10話 うちのスコット
最も深き迷宮第1階層。
最も深き迷宮とは、巨大な地下迷宮であり、この世とは異なる別世界への入口である。
異界生物である魔神やその眷属たちが跋扈する危険地帯でもあり、普通の常識が通用しない空間だ。
第6階層は深淵と呼ばれる大穴と、その上を交差する無数の超自然的な橋から成る。
一方で第1階層は地下だというのに木々が生い茂り、疑似太陽が輝く異質な世界だ。
鳥が飛び、虫が鳴き、動物が走る。
限りなく地上世界に近い営みが繰り返される地下世界である。
そんな第1階層にて、丈の短い草を踏みながら、エリオットたちは最も深き迷宮の出口へと向かっていた。
しかし、その足取りは重い。
「エリオット、大丈夫ですか?」
スコットが心配そうな顔で尋ねてきた。
「正直に言うと、かなりキツい」
エリオットの顔色は青色を通り越して真っ白になっていた。
致命傷を何とか押さえ込んでいた中級回復魔法の効果も、とうの昔に切れてしまった。
身体中が痛みに悲鳴を上げ、歩くたびに胸と腹の傷に電撃が走る。
「そうですか……ですがもう一息です。もう少し頑張ってください」
スコットが肩を貸して、エリオットはなんとか歩けている。
彼らを先導するのはアニタで、時折心配そうに後ろを振り向いている。
「頑張りたいのは山々だけど……スコットさん、すいません」
スコットは首を横に振る。
「同じパーティーなんですよ。助け合うのは当然です」
彼の額にはじわりと汗が浮かんでいた。
「次、モンスターの襲撃があっても左腕を使うのは厳禁です。使うたびに血を吐いてるんですから。怪我じゃなくて貧血で死にますよ」
「すいません」
「そうだそうだ。アタシに任せときゃいいんだよ。魔神だろうがショゴスだろうがユゴスだろうが、燃やせば死ぬんだしな。ま、1階層じゃ出て来ないだろうけど」
アニタはケラケラと笑いながら胸を張る。
彼女の触媒カートリッジが残り1本なのをエリオットは知っている。
それがなくなれば論理詠唱ができないことも。
だからこそ、自分の身体のボロボロ具合に情けなくなってしまう。
こういう時に限って《魂喰らい》は鳴りを潜めている。
限界を迎えたエリオットが自ら懇願することを待っているのだろう。
――性根の腐った剣だ。
エリオットは虚空を睨みつけ、心の中で毒づいた。
「さ、あともう少ししたら休憩しましょう。あの木の影なんて涼しそうですね」
スコットのさわやかな笑顔が眩しく、エリオットは俯き気味に頷くことしかできなかった。
◆
大粒の汗を浮かべながらエリオットは進む。
スコットの肩を借りることなく、自分の足で進んでいる。
重い左腕はだらりと下げ、まるでグールか何かのような覚束ない歩みだ。
スコットは眉間にしわを寄せ、
「エリオットさん」
「大丈夫、1人でいけます」
即座にエリオットは返す。
スコットはため息をつくと有無を言わさず肩を貸す。
「え、あ……」
戸惑うエリオットに、アニタが悪戯っぽい視線を送る。
「嘘はダメだぞ。うちのスコットに嘘は通用しないからな」
「嘘なんてそんな……」
微笑がスコットの口角に浮かんだ。
「とてもそうは見えません。貴方、自分が思っている以上に、外から見ると瀕死なんですよ」
エリオットは黙るしかなかった。
黙り込み、再び俯き気味になる。
「貴方に何があったのか知りませんが、仲間の力を借りることは決して悪ではありません」
スコットの口調は穏やかで、貶すわけでも諭すわけでもない。
「笑わないでくださいよ。自分でも月並みな文句だと思いますが、あえて言います。仲間とは、助け合うことが真意だと」
エリオットはようやく顔を上げた。
眩しい笑顔に顔を背けそうになるが、エリオットは耐えた。
そしてじっと見る。
とても間抜けな顔をしているだろうと我ながら思う。
「エリオットさんだって僕らを助けてくれたでしょ? なら、僕たちも頼ってください。僕たちは同じパーティーなんですから」
同じパーティー……エリオットは口の中で繰り返す。
どうしても『栄光の道』のことが脳裏を過る。
あまり好意的に思われていなかったとはいえ、人はあそこまで簡単に裏切ることができるのかと。
ただ、それ以上にスコットの言葉はエリオットにとって、忘れられない言葉になった。
「ダンジョンを脱して傷も癒えたら、また一緒に冒険に行きましょう」
ソロは気楽なものだった。
組合からの依頼を受け『栄光の道』とパーティーを組んで、踏んだり蹴ったりな目に合った。
だから、生還したらソロに戻ろうと考えていた。
でも――もう一度パーティーを組むのも、悪くないのかもしれない。
「ま、1人しょんべん中に死んじまったけど」
アニタがいらないことを言う。
案の定、槍の柄でスコットにぽかりと叩かれていた。
エリオットの口元が自然と緩んだ。
傷に響いて痛いが止められない。
目の端に涙を浮かべながらエリオットは笑う。
笑い続けた。
遠くに光が見える。
ダンジョンの偽物の光ではなく、本物の暖かな光だ。
最も深き迷宮の出口が、エリオットたちを手招きしていた。




