28話 エルフがやって来た
「ひーひひひひひっ!」
冒険者組合に併設された煮売り屋『銅のつるぎ亭』で、大きな笑い声が響いた。
「つまり? 助けてあげようとしたら逆に金をパクられたっての?」
目の端に涙すら浮かべて、文字通り腹を抱えて笑っている。
「最高! マジで最高! やっぱ相棒は最高だな!」
テーブルの上の酒や料理に手を付けることも忘れ、アニタはずっと笑っている。
足をばたつかせたり、テーブルを叩いたりとお行儀悪く好き放題だ。
一方のエリオットはぶすっとした顔で酒に口を付けている。
「笑い事じゃないんだが」
「ごめんごめん。でも……ひひっ……笑うしかないだろ」
うかつだった。
エリオットは先日の夜の話を、ついアニタに話してしまったのだ。
おかげでずっとアニタは笑い、エリオットは笑われ続けている。
『すまんの。ぬしよ』
タマはしょんぼりとして申し訳なさそうにしているが、それを頭から信じてはいけない。
目を覚ましたエリオットをいの一番で笑い飛ばしたのは、タマなのだから。
肩が震えているのが何よりの証拠だ。
「ったく……コルセア・シティ、マジでふざけんな」
悪態をついて酒を呷る。
その様子が余計にツボにはまったのか、アニタはより一層笑う。
「ここはこのアニタ様が支払いをしてあげましょう。色目使って助けた女の子に金をパクられた哀れな相棒のために……ひひっ!」
「うっせぇ」
「マジ最高」
うだうだと2人で話していると、足音が近づいて来た。
アニタのニヤつく視線から逃れる様に顔を向けた。
「エリオットさーん、お仕事でーす」
いつもの受付嬢がちょっとだけ不機嫌そうにやってきた。
理由はわからないし、聞くつもりもない。
最近、アニタと組むようになってからずっとこんな感じだ。
「エリオットさん指名の依頼でーす」
「俺に? 指名?」
うなずき、受付嬢は横に避けた。
彼女の後ろにはもう1人、帽子を目深にかぶった女がいた。
「そう、貴方にお願いしたい」
ひょいと女が帽子を取った。
彼女は人間ではなかった。
エルフだ。
エルフ特有の長い耳には蝶々の耳飾り。
金細工のような金髪を後ろで1本にくくって垂らしている。
パンツスタイルのせいで四肢がすらりと長く見える。
いや、実際に長いのだろう。エルフとはそういう種族だ。
エリオットはコップを持ったまま、しばし呆けたようにエルフを見ていた。
エルフはにこりと笑うと手を振り、
「どうも。また会ったな」
澄んだブルーの視線が交わった。
「てめぇぇぇぇぇ!」
エリオットは椅子を蹴飛ばして立ち上がると、左手を振り上げながら詰め寄る。
が、これ以上前に進めない。
「はいストーップ」
アニタが魔法の杖を向けていた。
ロープめいた光が幾本も伸び、エリオットの左腕に絡みついている。
「ここは煮売り屋。喧嘩は外で。さらに言うなら依頼を聞いてから。相棒、冷静になれって。な?」
「わかったよ」
エリオットは頭を掻きむしり、不服そうに椅子へと戻った。
「いいコンビだね。羨ましい」
エルフは空いている椅子を引いて来て、エリオットたちの対面に座る。
受付嬢もギルド代表として適当な椅子へと座った。
「おい。方法はさておき、俺ごとなぜ気絶させた?」
「ははっ。ここはコルセア・シティだ。助けに来てくれた人が、ゴロツキとグルではない証拠はない。自分の力で危機を切り抜けようとするのは当然だろう?」
「俺の金を奪ってな」
「うむ。それはすまない。私も気が動転していてな。あとで返すよ」
どこか飄々としていてつかみどころがない。
エルフらしい傲慢さや気の強さも感じられない。
エリオットの知らないタイプのエルフだ。
「さて、依頼の話を進めていいかな?」
「ああ」
「改めて。私はレレーナ・クルス。クルスでもレレーナでも、どちらでも呼んでくれて構わない」
「おい泥棒」
「キミ、けっこう根に持つタイプなんだね」
レレーナは肩をすくめると、
「これが依頼書だ。内容は単純でキミたちには私の護衛を頼みたい。安全にラウロウサ・シティまで向かいたい」
レレーナは受付嬢から依頼書を受け取ると、それをそのままエリオットに差し出した。
エリオットは胡乱げに目を通す。
アニタも机に乗り出して覗き込む。
書かれている内容には特に変な箇所はない。
いたって普通の護衛依頼だ。
「ラウロウサ……片道4日くらいか。受けるのはいいんだが……なぜ俺を指名する?」
思い出すのは少し前、アサシンを確保する依頼の件だ。
あの依頼では、エリオットたちは依頼人の思惑によって、結局いいように使われていただけだった。
レレーナは足を組み、腕を組む。
「キミたち、けっこう名前が売れてるんだよ。知らないのかい?」
エリオットとアニタは互いに顔を見合わせる。
アニタは嬉しそうな表情を浮かべていた。
「それにキミは見ず知らずの私を助けようとしたじゃないか。報酬の話も無しに。それだけで冒険者としては信用に値するよ」
蝶々の耳飾りが揺れた。
「どうだい。私の依頼、受けてくれるかい?」
エリオットは黙して思案する。
依頼人は気に食わない。
しかし、依頼としては――美味しい部類か。
距離はそこまで遠くない。
盗賊やモンスターの襲撃もあまりないだろう。
金額も十分。
エリオットは大きなため息をついた。
「わかった。その依頼、受けるよ――」




