三人目 働かなければならない人
三人目 働かなければならない人
「ハァ~……。どうすりゃいいんだ」
ヨーゼンの吐いた息が白く染まるのは、まだ少し先のことだろうか。
夏の残り香が尾を引くように、陽光が降りそそいでじんわりと暖かい日が続いていた。
通勤路というには短い、店まで徒歩で十分ほどの道をヨーゼンは歩いていた。
眉間に皺を寄せて、幾度も繰り返される深い溜息は、彼の悩みの大きさを表している。
「困ったなぁ……」
近くにあったベンチに思わず腰を掛けて、足を組んで諸手で顔を覆った。
彼に悩みの種を運んで来たのは、連絡もなしに数日前、店へとやって来たヨーゼンの叔父だった。
いつものように読書に夢中になっているヨーゼンが、滅多にない店の扉の開く音で、叔父が訪れたことに気がついた――。
「誰かと思えば……シード叔父さんじゃないか!」
「久しぶりだな、店は順調なのか?」
シード叔父さんは、ヨーゼンにとって親にも似た間柄であった。
ヨーゼンはこのサンラック城下町から遥か西にある山村に生まれ育ったが、八つの歳からここの町の学校に通うために、この店で本屋を営んでいた叔父に預けられる形となったのである。
今日までに接していた時間は実の両親よりも長く、育ての親だとヨーゼン自身も思っている。
「どうしたの急に……。言ってくれれば、店は休みにでもしたのに」
しおりも挟まずに本を閉じて、ヨーゼンは席を立って快く叔父を出迎えた。
長年営んでいたこの店をヨーゼンに譲った叔父は、そのあとヨーゼンの生まれた故郷でもある西の国の山村に戻って、ヨーゼンの父親の仕事を手伝っているはずだった。
ヨーゼンは来客用の椅子を引っ張り出して、お茶を入れるためにお湯を沸かしはじめる。
シード叔父さんは被っていた山高帽を机に置いて、店の中を眺め回す。
「店の中は……そのままか」
「この先も変えるつもりはないよ。叔父さんの思い出の店でしょう?」
「それはヨーゼンの好きにしたらいい。目に映るものはすべて移ろいでいくものだ」
「俺が新しい商売をするって時も、反対しなかったよね」
シード叔父さんは、昔から物分かりの良い性格だった。不義を除いてヨーゼンのやることに口を挟まれた記憶はないし、長年営んでいた本屋を畳むという時さえ反対はしなかった。
物事に執着がないのかもしれない。
ヨーゼンは一人で勝手にそう解釈していたが、シード叔父さんは意外な言葉を返した。
「いや……正直に言えば、本屋を辞めると言ったときは反対も考えた」
「えっ、そうなの!?」
「まあ、自分で言うのもなんだが……長年学生街で愛された店だ。やめるには惜しいという気持ちもあった。ただな……」
ヨーゼンが急いで沸かしたお湯で、お茶を入れた。
シード叔父さんは、お茶の注がれたカップを受け取りながら、
「面白いと思ったんだ……。なんでもお悩み相談屋。もちろん俺は、お前が本屋の仕事をしたくないから考え出した職業だと知っている。知っているが……面白いと思った」
バレていたか――。
ヨーゼンは心の中で舌を出して苦笑いしながら、叔父さんの言葉に耳を傾ける。
「面白いかな?」
「面白いな……。ヨーゼン、春から客は何人来た?」
「へへっ、二人だよ。奇跡だと思わない?」
ヨーゼンは自嘲気味に言ったが、シード叔父さんは落ち着いた様子でお茶を啜っていた。
「上等だな。新しく始めた上に、あまり耳慣れない商売だ。そんなもんだろう」
「本当にそう思ってる? 俺に気を遣っていない?」
ヨーゼンは少なからずシード叔父さんが店に顔を見せたとき、客足の鈍いことを見抜かれて、本屋に戻れと説得しに来たのかと憂慮した。
それほどまでに自由気ままで、自堕落な商売であることはヨーゼンも自覚していたからである。
しかし、シード叔父さんはまるでヨーゼンの商売を肯定するかのように、しばらくたった二人の客の相談内容と、それにヨーゼンがどう答えたのかを楽しそうに聞いていた。
守秘義務というものもあるだろうが、シード叔父さんはこの店の元締のようなものだし、ヨーゼンにとって特別な人間である。個人情報だけは伏せて赤裸々に話した。
シード叔父さんは、ポッドに入ったお茶を自分でおかわりしながらヨーゼンに感想を告げる。
「やっぱり向いているよ……。お前は人間が好きだ」
「……えっ!?」
ヨーゼンのティーカップが傾いて、手から滑り落ちそうになった。
机の上に、わずかに零れてしまったお茶を布で拭き取りながら、シード叔父さんの言葉を冗談として受け取る。
「とんだ皮肉だね。俺は人間が嫌いだよ。もちろん個々に見れば好きな人もいるけれど、大きなまとまりとして見るなら、俺は人間が嫌いだよ」
あえて二回言った。シード叔父さんだってそれを理解してくれているからこそ、こんなヨーゼンのわがままな人生を許してくれているものだと思っていたが、
「いいや……。お前はいつまでも人間に絶望している。人一倍、醜悪を割り切れない」
「なんだ、わかってるんじゃないの」
「わかっているさ……。自分ですらままならない世界で、お前は昔から純粋で、物事をシンプルに考えられない子だった。世界がこれからも醜く繰り返されていくと思っている」
「そうだよ、叔父さん……。人間なんて生きながらえても、たった百年さ。みんな賢くなる前に死んでいくんだよ。それの繰り返しだよ。何も知らずに生まれて、何も知らずに死んでいくんだ。みんなが好き勝手に生きて、好き勝手に死んでいくんだよ」
「はっはっは! 身勝手な生き物だな……」
シード叔父さんは、いつもヨーゼンの偏屈な意見を聞いて笑うのだった。
昔はいつも一緒に食卓を囲んで、こんなひねくれた話を聞かせたものである。
ヨーゼンは子供の頃を懐かしく思いながら、ただ今日に限ってはそんなことがシード叔父さんの目的ではないだろうと、遥々西の山奥から訪ねて来た理由を訊ねた。
「ところでさ、俺の様子を見に来たってわけじゃないだろう? 本屋に戻れっていう訳でもないのなら、なにをしに来たのさ」
「なに、仕事の紹介だよ……。いきなりってのも、お前の心の準備ができないだろう?」
「仕事の紹介? 誰か困っている人でもいるの?」
「ああ、頼まれてくれるか? お前にしか頼めないんだよ……」
そうして深い溜息をつくシード叔父さんの姿は、ヨーゼンが滅多に見たことのないものだった。
今まで世話になったばかりか、今でも世話になっている叔父さんの頼みである。これほどまでに頭を悩ませているなら、ヨーゼンには二つ返事で快く引き受ける以外の選択肢はない。
「水臭いな。俺で良ければ力になるよ。大まかな悩みの種類でも教えて貰えたら、当日までに調べておくからさ」
「いやあ……でも、迷惑じゃないか? お前にだって都合があるだろう?」
「へへっ、今日は皮肉が多いじゃないの。俺になんの都合があるっていうのさ。どうせ今日も明日も、一日中本を読んで過ごすだけだったよ」
「そうか……。じゃあ、本当に引き受けてくれるんだな?」
後から振り返れば――シード叔父さんがここまで不自然に念を押して来たことに、ヨーゼンは気がつくべきだった。
ヨーゼンとしても、叔父さんが長年続けていた本屋から商売を鞍替えしたことに、まったくの罪悪感がないわけでもない。それならば、その新しく始めた商売で叔父さんの助けになるなら、これほど都合のいい恩返しはないと思った。
偏屈なヨーゼンも人の子である。
出会う人すべてを穿った眼で見られるほど、荒みきってもいない。それが長年育ててくれた叔父ならば、なおさらのことだ。
「当たり前じゃないか! それで、悩みっていうのは……?」
安易な気持ちで訊き出すヨーゼンに、シード叔父さんは悩める人物の事情を語る。
「今、俺が住んでいる……、つまりはお前の故郷の村に、年が十九の女の子がいるんだ」
「女の子か……。色恋沙汰だと、ちょっと苦手だなぁ」
「それは心配ない。問題は、その子の持病なんだが……」
「持病? 魔法薬学についてかな……」
ヨーゼンの目が本棚に向いた。過去に読み古した、幾つも並ぶ薬学の本を一瞥する。
彼の学生時代の専攻は、魔法薬学と呼ばれる医学のカテゴリーであった。
簡潔に説明するならば、薬草の効能を魔法術によって調整する学問である。いかにして薬草の効能である主作用を高めて、副作用を抑えるかを研究するのがヨーゼンのテーマだったが、
「違うんだ。病気自体は、良化している。日常生活もおおよそ問題はない。ただ、その歳まで病気がちだったものだから、あまり世間というものを知らない。本人に働く意思はあるんだが、やっぱり身体は強くないし、万一のことを考えると雇い主も煙たがるだろう。それに山から出て人の多い町に憧れているらしいが、両親は村に仕事があるし、見知らぬ土地に娘を送り出すのは心配だ」
「なるほどね……。色々な条件で縛られていて、就職が難しいんだね」
「そうなんだよ、可哀そうな娘だろう?」
「うん……。だけど、町で働きたいっていうのは贅沢じゃないかな。たとえ病気じゃなくても、妥協しなくちゃいけない部分は出て来ると思うよ」
――なにを偉そうに。
ヨーゼンも自分のことを棚に上げて言っているのは重々理解していたが、今日のシード叔父さんは意外な反応ばかりを見せた。
「良いこと言うなぁ、ヨーゼン。その通りだよ!」
「えっ、いや、うん。そうでしょ?」
「そうだよ! みんな好きなことばっかりやって生きてはいけないんだ! どこかで苦手なこともしないとならないし、妥協もしなければならない。譲れないものなんて、たった一つ胸に決めて生きていけばいい! ヨーゼン! お前の譲れないものはなんだ!?」
唐突に訊ねられて、ヨーゼンは慌てて返した。
「ゆっ、譲れないもの? なんだろう……。叔父さんに貰ったこの店を続けていくことかな。商売は変わっちゃったけどさ」
「いいんだ、いいんだ! 俺の長年愛した本屋が変わってしまうことも、また妥協だ! 俺が譲れないものは、お前の幸せだけでいい! それだけを願っている!」
シード叔父さんが近寄って来て、ヨーゼンの背中をばんばんと叩いた。
なにか変な熱は感じていた。ただ、久しぶりに会った親類である。喜びが溢れて、舞い上がっているのかもしれないと結論付けてしまった。
「ありがとう、叔父さん。滅多に客は来ないけど……その娘のために頑張るよ」
「そうか、そうか! じゃあ準備ができたら、その娘はまた五日後にこの店に送り届けるからな」
「わかった。俺もその間にできるだけ、身体が弱くても働けて、親御さんが安心できそうな仕事を探してみるからさ」
「頼んだぞ。可愛い甥っ子、ヨーゼンよ!」
シード叔父さんは陽気に店を出て行って、ヨーゼンは走って追いかけて町の外まで見送った。
その日は、平和な一日だった。
ヨーゼンの胸がざわめき出したのは、四日後に一通の手紙を受け取ってからである。
拝啓、ヨーゼン・フォーリュエ様。
これから長くお世話になります、ルフル・トータスと申します。
シードさんから、わたしの就職を快く引き受けてくださったと聞きました。
生まれつき病弱なわたしですが、ヨーゼン様はかの有名なサンラック魔法学校、魔法薬学科の御出身であると説明を受けて、両親も安心して送り出してくれました。
今まで働いた経験もありませんので、お役に立てるか不安もありますが、精一杯務めさせて頂きます。どうぞ宜しくお願い致します。――ルフル・トータス
ヨーゼンは初めこの手紙を受け取ったとき、思わず宛先を三回ほど確認してから、この町にヨーゼン・フォーリュエという人間が他にいないか調べてしまった。
結果は、いなかった。おそらく存在したとしても、シードという人間と知り合いで、サンラック魔法学校の魔法薬学出身の人間はいないだろう。
だとすれば、この手紙は間違いなくヨーゼンに宛てられたものになる。
「ワタシノ……シューショクヲ、ココロヨク、ヒキウケタ……」
おかしな訛りで手紙を読み上げるヨーゼンの頭には、まったくその内容が入って来ない。
シード叔父さんは、この娘になんと説明しているのだろうか。
このルフルという娘は、とんでもない勘違いをしているに違いない。
「いや……そんなわけない」
ヨーゼンは冷静に考えてみてから、シード叔父さんのおかしな様子を思い出した。
そもそも身体の弱い娘を、わざわざ西の山から就職の相談のためにやって来させるのは不都合極まりない。それならヨーゼンが手紙を届けて、情報だけを渡してやればいい。
ヨーゼン、シード叔父さん、ルフルという女の子。
この三人のうちで誰か一人だけが大きな勘違いをしていると仮定するならば、それはヨーゼンに他ならないだろう。そして、二人を結び付けた人間によって謀られたというのが、一番真実に近いのではないかとヨーゼンは考えた。
ヨーゼンの生まれ故郷の村は、わずか百人にも人口が満たない小さな村である。
村の人はみんな知り合いだし、村が一つの家族だと言っても過言ではない。だからシード叔父さんが、その村に住んでいながら、ルフルとその両親を含めて認識が食い違っているということはありえない。
勘違いが起こるとすれば、ヨーゼンとシード叔父さんの間だけである。
そしてヨーゼンの考えでは、ヨーゼンは勘違いしていたが、シード叔父さんは勘違いしていない。
「やられた……。そういうことか……」
椅子に座っていなかったら、あやうく床に崩れ落ちていたことだろう。
ヨーゼンはすべてを理解して、読書も手につかず次の日を迎えていた。
「叔父さん……何が目的なんだ」
気がつけば、もう開店時間が間近に迫っていた。
シード叔父さんも悪い人ではない。家族のような集団である村の中で、今まで病弱だった一人の娘が町に憧れながら、就職先に困っているというのだ。そこに自分の甥でもある、しかも自分の店を譲り受けた、病にも詳しい人間がいれば斡旋するのは当然の流れではないか。
それもその人間が、偏屈であり、素直に事情を話しても首を縦に振りようがない性格ならば、多少なりとも策を巡らせても神様は怒ったりはしない。
――叔父さんも心苦しかっただろうな。
ヨーゼンは騙されたとは知りつつも、被害者だとは思わなかった。
むしろ自分が成熟した真っ当な人間であったならば、叔父さんの余計な手間を省けたはずだ。
ただし、叔父さんを許すこととルフルを受け入れることは別の話である。ヨーゼンには人を雇う度量など無いし、あの店に仕事らしい仕事などありはしない。一人でも暇をしているのだ。
ルフルという娘のためにも、断固として断らなければならない。
ヨーゼンが決意してベンチから立ち上がったところで、タイミングが悪いことに、向こうから歩いて来たシード叔父さんに出くわしてしまった。
シード叔父さんの隣には、見たことのない女の子が歩いている。
「叔父さん……早いんだね……」
出鼻を挫かれたように、ヨーゼンの声には力がなくなっていた。
「ルフルが開店から働きたいというものだからな。実は昨日から宿に泊まっていた」
「はは……。すごいやる気だ……」
ヨーゼンがちらりとルフルに目をやると、笑顔で小さく会釈された。
その薄茶色の双眸は、明るい未来を信じて疑わないようにキラキラと輝いていた。
今まで病弱だったせいか、生まれつきなのか。容姿はまだあどけなさを残しながら、瞳と同じ色の髪をバレッタで後ろに纏めていて、実際の年齢よりも幼く見えた。
この無垢な笑顔の女の子に対して、西の山に帰れと言える人間が果たして何人いるのだろうか。
冷や汗をかいて言葉を継げないヨーゼンに、シード叔父さんがにこやかに間を取り持つ。
「ルフル……。この子が普段から俺が話していた、甥っ子のヨーゼンだ」
「今日からお世話になります、ルフル・トータスです! よ……よろしくお願いします!」
「………………………よろしく」
顔中の筋肉を使って、笑顔を作るので精一杯だった。
ルフルは挨拶をすると、シード叔父さんに促されて同じ通りに見える郵便屋に駆けて行った。
なんでも運びきれなかった荷物を受け取るのと、村にいる両親に無事に辿り着いたことを知らせる手紙を届けるらしいが、そんなことはどうでもいい。
「叔父さん……。どういうことだよ」
二人になった隙を見て、責めるわけでもなく、困惑したようにヨーゼンが話しかける。
「どうもこうも……働かせなきゃならないと思ったんだよ」
「それは分かるよ! だけど、他にだって選択肢はあったろう?」
「ないな。村であの娘と出会って、俺はこれが一番良いと思った」
「よくないよ! 未だに二人しか客が来ない店で、あの娘になにをさせるっていうのさ! 商売ごっこをさせて甘やかすなら、それこそあの娘のためにならないじゃないか!」
「甘やかす……? それなら、心配しなくていい。甘やかされて、甘えるような娘じゃない。店のことも話してある。勧めたのは俺でも、決めたのは本人だ」
「だからっ……だからさ! 叔父さんがあの店を勧めること自体が、賢明な判断じゃないよ。ただの身内贔屓じゃないか。叔父さんらしくもない」
「俺……らしさ、か」
シード叔父さんは、含みのある言い方をしてから、
「長い人生だ。誘惑に負けたことも、物事を妥協したことも数えきれない。そんな曖昧な道のなかで俺らしさとは何か答えるなら、それは譲ってきたものではなく譲れなかったものだろうな」
――いいんだ、いいんだ! 俺の長年愛した本屋が変わってしまうことも、また妥協だ! 俺が譲れないものは、お前の幸せだけでいい! それだけを願っている!
シード叔父さんは冗談っぽく言っていたものだったが、その言葉に心が宿っていることはヨーゼンが一番よく知っている。
叔父さんはいつだって、誰かのために生きているのだ。
ヨーゼンには真似できない生き方だが、もし叔父さんに失望されるとするなら、冷淡な男としてではなく役立たずな男でありたかった。
「フゥー……。俺は反対したからね」
せめてもの言い訳しておいて、ヨーゼンは一人先に店へと向かった。
やがて用事を済ませたルフルが大きな荷物を抱えて戻って来た。
「お待たせしました! あれ……ヨーゼンさんは?」
「一足先に店を開けにいったよ。今日も店を開けるんだ。俺も村に帰るとするよ」
「えっ、ゆっくりしていかれないんですか?」
「また今度、長い休暇でもあったら来よう」
「わたしも暮れの休みには帰ります。シードさん、色々とありがとうございました!」
ルフルは垂れた髪が地面につきそうになるほど深々と頭を下げる。
シード叔父さんは、ルフルが顔を上げるのを待ってから、
「ルフル。働くってのは大変なことだよ。君は今、高い理想を掲げて、希望に満ち溢れているかもしれない。ただ、これからは幾度も妥協を重ねて、人の波に流されないといけない」
「はいっ……。覚悟しているつもりです」
「そうか。でもね、それは悪いことばかりじゃない。きっと本当に大事な物が見えてくる」
またすぐに会うかのように、あっさりと手を振って別れた。
まるで太陽通りを懐かしみながら歩くように、ゆっくりとした足取りだった。ルフルが見えなくなった辺りで小さな独り言を漏らす。
「ルフル、ヨーゼンを頼んだよ。俺は育ての親として、あの子を本当の意味で働かせないといけない。遠回りしてもいい。人より遅れてもいい。いつの日かあの子が本当の幸せに気づけるように、君にこの仕事を頼んだんだからね……」
シード叔父さんが町を離れる頃、今日もヨーゼンの店は開店した。