22話 昼下がりの依頼
エリオットは肉を切る手を止めると、胡乱な目で見返した。
「俺に、依頼だって?」
思わず聞き返す。
冒険者組合に併設された煮売り屋『どうのつるぎ亭』で、遅めの昼食をとるエリオットに声を掛けてきたのは見慣れぬ中年男性であった。
小綺麗な外套を羽織り、丁寧に髪を撫でつけている。
服装と外見を整える余裕があることから、おそらく商人かそれに類する者だろう。
「誰かと間違っていないか?」
エリオットは思わず聞き返していた。
たしかにAランクなどの高名な冒険者ならば、組合を通さずに依頼が来ることもあるだろう。
しかし、エリオットはそこまで名の知れた冒険者ではない。
それなりの仕事はこなしているが、まだ早い。
「いえ。エリオットさん。本日は、貴方に依頼をしに来ました」
男は至って真面目にそう言う。
虚空が波打った。
『余のおかげで、ぬしも高名な冒険者の仲間入りというわけじゃな』
「おかげ」というところを特に強調して、タマは言う。
無い胸を張ってドヤ顔でチラ見してくるのは、うざいことこの上ない。
エリオットは視線だけでタマを黙らせる。
「聞いていただけますか? 非常に重要な案件です」
「なぁ、食事中なんだけど」
「代金は私が払いますよ。依頼を受ける受けないとは別にして」
「まずは聞くだけだぞ」
エリオットはフォークを置いた。
左手を伸ばして――ぶった切らないように注意しながら――空いているテーブルから椅子を引く。
男はエリオットの異形の左腕を見て、目の端の筋肉が一瞬だけ動いた。
エリオットはそれを見逃さない。
男は居住まいを正すと軽く頭を下げた。
「私はモルノフと申します。しがない商人です」
「エリオットだ。あんた……どこかの商業組合の人間だよな?」
「ほぅ、よくわかりましたね。所属はスキング商業組合です。もっとも私はその下部組織の者ですが」
スキング商業組合は暗黒巨大商業組合の一角である。
主に国軍向けの装備売買を主軸とし、土地の売買や薬草事業など幅広く手掛けている。
武器商が元である故、組合兵もそれなりの戦力を持っている。
そして、クロムウェル商業組合とは犬猿の中で、裏では血で血を拭う抗争をしていると噂があるのだ。
「暗黒巨大商業組合……あんたらと関わると碌なことがないんだよな……」
顔をしかめてエリオットは言う。
面と向かって言われているのにモルノフは特に気にした様子もなく、
「そうおっしゃらずに。内容は簡単です。コルセア・シティ内に潜伏する、ある男の身柄を確保して頂きたい」
――ほら、碌な内容じゃなかった。
エリオットは内心舌打ちをする。
『ぬしよ。組合間抗争の先兵にされかねんぞ。気を付けるのじゃ』
タマは僅かに警戒感を滲ませて言った。
エリオットもその意見には同意だ。
この男、あまり頭から信用してはいけない。
「やつの居場所はすでに割れています。捜索とかそういったまどろっこしいことは一切なし。強襲して頂くだけで結構です」
何が強襲して頂くだけ、だ。
その行為だけでこちらは命がけになるというのに。
すでにモルノフがどういった立ち位置にいる人間かを、エリオットは見抜いていた。
人を顎で使う立場の人間。
下部組織とは言ったが、それも本当かどうだか。
「あんたのところの正規兵を使えばいいじゃないか」
エリオットは突き放すように言う。
正規兵、つまり組合兵のことである。
そもそも暗黒巨大商業組合の組合兵というのは、こういうことに使うものではないのか?
男は何やら言おうと口を開きかけ、しかしすぐに閉ざす。
「それとも使えない理由でも?」
「相手は手練れです。いわゆるプロというやつでして、組合兵では歯が立たないのが正直なところです」
「回りくどいな。ストレートに言ってくれ。相手はどんなやつだ? なぜ捕まえる必要がある?」
「うちの人間を暗殺したアサシンです。コルセア・シティにいる間に仕留めなければメンツが立ちません」
アサシンと聞いた途端、エリオットは嫌な顔をした。
アサシンとはつまりプロの殺し屋である。
身体改造率も冒険者の比ではなく、あまりの高さに侵入対抗魔法ですら抑えられないこともあるとかないとか。
『やっぱり組合間抗争でありんす』
タマはくすくすと笑う。
その笑い方は愉快から出る笑いではなく、呆れて笑うしかないと言った感じであった。
「なるほどね。で、冒険者に殺させると?」
「滅相もございません。後始末は我々が行います。貴方は敵の無力化までをお願いしたく」
「相手はアサシンだろ? 無力化するほうが難しいと思うが」
この時点でエリオットは依頼を引き受ける気はなかった。
いかにもな内容に、危険すぎる相手だ。
話半分でも、暗黒巨大商業組合にアタックをしかけ、目標を消しているというのに。
冒険者が受ける依頼内容ではない。
「悪いけど、さすがにそれは引き受けるのは無理だね」
モルノフの表情があからさまに引きつった。
先ほどは彼がそれなりの立場なのではと思ったが、それは誤りだったかもしれない。
商人が商談の場で顔色を変えてしまってはお終いだ。
「依頼料なら満足いく額を出す」
エリオットは首を横に振った。
「金の問題じゃない。信用の問題だ」
話はこれで終わりと、エリオットは再びフォークを手にとった。
「とにかく、まずは組合を通してくれ。基本的に組合を通さない依頼は受けないことにしてる。それに……」
「それに?」
「俺は商業組合の連中を信用していない」




