12話 凶行と報復
一瞬だけ意識が飛んだ。
次にエリオットが瞼を開けた時には、周囲の情景は一変していた。
夥しい量の砂埃と火の粉が舞い上がる。
立ち上る炎と煙によって、ダンジョンの空が真っ赤に染まる。
「嘘だろ……おい……」
手を付いて起き上がると、エリオットは辺りを見渡した。
天地がひっくり返ったような有様だった。
攻撃に巻き込まれた冒険者たちの呻き声が、あちこちから聞こえてくる。
「クソがァ! スコットが死んじまったッ!」
犬歯を剥き出しにアニタが吠えた。
幽鬼めいて立ち上がる彼女の右手に、魔法陣が展開する。
クロムウェル商業組合の組合兵たちに向けて、火炎球をぶっ放した。
精密な狙いなど必要ない。
ただ数で、面を埋め尽くすように、逃げ場を無くして、カートリッジが空になるまでぶっ放す。
報復だ。
何人もの組合兵が火だるまになってタップダンスを踊る。
「お前らも死ねえええええええッ!」
今度は左腕を突き出し、火炎放射。
さらに1人の組合兵を燃やした。
だが、奇襲めいた攻撃もそこまで。
クロムウェル商業組合はすぐに態勢を立て直す。
「チッ。剣の回収の邪魔だ。さっさと黙らせろ」
苛立たしげにフォックスが指示を飛ばす。
組合兵は散開しながら、火炎放射がギリギリ届かない距離をとる。
攻撃魔法が一斉に放たれ、着弾。
「キャンッ!」
周囲の土砂と共に、小柄な体が吹き飛んだ。
エリオットの目には、地面にぶつかり跳ね上がるアニタの姿が――
火の粉は降り注ぐことを止め、煙は立ち上らず、魔法がその場で静止した。
『――ぬしよ』
灰色の世界で、ようやく《魂喰らい》が現れた。
『這いつくばっている場合かや?』
嘲るような、全てを見透かしたような目が、エリオットを射抜く。
「黙れタマ!」
『余が力を貸してやろうか?』
《魂喰らい》が手を差し伸ばす。
『惰弱なおぬしでは決してできぬ、不条理を正面から叩き潰す、圧倒的な力を貸してやろうか?』
エリオットは彼女の手を凝視。
脳裏にスコットとアニタの姿が浮かび、爆音と共に消えた。
『くくくっ。躊躇う必要などない。さぁ、力を抜いて――忌々しい枷を外すのじゃ』
その手を取ってはいけない。
エリオットとて頭では理解している。
理解はしているのだ。
しかし、それでも。
それでも《魂喰らい》の言葉の、何たる甘美な響きか。
抗うことなどできなかった。
ゆっくりと、ゆっくりとエリオットは震える手を伸ばし――触れた。
「AGRRRRRRR!!!」
「何だッ!?」
獣めいた咆哮に、生き残りの組合兵は振り向いた。
瞬間、視界に映ったのは黒い稲妻。
組合兵の首から上が斬り飛ばされた。
「え――」
稲妻は黒いジグザグの軌跡を生みながら、別の組合兵へと迫る。
死神の鎌めいて振るわれた鉤爪に、恐怖に慄く自分の姿が映った。
惨たらしく引き裂かれ、組合兵は即死した。
「余が児戯につき合ってやろうではないかッ!」
それが跳躍する。
組合兵は魔法陣を生成、論理詠唱で魔法攻撃をしようとし――魔法陣が砕け散った。
黒い鉤爪が魔法陣ごと組合兵の首を刈り取ったのだ。
カバーに入ろうとしたもう1人の組合兵の首を蹴りでへし折り、その上で腕組み直立両足立ち。
フォックスは瞬く間に起こった惨劇に後退る。
「バカな……ギルドの精鋭だぞ」
信じがたい光景だ。
乱入者の手によって、生存している組合兵はフォックスただ1人だ。
「一体貴様は、エリオット……?」
フォックスは自分が雇ったシーフの名を口に出す。
しかし、返り血と自分の血で真っ赤になったソレとは、到底似ても似つかぬ。
「半分正解じゃ」
エリオットは組合兵の死体を足蹴にして跳躍。
空中で三回転半を決め、遠心力で勢いを増した左腕をフォックス目掛けて叩き落とす。
甲高い音が響いた。
エリオットの瞳が収縮する。
反動で左腕が跳ね上がった。
「ええい! よくも部下たちを……何が半分正解だ!」
フォックスの兜の奥で赤い幽鬼めいた光が生まれた。
エリオットの渾身の一撃を防いだ漆黒の三角盾を下ろして、フォックスは剣を抜いた。
「ふんっ。驚く必要もないだろ?」
アニマルヘッズが構えるのは、深淵の獣の寝床より回収した盾だ。
《魂喰らい》の片割れである!
「すでに盾は回収済みでな。アニマルヘッズを舐めるな、小僧」
恐るべき速さでフォックスが剣を振り上げる。
人の力で出せる剣速ではない。彼もまた身体を改造済みなのだ。
「もう一度言う。組合の命で、その剣を回収させてもらう。人が何人死のうが、人を何人殺そうがな!」
灼熱めいた痛みが走り、エリオットの身体を斜めに鮮血が吹き出した。
傷は深い!
だが!
左腕から溢れ出したタールめいた汚泥が傷を覆い、強引に止血する。
エリオットの目がぎょろりとフォックスを捉えた。
「この程度で余が死ぬわけなかろう! 雑兵めが!」




