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3話 地獄の番犬ケルベロス

深淵は要するに巨大な穴である。

異界と繋がる最も深き迷宮(ダンジョン)のなかでも、極めてデタラメなトンデモ空間だ。

光源は一切ないのに、辺りは薄暗い程度なのがそもそもおかしい。


「おかげで視界がゼロ、なんてことにならないで済んでるけどな……」


エリオットは嘆息した。

回復魔法による痛覚の鈍化のおかげで、状況確認ができる程度の余裕が生まれた。

エリオットは自分の状態を見た。

蟲モンスターの外骨格と融合させた左腕。

中ががらんどうになっており、回復魔法のカートリッジを搭載していた。

しかし、それも射抜かれたことで機能停止した。


「左腕の改造費もカートリッジも高かったのに」


嘆いても仕方がない。

次に右腕を見た。

隠し弓を内蔵した籠手は弾切れだ。

毒矢の残弾が入ったバックパックも、ずた袋(無限格納庫)も見当たらない。


「ありゃ、腰の剣もないや。流されたか」


つまり丸腰である。


「どうすっかな……」


呑気なことをつぶやきつつ後ろ頭を掻いた。

脳裏には「もうどうにでもなぁれ」などと好き勝手に囁く天使の声。

エリオットは脳内イメージで天使をぶん殴ると、『栄光の道』の死体を見た。


自分の装備がない?


ならば他人の装備をはぎ取ればいいじゃないか。


「さすがパーティーリーダー。死んだ方が役に立つ」


エリオットはしたり顔でトルーマンの死体に近寄ると、


「あ? こいつ、武器がないぞ。クソが」


首を傾げる。

よくよく見れば肉片は散らばっているが、武器の類は全くない。

まるで装備を剥ぎ取られてから、深淵に捨てられたかのようだ。


「そして、クロムウェル商業組合の死体は、ない」


エリオットの表情が曇る。


「まさか組合員が倒したのか? んなバカな。Aランクパーティー相手だぞ」


トルーマンの死体を足で蹴ってひっくり返す。

肩から腰へと斜めに剣撃の跡。


「おいおいおい。傷跡が1つしかないって……ほんとお前らに何があった――」


不意にエリオットの言葉が途切れた。

ようやく気が付いた。

ねっとりと絡みつくような重い空気が、周囲に満ちていることに。

エリオットの身体が強張る。


これは――


「殺気」


ゆっくりと、ゆっくりとエリオットは振り返った。


そして――見た。


暗闇の中、赤い光がぽつぽつと生まれた。

幽鬼めいて浮かぶ超常の赤光は、明滅しながらエリオットへと近寄って来る。

それが瞳の色だと気づいたときには、遅かった。

足音は1体分。

しかし、6つの目が『栄光の道』の死体、エリオットと順に向けられる。


エリオットは尻餅をついた。

恐怖にガチガチと歯が鳴る。

1つの胴から伸びる3つの首、そして6つの目がエリオットを捉えて離さない。


「ケルベロス……魔神の眷属のケルベロスだ……」


地獄の番犬、三首の大魔獣、飼い主超えなどと呼ばれる第6層最強のモンスター。


『GRRRRRRR!』


地獄の番犬に恥じぬ咆哮で、深淵がびりびりと震える。

エリオットは尻餅をついたまま後退りする。

世界は無慈悲である。

後退るよりも速く、ケルベロスが近づいて来る。


「おいおいおいおい! 死体でいいじゃん! 餌ならそこのクソ野郎の死体でいいじゃねえか!」


エリオットは声を裏返して叫ぶも、ケルベロスには届かない。

死体には目もくれず、ケルベロスは涎を垂らしながらエリオットへと一直線だ。


「嘘だろおい! 嘘だろ、おい!」


右手が、石とは違う何か固いものに触れた。

エリオットはとっさにそれを掴む。



手にしたのは漆黒の剣。



自分と一緒に深淵へ真っ逆さまに落ちて行った、切っ先から柄の先まで漆黒の剣。


「お、俺はやるぞ! 来るなら来い、犬っころ! お前なんか怖くねえやい!」


エリオットは尻餅をついたまま漆黒の剣を構える。

ケルベロスに向けた切っ先は震えていた。



その時だった。



――力が欲しいかや?



瞬間、視界がホワイトアウトした。

脳内になだれ込むイメージは純白と漆黒。

断末魔の悲鳴と爆音。

白い炎と黒い閃光が、世界を蹂躙する恐ろしいイメージ。


「これは……」


エリオットはつぶやく。

背筋を走る悪寒に、手の震えが止まらない。


『余の記憶じゃ』


声がした。


モノクロームの世界で、エリオットは声がした方を向く。


『余の持ち手が迎えた、最後の記憶じゃ』


手を伸ばせば届く距離に、1人の少女がいた。

黒い布を身体に巻き付けただけのような服装の少女。

眼孔は鋭く、エリオットとは正反対の艶やかな黒髪が印象的だ。


「あんたはいったい誰だ?」

『余の持ち手は滅びた』


エリオットの問いかけに構わず、話す黒い少女。


『しかし、余はまだここにいる』

「だからあんたは誰だと聞いている!」

『武器である余は、このまま埃を被って朽ちとうない』


切実な、悲鳴にも似た言葉であった。


『ぬしよ。余を使え』


少女が手を伸ばす。


『ぬしよ。余と1つになれ』


犬歯がちらりと垣間見えた。


『そして、共に窮地を脱しようではないか』


――危険な誘いだな。


エリオットは真っ先にそう思った。

人の姿をしてはいるが、超常の存在に他ならない。

そんなモノとの取引など、碌でもない結果になるのは明白だ。


しかし。


しかし、こんなところで死にたくない。

その思いだけは黒い少女と一緒であった。

元よりエリオットに選択の余地などなかった。


「ケルベロスに食い殺されるよりは多少はマシかもな……」


エリオットは一瞬ためらうも、黒い少女の手を取った。

左手から伝わる彼女の体温は冷たく、まるで金属を触っているかのよう。

黒い少女は両の口端を吊り上げた。


『契約成立じゃ……愚かな肉の子よ』


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