29話 護衛
柔らかい風が吹き抜ける。
鼻に届くのはコルセア・シティの中では決して嗅げない匂い。
土と緑と僅かな獣。
魔法光看板のギラギラとした光も、ホログラム魔法の幻想的な光も、街の外には存在しない。
葉が揺れ、自然の光が降り注ぐ。
コルセア・シティから続く街道を、3人組の男女が歩いていた。
「1つ訊きたいんだが」
無論、レレーナを護衛するエリオットたちである。
レレーナとエリオットは並んで歩き、その少し後ろをアニタが続く。
何もわずか数日で、レレーナとエリオットが親密な仲になったというわけではない。
魔法使いは後方から、シーフは至近距離で対応ができるように、という考えあっての事。
ゆえにアニタが始終仏頂面なのは、また別の問題に違いない。
「どうぞ。私に答えられることならばなんでも。年齢かな? それともスリーサイズかな?」
「あのとき、俺をノックダウンさせたのはどういう絡繰りだ?」
冗談も通じない、とレレーナはわざとらしく落胆してみせた。
それからくすくすと小さく笑うたびに、蝶々の耳飾りが揺れる。
やること全てがどこか芝居がかっているせいで、調子が狂って仕方がない。
「なんだそんなことか」
「精霊魔法か何かか?」
「これを言うとキミは必ず失礼なことを言うだろう。でも、この話をするためにはまず言わないといけない」
レレーナは一拍置いてから、
「私は精霊魔法が不得手だ」
「エルフなのにか?」
「ほら、ね」
失礼な事とは「エルフだから精霊魔法の使い手」というバイアスのことだったらしい。
たしかに必ず言うだろうな。
エリオットは妙に納得し、謝罪の言葉を述べる。
「構わないよ。言われ慣れてるからね。だからあの蝶は精霊魔法ではなく――ホログラム魔法さ」
映像の空間投影魔法。
コルセア・シティの市民なら真っ先に思い付くだろう。
夜空を泳ぐ光り輝く魚と帯状の広告を。
たしかに精霊魔法とは系統が違う魔法ではあるが。
「精霊魔法が不得手なエルフが、ホログラム魔法を使えるのか?」
「意外だろ? 自分でもそう思う。なんならホログラム魔法の方が得意なんだ」
レレーナは手のひらから蝶々を生み出した。
自然界では決して存在しない、蛍光色の輝く蝶々が羽ばたく。
「私はパーシング商業組合で働いている」
パーシング商業組合と聞いて、さすがのエリオットも驚いた。
れっきとした暗黒巨大商業組合の一画である。
しかもクロムウェル商業組合と組合間抗争を繰り広げている武闘派の組合だ。
「困るなぁ。誰もが組合兵と思われては。商業組合なのだから普通に働いている人だっているだろうに」
レレーナはエリオットの反応を見て苦笑した。
「簡単に言えばホログラム魔法で広告看板を作る仕事だ。な、普通だろ?」
「そうだな」
「私はどうも精霊と反りが合わないらしくてね。自分の記憶や想像を具現化できるホログラム魔法の方があっていた」
だが、エリオットが知る限り、ホログラム魔法はあくまで映像魔法にすぎない。
それを攻撃に転化できるなど聞いたことがない。
「応用だよ。何事も応用だよ。相手の視界をジャックして、ホログラム魔法を映すこともできる。あの夜、キミの視界を埋めたのはそれ。副次効果で平衡感覚を狂わして気絶させることもできるが……よっぽど魔法抵抗力が下がってないと無理だね」
そういえば自由界でしこたま飲んだ後だったか。
エリオットは記憶を辿り、納得する。
実際にくらったからこそわかる。
足止めや妨害という点においては、そのホログラム魔法の応用とやらは非常に有用だ。
「エルフらしくないだろう?」
「ああ」
「エルフらしくなくて、実に自分らしい特技さ。とても気に入っている」
蛍光色の蝶々が小さな光の粒となって霧散した。
「あんな芸当ができるくらいなら、俺が助けなくてもゴロツキくらい何とかできただろうな」
「無茶は言わないでくれたまえ。ホログラム魔法に殺傷能力はないんだよ」
殺傷能力はなくても俺は気絶して金まで盗られたんだが。
あえては言わないがエリオットはすぐにそう思った。
「それに私は身体改造をしていない。生身のエルフだ。ゴロツキがもし身体をいじっていたなら、なす術がないさ」
それはそうだろう。
人間以上のものと戦うために、人は人の尊厳を捨ててまで身体を異物と融合させる。
いかなドワーフやエルフといえども、そんな改造人間相手に正面から敵うわけがない。
ただ、街のチンピラやゴロツキ程度が、強力な四肢に換装していたり、論理詠唱ができるかと言えばまずあり得ない。
相手を恐れるのは構わないが、必要以上に恐れるのは如何なものか。
暴力の世界に身を置くエリオットとただの市民であるレレーナでは、埋められない考えの差だ。
「だから先日はとても感謝している。ありがとう」
「ああ」
エリオットは短く答えるにとどめて視線を反らした
芝居がかったものではない、自然な笑みを正面から見れなかった。
「おい――2人とも」
とても、とても、とてつもなくドスの利いた声だった。
地獄からの呼び声?
いや違う。
「自分たちの世界に入って、アタシのこと忘れてないか?」
アニタがジト目で見ていた。南無三。
彼女の纏う雰囲気、目線、声音、それらがいかに自分が不機嫌であるかを、ありありと伝えてくる。
「そんなことは、ない」
嘘ではない。
誓って嘘ではない。
もっともエリオットはそれほど信心深くないけれども。
「ほぅ。そうなんだ。ってことはつまり、あれにもちゃーんと気付いているってことだよな?んんっ?」
アニタが指差すのは街道の先。
申し訳程度に生え並んだ木々の影に隠れるようにして、こちらを伺う男たちがいた。
覆面を被り、長柄の武器を持ち、短距離用の走る鳥に騎乗している。
明らかに野盗である!




