットを見る。
ほんのわずかだが口調が固い印象を受けた。
「食事中の他愛もない会話だよ」
葡萄酒に口を付けながらエリオットは言う。
別に話したくないなら構わないが、というスタンスで。
レレーナは喉の奥で小さく唸ると
「商業組合っていうのは基本的に激務でね。規模、人、流れる金の量。全てが重くのしかかって来て、おかげで仕事ばかりで息を抜く暇もなかった。つまるところ仕事をするために生きているって状況だったんだよ。まるでリビングデッドめいてね」
自嘲めいてそう言った。
勤め人という、エリオットやアニタたち冒険者の対極にいる者の言葉だ。
その端々から疲労感と虚無感の片鱗が窺える。
「たまには息抜きもかねてどこかへ行きたくなる。そして運よくまとまった休みが取れたんだ」
「で、ラウロウサ・シティに?」
エルフの笑みというのはここまで眩しいものだとは。
「うむ。そうだ」
「でもあんまりいいところないよ、あそこ」
アニタが横から余計なことを言う。
「教会がある」
レレーナは特に気にした様子もなく言った。
それに驚いたのはエリオットの方であった。
「あんた、エルフなのに神を信じているのか?」
エルフは森の民であるが故、信仰を持とうとしない。
信じるものは己と自然と精霊というところが、都市の人間からすればまさに異教徒だ。
もっとも、人も全員が全員信心深いというわけでもないのだが。
レレーナは苦笑いを浮かべた。
誰かがそう聞き返してくることは容易に想像できたらしい。
「違うよ。お祈りに行くわけではないさ」
澄んだブルーの瞳が輝いた。
「ステンドグラスを見に。教会の、美しいステンドグラス」
それは、柔らかくてうっとりするような声であった。
ラウロウサ・シティの教会には、大きな花を模したステンドグラスがある。
花弁1つ1つが異なる色で、差し込む光が幻想的な風景を生み出すらしい。
生憎エリオットは行ったことはなく、伝聞でしか知らない。
「私のホログラム魔法よりも、なお美しいもの。それを一目見たくてね」
まぶしい笑みだ。
「休暇だというのに結局仕事絡みなのが……私は俗にいう仕事中毒者なのだろうね」
ただ、少しばかり気恥ずかしそうにうつむいた。
「いいじゃん」
エリオットの一言に、レレーナは目を丸くした。
「え?」
「奇麗なものを見て心を癒す。そしてそれが仕事に繋がる。いい旅行だよ」
レレーナは目を細めて、再び笑顔を浮かべた。
「――そう言ってくれると助かるよ」
その時だった!
「うらぁ! 叔父貴の仇、死ねやあ。放火魔!」
雰囲気をぶち壊して、男が食堂の窓から怒鳴り声と共に何かを放り込んできた。
エリオットは見た。
握りこぶしほどの、ルーン文字がびっしりと書かれた魔道具を!
アニタとエリオットは荷物を掴むと、とっさに机を蹴倒して盾にする。
一拍遅れてレレーナがその裏へと飛び込んだ。
KABOOOOOM!!!
爆音とともに、食堂の窓という窓から閃光と炎が溢れ出した。
昼時の食堂内は一転、黒煙が充満し、至る所から呻き声が聞こえてくる地獄模様となった。
時折、小さな赤い炎が垣間見える。
「店ん中に魔法爆弾を放り込むバカがどこにいるんだ!」
耳鳴りに顔をしかめてエリオットは咆える。
机を盾にしたおかげか、多少服の裾が焦げただけでエリオットは無傷である。
ただ、もし中に金属片などの混ぜ物をされていれば危なかった。
「それはそうと。さて、お2人とも、この状況をどうする?」
荒事に慣れていないはずのレレーナが、意外にも涼しい顔をして訊く。
ただ、彼女は後生大事に皿を2枚両手に持っている。
生野菜サラダと鶏肉のソテー。
火事の時の枕めいて、動揺しているのは明らかだ。
「どうしたものか。でもあいつらは相棒、あんたをご所望だぞ」
「ん?気のせいじゃね?」
しれっというアニタの鼻の頭は煤で黒い。
「放火魔なんて二つ名、お前しかいないだろ?」
「さてなんのことやら」
「本当は?」
「んー? 心当たりなんていっぱい」
そうこうしているうちに、黒煙がだいぶ薄らいできた。
多少目に沁みるが、視界の確保は十分できる。
すると、食堂へと入って来るいくつもの靴音が聞こえてくる。
「やっこさん、中へと入ってきたぞ」
どうする? とエリオットは視線でアニタに尋ねた。
「もちろんぶっ殺す」
アニタの三白眼が戦意でギラギラと輝いている。
「オーケー。じゃあ俺はレレーナを外へ連れ出すから、囮はよろしく」
「オーケー」
「あと火は止めろよ」
「もち!」
アニタは左袖をまくると前腕部を展開した。
中には炎魔法の触媒が封入されたカートリッジが1本。
慣れた手つきでそれを抜いて、別のカートリッジを装填する。
ガシャコン!と無機質な音が響いた。
「おい待て! まだ生きてるぞ!」
襲撃者が身構え、
「勝手に殺すなクソ野郎が!」
アニタは机から上半身を出すと、先制魔法攻撃。
左手から青い衝撃波が放たれ、男を1人吹き飛ばす。
再び机の裏に潜り込むと、高笑いを上げた。
「おらぁ! かかってこい! 全員まとめてぶっ殺してやる!」




