17話 ここはコルセア・シティ
石工の現場を後にしたエリオットとアニタが、次に向かったのはコルセア・シティの飲み屋街とも言うべき花園ストリートだ。
ここに、石工ミューゼルが懇意にしていた酒場『ナンバン』、そして若い衆を連れて行った『パラダイス』があるという。
まだ昼間なので道行く人は少ない。出入りの業者や仕込み中の店員ばかりだ。
これが夜になると魔法光の看板がいくつも火を灯し、ホログラム魔法が動き出す視覚的にうるさいストリートへ変貌する。
『美女』『KITTENS』『猥褻のない楽しさ』などと、いかにもな名前の店を通り過ぎていく。
エリオットは掲げられた看板を見る。
『パラダイス』
営業時間外にもかかわらず中に入ると、こう尋ねた。
「大酒飲みの石工を知らないか。熊みたいにデカい身体の。数日前に来たんだが」
特徴があるおかげか、店員たちはすぐに思い当たった。
「ああ、覚えてるよ。大酒飲みのミューゼルだろ」
「次にどこの店に行くとか言ってたか?」
「ビール1杯奢ってくれたら思い出せそうな気がする」
一連の質問を『ナンバン』でも繰り返す。
残念ながら当時、ミューゼルは『ナンバン』へは行っていないようだ。
代わりにエリオットは周辺の酒場へと足を運ぶ。
酒場だけでなく、先ほどの『美女』にも顔を覗かせる。
「お客さん、すごい左腕。すごい……いいよ」
極端に面積の少ない布を纏った全身改造済みの女性が対応した。
すると、エリオットはアニタに無理やり店の外へ放り出された。
仕方がないので店前だけど腰を下ろす。
『手慣れておるの』
いつの間に現れたのかタマが覗き込んでいた。
「シーフはつまり盗賊で。こういう探し物をするのは得意な職種だ。セオリーがあるんだよ」
赤ら顔のエリオットはげっぷを漏らし、
「さすがにビールをそう何杯も飲めやしないけど」
『情報料じゃな』
「金払うほうが楽だ」
『言えてるの。で、ミューゼルとやらの足取りは掴めたのかや?』
「だいたい、な」
『さすがじゃな。して、どういう感じじゃ? あの小娘の名推理とやらは、余でもハズレとわかったが』
「あぁ……なぁお前、こういうのに興味あるのか? 楽しそうだけど」
エリオットの指摘に、タマはすぐさま顔を反らす。
『んあ。長い間、埃に塗れておったんじゃ。興味を持ってもおかしくあるまい!』
「怒るなよ」
エリオットは笑い、
「おいおいおい。独り言なんか言って、とうとう壊れたか?」
アニタがようやく『美女』から出てきた。
「長かったな」
「ちょっと色々とね。女同士の話を。で、どうなの?」
「どうって?」
「ミューゼルだよ。あの石工の足取り!」
タマも聞かせろと視線で訴えてくる。
「さっきの店の隣にあったヌードル屋。そこが最後の目撃ポイントだ。〆のヌードルだったんだろうよ。そして、それを最後に煙のように消えた」
「わからん。つまり?」
エリオットは、アニタがシティアドベンチャーを苦手とすることを見抜いていた。
やはり魔法使いであるからして荒事専門なのだろう。
組合長が言った放火魔という符丁が言い得て妙だ。
エリオットはたっぷり5秒溜めた後、言った。
「わからん」
「は?」『は?』
アニタとタマが揃って呆けた顔をする。それからすぐに鋭い視線を向けてきた。
「わからんってどうこ!?」『どういうことじゃ!?』
1人と1体の剣幕に、エリオットはやや上体を仰け反らせる。
「そのままだ。わからん。不自然だ。誰かが痕跡を消しているとしか思えない」
「は?」『は?』
「ミューゼルとかいう石工、何か厄介なことに巻き込まれたっぽいな。だからそれが何か、今の俺たちではわからない。手持ちの情報だけじゃわからない」
エリオットは立ち上がる。
「別の視点からの情報がいる」
そして歩き出す。
「あーもう! ちょっとどこに行くんだよ!?」
アニタが慌てて後を追う。
「飲み屋だ」
「はぁ!? また酒場に行くのかよ」
エリオットは振り返り――その様相はいかにもシーフめいた怪しいもの。
「行きつけの飲み屋だ」
魔法光の看板がじりじりと音を立てる。
『自由界』
裏路地にある一軒の小さな酒場のドアが開き、エリオットが顔を覗かせた。
酒場にはバーカウンターと小さなテーブルが3つだけ置いている。
客は誰もいない。
バーカウンターの中に入っているマスターだけで、無言でグラスを拭いている。
彼の左腕は遠めに見ても生体融合により改造してあった。
人の腕は光沢のあるピンク色をしていない。
「マスター、どうも」
会釈しながらエリオットは堂々と入る。
怪訝な顔のアニタがそれに続いて、彼女の上にはタマが浮かんでいる。
「エリオットか。何の用だ?」
マスターはグラスから目を離そうとしない。
仮にも客だというのにこの態度は一体どういうものか。
エリオットはバーカウンターによりかかると、
「聞きたいことがあって」
「お前、ここをどこだと思っている?」
「注文聞く前に要件を聞いたから答えたんだろうが。葡萄酒2つ。俺は少し薄めで」
「あいよ」
エリオットは財布に手を突っ込む。
あきらかに葡萄酒代以上の硬貨がカウンターの上に置かれた。
「最近、ここらへんで行方不明になった人は知らないか? 1週間くらい前」
「ここはコルセア・シティだぞ。行方不明者なんてごまんといる。いちいち覚えてられるか」
マスターはそんなこともわからないのかと呆れたように言う。
「それも……そうだな」
「だが……竜頭に住み着いている爺さんが言っていたな」
グラスを拭く手が止まる。
「チェス相手が最近来なくなったと」
竜頭とはいわゆる貧困街。掃きだめ。
都市から見放され、真っ先に死んでいくような奴らが住み着いているから、船の竜頭だ。
「相手ってのはどんなやつだい? いや、どんな体格のやつだ?」
マスターの肩眉がぴくりと跳ねた。
斜め上を剥き、しばし黙考。
「貧困外にあるまじき大柄の男。熊みたいなやつ、そう言っていたな」
――大当たり。




