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18話 クリニックとドク

自由界(フリーサイド)』を出てから半時ほど。


花園ストリートを出て、薄暗い路地へと入る。

壁には『薬草60%オフ』『グレートヘルム』『脱法薬草に注意』といったポスターが貼られている。


「つまり、説明してくれよ」


生姜で誤魔化されていない葡萄酒のおかげか、アニタは鼻歌混じりだ。


「マスターは元盗賊で情報通だ」


エリオットはそう返すが、もちろんそういうことではない。

アニタは滲み出てきた野良スライムを蹴っ飛ばすと、


「だろうよ。でも、そうじゃなくて、石工だよ。石工のこと」


自由界(フリーサイド)』のマスターと話してから、エリオットは妙な自信感を漂わせていた。

今まで時折見せていた難しい顔も潜めている。


「事の顛末がだいたい読めてきた」


食いついたのはアニタよりもタマの方が早かった。


『ほぅ。さっきの酒場でのよくわからない情報が、決め手にでもなったのかや?』


顔が近い。


エリオットは鬱陶しそうに払いのける。

タマの姿は誰にも見えておらず、エリオットが小さな羽虫を追い払っているかのようにしか見えない。


「石工は消えたんじゃなく消された。あるいは連れて行かれた」

「あん? 誘拐ってこと?」

「だろうね」

「なんで、そう思うんだよ?」『なぜそう思うのじゃ?』


疑問は同時であった。


「大酒飲み以外真面目な石工が仕事に来ない。〆のヌードルを食べた後、忽然と消えた。嫌でも目に付くくらい――聞き込みした店の店員が全員覚えてるようなヤツが、目撃例もなしに消えるかよ。どう考えても人為的だろうが」

『で、誘拐と。ひねりのない顛末じゃな。目的は……金かや?』


エリオットは首を横に振る。


「理由はまだわからない」


どうせ金だろ、とアニタがタマと同じことを言う。

身代金の連絡を含め、犯人が接触してこないというのに?

エリオットがそう言うと、2人は黙ってしまう。


「ただ、予想はつく。つくから裏付けを取りに行く」

「ふぅん。アタシにはさっぱりだ」

「石工が行方不明になり、別の場所で同じ体格の男が消えた。偶然じゃないとしたら考えられることは?」

「知らねぇ」


即答され、エリオットは思わず苦笑した。


「ちょっとくらい考えろよ」


路地の角を曲がる。

ストリートチルドレンがエリオットの左腕を物珍しそうに眺める。


「例えば、例えばだぞ」


たっぷり5秒溜めて、


生体融合(フュージョン)のモルモット」


途端にアニタは嫌そうな顔をした。


「なるほど……だとするとゲスい話だな」

『どういうことじゃ?』


タマが1人だけよくわからないといった風に、2人を交互に見ている。

わからないのも無理はない。

なぜなら、タマだけが生体融合(フュージョン)による身体改造を行っていないから。


エリオットの足がようやく止まった。

薄汚れた背の低い家が並ぶ路地で、嫌ほど目立つ魔法光の看板。

ここは身体改造を行うクリニックだ。


「闇?」とアニタ。


場所が場所だけに、市の認可を受けていないクリニックと思ったようだ。

エリオットは笑う。


「腕はいい」




扉の向こうは下り階段になっていた。

建物を高くするとその分税金を取られるが、低くするなら課税対象外だ。

階段を下りて、もう1枚ドアがあった。

下手くそな字で『CHEEP』と書かれていた。

エリオットは遠慮なく軋むドアを開ける。


「らっしゃい」


もじゃもじゃ頭の男が椅子に座り、本を読んでいた。こちらを欠片も見ようとしない。


「残念、俺たちは客じゃないぜ。ドク」


薄暗く無機質な部屋にいるのはドクと呼ばれた30代くらいの男のみ。

エリオットの声を聞いて本を閉じる。


「じゃあ帰れ。ついでにツケを払ってから帰れ」


無精ひげが目立つ、どうにも胡散臭い魔法医だ。

エリオットのことを見て、次いで隣に立つアニタへと視線を移す。

眉がキリリと上がった。


「ようこそ、クリニック(CHEEP)へ! 目麗しいお嬢さん、どこを改造予定で? 腕? 足? それとも、もっと深い間柄になる必要があるところかな?」


ドクは片膝を付いて、アニタの手を両手で包むように握る。

そして、いったいどこから取り出したのか、小さな黄色い花をそっと手のひらに置いた。


「おい、エリオット。こいつ、なんなんだ?」


アニタは困った様子でドクを蹴り飛ばす。


「痛い! 痛いけど、イイ!」


エリオットは頬を掻きながら、


「あー……こいつはドク。腕は一流、設備は二流、人間は三流の魔法医だ」

「人間が三流なのはわかった」

「失礼なこと言うねえ」


ドクは埃を払いながら立ち上がると、


「あんたら冒険者がちゃんと代金払ってくれたら、設備も一流になるよ」


と口を尖らせる。


「人間は三流でいいのかよ」


アニタはとうとう呆れ返ってしまう。

タマに至っては知らぬ存ぜぬという風に姿すら消してしまっている。


「どうも。モンド・ギブソンって言います。こう見えて魔法使いで、生体融合(フュージョン)専門の魔法医をやってるんだ。人の身体を改造するのは楽しいぞぉ。特に女の身体は。まぁ気軽にドク(doctor)って呼んでね」

「残念だけど、燃やすからもう呼べないね」

「ヤメテヤメテ」


ドクは適当なエリオットたちに適当な椅子を勧めた。

どれもこれも変な染みが付いていてちょっと汚い。

慣れているのかエリオットは構わず座ったが、アニタは壁に背を預けるにとどまった。

ふと、ドクの視線がエリオットの左腕に止まる。


「ちょっと待てその左腕ッ!」


クリニック全体が震えるほどの大声であった。


「俺が改造した蟲と違うじゃねえか! 違法改造丸出しの武器腕だとぉ! いったい何と融合したんだ!? 侵入対抗魔法(ICE)は!? 興味がある」


――話が進まねえ。


エリオットは肩をすくめて、染みだらけの天井を見上げるのであった。


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