25話 アサシン―応戦
アサシンが石畳を蹴った。
エリオットは迎え撃たんと左手を握り――突っ込んでくるアサシンの姿が消えた。
『ぬしよ! 後ろじゃ!』
エリオットは左足を軸に回転し、裏拳を振るう。
金属同士がぶつかり合う音が響き、激しい火花が散った。
一瞬のうちにエリオットの背後へと回ったアサシンのサーベルを、エリオットの裏拳が止めたのである。
「雇われてるんだから、しゃしゃり出るに決まってるだろうが!」
エリオットの右拳がアサシンの胸を打った。
レザーアーマーにより打撃は吸収され、大したダメージは無い。しかし、僅かにバランスを崩すには十分。
エリオットは左腕を振り被った。
手形は貫手。
唸りを上げる槍めいた一撃に、アサシンは体を捻って――躱しきれずにレザーアーマーが補強した金属板ごと裂けた。
「仕留めきれなかった!」
『落ち着くのじゃ! ぬしよ、サーベルが来んす。冷静に捌くのじゃ』
「わかってるって!」
エリオットは研ぎ澄まされた殺気を感じ取った。
サーベルと鉤爪の、目にも止まらぬ速度の応酬が繰り広げられる。
しかし、リーチに差がある分、エリオットがやや不利――いや、身体能力や戦闘スキルからもエリオットが押され始めている。
『ぬしよ! もう少しじゃ、もう少し頑張るのじゃ!』
「無茶言うな! 俺、戦士じゃなくてシーフなんだぞ」
『そのためにぬしの身体を強化したんじゃ! つべこべ言わずに時間を稼ぐがよい!』
エリオットの額に汗が浮かぶ。
一方のアサシンは涼しい顔だ。
もっとも、殺し屋であるアサシンが、いちいち感情を表に見せるわけがないのだが。
鉤爪をやや強引に振るい、猛攻を続けるアサシンを押しとどめる。
仕切り直しと言わんばかりに、エリオットはバックステップで距離を取りなおす。
頬が熱い。
左手で拭うと僅かに血が付いた。
「あんた、なかなかやるな」
声を掛けたことが意外だったのか、アサシンが目を細めた。
「お前こそ。卑しい冒険者風情にしては多少――」
一旦言葉を切るとアサシンは覆面に触れた。
布地が裂け、露わになった皮膚からふつふつと血が浮かび上がる。
口角が上がる。
「いや、かなりやる。おもしろい。面白いぞ」
――笑ったのだ。
「チッ。戦闘狂かよ」
「美学と言って欲しい。俺なりの仕事に対する美学だ」
「悪いが冒険者は生き残るためなら平気で汚い手を使う。あんたの美学は答えられないぞ」
「構わんさ」
「なら、そうさせてもらうぞ!」
エリオットは前傾姿勢で正面から突っ込む。
鉤爪の攻撃力に任せた、突風めいたなりふり構わぬ突撃に見えたことだろう。
アサシンはサーベルを鞘に戻した。
そして重心を下げ、柄を握る。
抜刀!
速い。
カウンターめいて振るわれた刃の軌跡は、常人には不可避。
しかし、音すら置き去りにした刃は、空を切るのみであった。
『ぬしよ!』
タマの声に合わせてエリオットは屈んで躱したのだ。
すくい上げる様に《魂喰らい》を振るう。
「甘い!」
アサシンの左腕が解れた!
装束を破って前腕部が展開。
ドラゴンの顎めいたクローが現れた!
「なんつーもんを仕込んでるんだッ!」
クローの一撃をエリオットは辛うじて鉤爪で弾く。
だが態勢が悪い!
アサシンはサーベルを逆手に持ち、エリオット目掛けて振り下ろす。
『ぬしよ!』
再びのタマの合図と同時に、エリオットは寸前で横へと跳んで刃を躱す!
「甘いぞ!俺の刃からは逃げられん!」
だが、アサシンの動体視力はエリオットの姿を捉えたまま!
横へと跳んだエリオットを追撃すべく、手首を返してサーベルを振るい――
視界の端に彼女が映った。
「悪ぃね! アタシらは冒険者なんだ!」
アサシンとエリオットの直線状!
魔法で援護できる位置へと移動していたアニタの姿!
「魔衝弾波!」
アニタが放った不可視の衝撃波が、アサシンの胸を貫いた。
「ぐぅッ……!」
手から落ちたサーベルが、石畳の上を跳ねる。
アサシンは胸を押さえながらもんどりうって倒れた。
「言っただろ。美学には答えられないって」
エリオットはさっさと近寄ってサーベルを蹴り飛ばす。
魔剣は石畳の上を滑っていき、手が届かないところへ。
これで反撃の目は潰れた。
エリオットは腰のバックパックから紐を取り出すと、アサシンを手際よく縛っていく。
「いやっはーッ! アタシの魔法を舐めちゃいけないぜ。アサシンだろうが一発KOよ!」
宝石がゴテゴテと付いた魔法の発動体を弄びながら、アニタは近づいて来た。
アニタが放った魔法は相手の精神にダメージを与える魔法である。
殺傷能力はない代わりに、直撃すれば気絶は免れない。
対象を捕獲するという今回の依頼には、うってつけの魔法なのだ。
その代わりにこの魔法は論理詠唱に対応していない。
発動体による詠唱が必要なため、エリオットはアニタの到着と詠唱が完了するまで時間稼ぎを行ったのである。
無論、本気で殺るつもりで戦ってはいたが。
「これで依頼は完了だよな?」
アニタは振り返って問うた。
いつの間に近づいていたのだろうか。
少し離れた位置で、モロノフが満足そうな顔で頷いた。
「ご苦労様です。では、そのアサシンを引き渡してください」
「残念だが、それは無理な話だ」




