1話 ようこそダンジョンへ
それが自分の荒い呼吸音だと気づくのに、エリオットは数秒を要した。
籠手に仕込んだ毒矢を向けたまま、エリオットは視線を反らさない。
彼の最期を見届けるまでは。
最も深き迷宮第6階層の主『深淵の獣』の首が、溢れ出る赤い血と共にゆっくりと落ちる。
冒険者パーティー『栄光の道』のリーダーであるトルーマンが、首をむんずと掴んで掲げた。
「俺たち『栄光の道』の勝ちだあああああッ!」
周囲の空気がびりびりと震えるほどの、勝利の雄叫びを上げた。
他のパーティーメンバーも彼に倣って大喜びだ。
射手のジョンも、魔法使いのメアリも傷だらけだというのに飛び跳ねている。
「俺たちはやったんだな……」
肺の底から息を吐き出すと、エリオットはその場にへたり込んでしまった。
エリオットは真っ白な髪が特徴的な細身の青年だ。
それこそ薄暗いダンジョンの中、まるで魔法の明かりのように浮かび上がる。
シーフという職業柄、目立つ要素はなくした方が良いのだが、エリオットはそれを是とはしなかった。
「さすがAランク冒険者パーティー、まさか深淵の獣を倒すとは! Sランク冒険者も顔負けですね!」
ワザとらしく褒めちぎるのは、暗黒巨大商業組合『クロムウェル商業組合』から派遣された2人の組合員だ。
組合の命令とはいえ、危険な第6階層まで付いて来た愛社精神の鏡のような勤め人だ。
「いやー、褒めても何も出ないですよ」
トルーマンは階層主の首を持ったまま、組合員へと近づく。
途中、エリオットのことを横目で見ると、
「おい、雇われシーフ。この首、仕舞っておけ」
と言って首を投げた。
「へいへい。わかりましたよ」
モンスターとはいえ、もう少し敬意をもっても良いのではなかろうか。
そう思いつつ、エリオットはワンバウンドした首を拾う。
バックパックから取り出した、ずた袋の中に入れた。
「では、我々は本来の目的に移っても?」
組合員はトルーマンの後ろ、ぽっかりと口を開ける横穴を指差した。
最も深き迷宮第6階層は、深淵と呼ばれる大穴に掛けられたいくつもの超自然的な橋からなる。
階層主がいたのは橋から続く横穴の奥で、組合員が指差したまさにその場所だ。
組合員は2人して横穴へと入って行く。
「おい、雇われシーフ」
「はい」
――自分が『栄光の道』によく思われていないのは気付いている。
エリオットは、トルーマン率いる冒険者パーティー『栄光の道』の一員ではない。
臨時で雇われたソロのシーフに過ぎない。
ソロのくせに自分たちと同じように、クロムウェル商業組合とコネができるのが気に食わないのだ。
「お前も賃金分は手伝って来いよ」
「……わかりましたよ」
エリオットは言われるがまま、組合員の後を追う。
雇い主はクロムウェル商業組合なんだけどな、と心の中で付け加えながら。
ほどなくして、組合員とずた袋を担いだエリオットが、嬉々として横穴から戻って来た。
「さすが階層主、めっちゃ財宝をため込んでましたよ」
シーフの性か、興奮を隠しきれない。
エリオットはトルーマンたちの前にずた袋を置くと、中身を次々に取り出していく。
このずた袋はダンジョン産の魔法道具である。
袋の中身は異次元に繋がっており、アイテムをいくらでも収納できる。
エリオットだけが持つ、特級クラスの魔法道具だ。
深淵の獣がため込んでいた金銀財宝や魔法道具が、次々に並べられていく。
「すげぇ……一生遊んで暮らせるんじゃねえのか?」
「たぶん……いいえ、絶対に」
眩い光を前に『栄光の道』たちの目は釘付けだ。
「さて、クロムウェル商業組合さんの目的のブツはこれか?」
そんな中、エリオットは異質な剣と盾を取り出した。
切っ先から柄の先まで漆黒の長剣。
縁も裏側も全てが漆黒の三角盾。
禍々しい空気を放っている。
「それです。我々が欲していたのはその武具です」
組合員が満足そうに言う。
「異界の王が使用したと伝承が残る魔法の剣と盾を」
「うわ、やばい武具っすね」
エリオットは漆黒の剣を組合員に渡そうと掴み――
「なるほど。その剣と盾はそれだけ強力な装備なんだな。今までご苦労さん」
トルーマンがうなずき、
――風を切る音がした。
同時に灼熱めいた痛みが走る。
「え?」
エリオットは目を見開いた。
腹部と胸部に深々と刺さった2本の矢。
「なっ……!」
言葉の代わりにエリオットの口から出てきたのは、真っ赤な血反吐だ。
射抜かれた? 仲間に?
ぼやける視界のなか、視線を走らせる。
いつの間にだろうか――射手のジョンが弓矢を構えていた。
トルーマンは笑みを浮かべたまま魔法陣を生成した。
「よくよく考えたんだが――階層主を倒したのは俺たちなんだ。だから、お宝は俺らが全部貰うのが当然だよな?」
邪悪な笑い声が響く。
彼らはエリオットも組合員も皆殺しにして、財宝を独り占めにするつもりなのだ!
なんと恐ろしい策略か!
「ぐぞっ……!」
エリオットは腰の剣へと手を伸ばし――
「ギャッ!」
3本目の矢が彼の左腕を貫いた。
「おいおい、下手な真似をすると苦しいだけだぞ」
トルーマンが嗤い、そして放った魔法の青い衝撃波がエリオットの胸を打つ。
エリオットは血を撒き散らしながら吹き飛ばされる。
――後から思えば、第6階層という場所が悪かったとしか言いようがない。
それはエリオットにとっても、トルーマンたち『栄光の道』にとっても。
視界がブラックアウトした。
エリオットはそのまま深淵へと落ちていく。
奈落の底へと。
抱えた漆黒の剣と共に。