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50話 シトリン大商会


 グラシア侯爵の屋敷で一夜を過ごし、アレスと一緒に朝を迎えた。


 昨夜も例の如くアレスに愛をたっぷりと注がれて、穏やかな気持ちで目覚めることができた。朝食まで時間があったので、オークションが始まるまでどうしようかとアレスと話している。


「ずっとこのままふたりきりで過ごしたい」

「それは私もそうだけれど、それではここまで付き添ってくれるハイレット様に申し訳ないわ」

「……わかった。昼間は我慢するけど、夜は俺だけのロザリアでいて」


 アレスが夜空の瞳で私を見つめながら、珍しく甘えるように懇願された。


 羽織っただけのシャツから覗く逞しい胸板が否応なしに目に入る。そこから漏れ出る色香もあいまって威力が半端ない。


 そもそもアレスのお願いを断れる気がしない。私だって最愛の夫が喜ぶ顔を見たいのだから。


「わかったわ。夜は好きにしていいから、その代わり昼間は協力してね」

「へえ、好きにしていいのか? それは素晴らしいご褒美だ」


 そう言って、アレスは艶のある唇を私の左手の薬指に落とす。

 獲物を狙う目で「今夜が楽しみだ」と囁かれたから、朝から腰が砕けそうになった。


 ところが、朝食の席でハイレット様が予想外の提案をしてくれた。


「ロザリア様。こちらを見ていただけますか?」


 そっと差し出されたのはベルベッドの黒い小振りの巾着だ。中になにか入っているようで、丸く膨らんでいる。


 巾着を開いて中のものを取り出してみると、それは探し求めていた魔石イーグルアイだった。


「これは……しかもかなり高品質です。いえ、特級クラスのものね。このイーグルアイはどうされたのですか?」

「実はロザリア様のお力になりたくて、グラシア侯爵に無理を言って譲っていただいたのです。ですからどうぞお受け取りください」


 なんということだろう。あれほど警戒していたのに、ハイレット様はあっさりとふたつ目の素材を手に入れてくれた。


 セラフィーナ様が帝都に帰ったことといい、もしかしたら皇帝の命令で動いているだけなのかもしれない。それでも完全に警戒を解くわけにはいかないけれど。

 どちらにしても、これで残すはひとつとなった。


「ハイレット様、本当にありがとうございます。これであとはレッドベリルのみとなりました」

「ええ、そうですね。最初のお話では獣人の国ファステリアの商会をあたるということでしたね」

「はい、早速ですがこのままファステリアまで行こうと思います。ハイレット様には大変お世話になりました」


 帝国内ならまだしも、さすがに他国まではついてこないだろう。急なお別れになるが、これからアレスとふたり旅になると思ったら心が弾んだ。


「ロザリア様。ここまできたのですから、最後までお付き合いいたします。私もファステリアまで同行しますので、ご安心ください」

「……いえ、さすがにハイレット様は帝国の皇太子ですから、大切な御身を危険に晒すわけにはまいりません」


 ハイレット様が同行しても安心する要素は一ミリもない。なのに、なぜそんなに爽やかな笑顔を浮かべているのか。

 ニコニコと笑ったままで、まったく引く気がないようだ。


「ロザリア様、今こそブルリア帝国がラクテウス王国に友好であると示しましょう。私がこの身をもって、おふたりの旅路をともにいたします!」


 そう言われて断ったのなら、ラクテウス王国はブルリア帝国と友好関係を結ぶ気がないと受け取られかねない。つまり、私に断るという選択肢はないのだ。


「あ、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


 こうして素材探しの旅は、獣人の国ファステリア王国へと場を移したのだった。




 獣人の国ファステリア王国は、大陸の西側に位置している。

 グラシア領からは割と近いのだが、山を越えなければいけない。ファステリアまでの侵入を固く拒むように、連なる山がそびえ立っていた。


 私は以前に何度か来たことがあるけれど、アレスは初めてだと言っていた。

 山道は険しいものの、ファステリアまでの道のりは整備されている。山を越えるだけで二、三日掛かるそうで野営の準備もしっかり整えてきた。


 転移魔法が使えれば一瞬だったけれど、一度訪れた場所でないと使えない。転移の魔道具も侵略防止の観点から、国を跨いで使えないように設定されている。


 道中は休み休み進んできたけれど、概ね順調に進むことができた。

 ただ、アレスが夜間に私に結界を張ってから、何度か姿を消したことがあった。少し埃っぽくて草木の匂いがしたけれど「もう片付きました」と言って、なにも答えてくれない。


 もしかしたら魔物が近寄っていて討伐してくれたのかもしれない。私が怖がるのを懸念して、黙ってくれているのだと思った。


 途中もハイレット様の調子が悪いようだったけれど、なにをどう尋ねても「大丈夫だ」と言うばかりだったので、そのまま進むことにした。


 そうして無事に山を越えて、小さな街を経由してやっとファステリアの王都に到着した。


「ここがファステリアの王都ですか。初めてきました」

「ふふ、他の国とは少し街並みが違うでしょう? 獣人は身体能力に優れているから、これでもまったく問題なく移動できるのよ。私も初めて見た時は驚いたわ」


 獣人の並外れた身体能力は、文化の違いに大きな影響をもたらしている。


 獣人たちが暮らす家はツリーハウスになっていた。大きな木を基礎として使い、建物によっては部屋の中を太い幹が通っているものもある。


 家から家への移動はゆらゆらと揺れる吊り橋で繋がれていて、獣人たちはなんでもないように移動していた。


 王城は一段と立派なツリーハウスで五階建になっている。でも今回の目的は三つ目の素材であるレッドベリルだ。


 ファステリアで有名な大商会といえば、シトリン商会だろう。その名はアステル王国でも耳にしたことがあるくらい、世界的な規模の大商会だ。

 王都には本店もあるはずだから、そこを目指した。


 行き交う人々は、獣の耳とふさふさの尻尾を振りながら歩いている。獣人を見慣れないと耳や尻尾に目がいってしまうものだ。


「お嬢様、あまり雄の獣人は見ないでください。気持ちはわかりますが、私が嫉妬で耐えられなくなります」

「あ、ごめんなさい! あのもふもふの耳と尻尾に思わず目がいってしまって……」

「承知しております。ではこの後は私だけにしてください」

「ご、ごめんなさい……」


 アレスの激情がにじむ夜空の瞳に見つめられて、なにを浮かれていたのだろうと我に返った。


 単純に獣人の耳と尻尾に興味津々なだけで、アレスの嫉妬心を煽りたいわけではない。

 なにより嫉妬に駆られたアレスがどうなるか、散々刻みつけられているので下手なことはしないようにしている。


 そこで途中で獣人変身セットという大人気のお土産を購入して、三人とも獣の耳や尻尾をつけて移動することにした。

 これで他の獣人に目がいかないので、アレスが嫉妬することもないだろう。


 私はじっくりとアレスの獣人姿を堪能しながら、シトリン大商会の本店へと足を進めた。


 ハイレット様もなかなか似合っていて、恥ずかしそうに私たちの後についてきていた。山では調子が悪そうだったけれど、少し元気が出たみたいでひと安心だ。


 吊り橋を何個も渡り、木々の間を通り抜け目的の建物にやってきた。シルバーの看板には【シトリン商会】と書かれている。


 店の中には様々な商品が並び、三階建の建物はフロアごとに種類分けされていた。私は魔道具コーナーがある三階へ上った。


 魔道具コーナーはフロアの奥にあり、剣や鎧の間をすり抜けて素材が並ぶ棚までやってきた。ひと通り見たものの、目的の素材は見当たらない。

 そこへタイミングよく店員がやってきたので声をかけた。


「すみません、素材のレッドベリルを探しているのですが、こちらで取り扱いはありますか?」

「レッドベリル? お客さん、ずいぶんレアな素材を探して——」


 声をかけた獣人はマットブラウンの髪にグレーの瞳で、獣の耳はピンと尖っていた。ふさふさの尻尾も背中につきそうなくらい立っていて、なんとなく狼族のようだと感じた。


 顔立ちも整っているし、大きな体格で強そうだから獣人の間では大人気だろうなと思った。

 だけど、それならなぜここにいるのかと疑問がよぎる。


 疑問に気を取られていたら、店員にいきなり両肩を掴まれた。驚いて店員を見上げると神秘的なグレーの瞳が真っ直ぐに私を射貫く。


「お前、名前は!? 兎族か!? 番はいるのか!?」

「え? あの、どういうことでしょう?」


 わけがわからないし、立て続けに質問されても答える前に状況が知りたい。私の夫から放たれる冷気に目の前の店員は気が付いていないようだ。


「お前はオレの運命だ! オレの番になってくれ!!」

「——は?」


 アレスが地獄の底から聞こえてきたような声で、私の代わりに答えた。背後から尋常じゃない冷気が漂い、素材に霜が降りはじめた。

 このままでは大変なことになる。私は慌てて話題を変えようとした。


「あの、私からも質問させてください。貴方は狼族でしょうか?」

「うん? オレか、そうだが……そうか、そんなにオレのことが知りたいのか! よし、教えてやる! オレはこのシリトン商会の会長、クリフだ! ちなみに親父が王弟の第八子だから血統も間違いない! どうだ、オレの番になるか!?」


 そう、ファステリア王国の王族は狼族だ。

 そんな高貴な方がここにいると思わなかったし、アレスの嫉妬心を抑えるためにこの格好をしているのに、さらに最悪な事態になるとは思ってもみなかった。


 この瞬間、私は一秒でも早くラクテウスに戻ろうと決意した。




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