21話 種明かし
闇魔法医の額にはびっしりと汗が浮かび、膝は小刻みに震えていた。
「くそっ、本当に大丈夫なんだろうな!」
やけくそ気味に叫ぶと、檻の扉を全開にする。
大男がゆらりと、光に寄せられる蛾のように出てきた。
「ピンクの象が……」
エリオットはアニタを庇うように立ちながら、大男の挙動を伺う。
「なんだこいつ……改造廃人……自我を破壊されているのか?」
大男からは意思やそれに類するものは感じられない。
近しいもので例えるなら、魔神どもが使役するグールめいている。
ただ、加えてエリオットは奇妙な違和感を覚えていた。
大男の改造先は左腕。戦闘用なら右腕あるは両手であるべきではなかろうか。
そして奇しくも自分の左腕と近しいデザインだということ。
闇医者が狂ったように笑った。
「残念だったな! 実験体とはいえ、戦闘用の武装腕だ! 貴様らに勝ち目はないぞ!」
「あいにく俺の左腕も似たようなものでな」
大男の奇怪な左腕が、ビクンと跳ねた。
間近でそれを見て、闇医者が怯えたように後退る。
しかし、すぐさま侵入対抗魔法が起動し、大男の身体を魔法陣が幾重にも拘束する。
『AGRRRRRRR!』
ERROR! ERROR! ERROR! ERROR!
咆哮と共に魔法陣が呆気なく砕け散る。
侵入対抗魔法が機能していない!
大男は焦点が定まらない目で、闇医者を見た。
「へ?」
大男は闇魔法医の頭を掴むと、格子へと叩きつけた。
赤茄子めいて破裂する闇魔法医の頭。
「うげぇ……」
飛び散る血と脳漿に、アニタが顔をしかめる。
「因果応報だ」
エリオットは平然とした様子で歩み出した。
『GRRRR……見える……見える……』
大男は血を滴らせながらエリオットへと近づいていく。
肩口だけでなく胸の辺りからも、蟲めいた節足が皮膚を突き破って生えてきた。
『ぬしよ。気を付けよ。あやつは外法の集まりじゃ』
エリオットの隣、タマが険しい顔で仁王立ちしていた。
『魂が混雑し、食い破られ、形がおかしくなっている』
「助けられるか?」
『一思いに殺すのが助けじゃ』
「なら、楽にさせてやるよ」
2人の距離はどんどんと狭まっていき――
ニューロンが加速する。
エリオットの姿が一瞬ぶれた。
次の瞬間には、エリオットの姿は大男の背後にあった。
爆ぜる大男の頭。
左腕は細切れに切り刻まれ、人の血ではない紫の液体が飛び散った。
水っぽい音とともに大男が崩れ落ちた。
「おい……今、何したんだ?」
アニタがかすれた声で訊く。
何が起こったのか、全く見えなかった。
瞬きする間に大男が死んだ。
アニタにはそうとしか思えなかった。
エリオットは振り返り、
「何を? 敵を倒しただけさ」
さて――と一呼吸おいて周囲を見渡す。
大男が入れられていたと思しき檻、それによく似たものがいくつか置かれている。
その全てに布が掛けられている。
「今のは石工ではなく竜頭の浮浪者だろうな。匂いが違った。堅気じゃない」
エリオットはさっと見渡し、シーフゆえの技術で気配を読んだ。
迷わず一番離れた所にある檻へと向かい、布を取る。
「大当たり」
薬品か魔法で眠らされている石工のミューゼルだ。
衰弱した様子だが息はある。
エリオットは左腕を一閃。
鉄の格子が簡単に斬れ、転がった。
エリオットはミューゼルの首根っこを掴むと――ふと横を見た。
「うっ……」
エリオットは目を反らす。
廃工場へ突入してきたときから漂っていた、臭いの元を目にしたのだ。
残骸。
込み上げる吐き気を寸で抑える。
「くそったれ」
毒づき、エリオットはアニタの元へと戻る。
喉の奥は未だ熱い。
アニタは笑顔で迎え、腹に軽くパンチしてきた。
「なに浮かない顔してんだよ相棒。一件落着じゃねえか」
「浮浪者は死んだぞ」
「それはアタシらの依頼じゃない。石工は無事に助け出した。一件落着だっての」
――はたしてそうだろうか。
闇医者の死体を見ながらエリオットは思う。
――ここを襲撃する輩がいるはずが――
まるで敵が来ないと、誰かに保証されていたかのようじゃないか。
そして、全く機能しなかった侵入対抗魔法。
「帰ったら祝杯だ! いいな、つき合えよ!」
アニタの快活な声がエリオットを思考の海から引き戻す。
闇医者が死んだ今、答えなんてわからない。
それよりは小躍りするアニタと一緒に酒でも飲んだ方が、ずっといいに決まっている。
「はいはい。わかったよ」
「よっしゃ!」
アニタはガッツポーズし、
「店はアタシに任せな!」
「ああ、任せたよ。相棒」
◆
日は沈み、しかしコルセア・シティは眠らない。
自宅の木窓の縁に腰掛け、エリオットは浮かび上がる市の中心を眺める。
ホログラム魔法の魚が夜空を泳ぎ、魔法光が点と線を織りなす。
喧しい景色をエリオットはあまり好まない。
しかし、なぜか事あるごとに、こうして眺めてしまっている。
自分でもわからずに。
「全てが上手くできすぎている」
エリオットはぽつりとつぶやいた。
『何がじゃ?』
タマがしなだれかかる。クスクスと小さな笑い声がむず痒い。
「聞き込みで得た情報が、全部有力な情報だって? なんて簡単な人探しだか」
『つまり?』
「誰かが裏で糸を引いている」
『誰がじゃ?』
エリオットが持つグラス、それを満たす琥珀色の液体が揺れた。
「ギルド――暗黒巨大商業組合のどれか」
『考えすぎじゃありんせんか?』
「依頼人が死んだ。そもそもの発端の、生体融合を依頼してきた男が。川に浮いていたってよ」
ギルドから連絡があった、とエリオットは付け足した。
『ふぅん。なるほど。口封じじゃな』
タマは愉快そうに目を細める。
『して、目的はなんとする? 人死にまで出して、何をしたかったのか』
「データ収集。ただし、俺たちの」
正確には《魂喰らい》の力を、である。
『自意識過剰じゃありんせんか?』
「そうでもない。闇医者は『誰も来ないはず』と口走った。なぜ誰も来ないなんてわかる? 答えは簡単、暗黒巨大商業組合絡みの件なら、恐ろしくて誰も首を突っ込まないからな。ただ、俺たちはそれを知らなかった。いや、組合は気配を殺していたんだろうな。俺たちがアジトを強襲できるように」
あの時、廃工場の周りにこちらを伺う気配がいくつかあった。
その時から薄々気が付いていた。
エリオットはグラスを呷った。
『ふむ。なるほどな。つまり余やぬしは、手のひらの上で転がされていたというわけじゃな。あの哀れな大男とぬしと戦うところまで』
気に食わない。に食わないが――
「だろうね。ただ――あの一方的な戦いはデータとなり得たかな?」
タマはふわりと宙に浮かぶと、
『ふふっ。無理じゃ。余とぬしは、人よりも少しばかし速い世界に入ることができる。ニューロン加速。ただの人では認識もできまい』
「そうだよな」
2人の小さな笑い声が夜のコルセア・シティ流れていく。
1つの依頼がようやく終わりを告げた。
陰謀の匂いを残して。




