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47話 王太子妃の義務


 私たちはグラシア領へ行くために、ハイレット様が用意してくれた馬車に揺られていた。

 窓から流れる景色はすでに草原になっていて遠くに山が連なっているのが見える。道行く人たちが大きな荷物を抱え、乗合馬車や高級な装飾が施された馬車とすれ違っていった。


 グラシア領へ置く途中の街で、販路確保のためにひとりの貴族を紹介してもらうことになっている。今は夜会シーズンではないため、その貴族は領地にいるというのだ。


 長期間の移動でも身体が疲れないよう、クッション性の高い座席にアレスと並んで座っている。向かいには不機嫌なハイレット様と、やたらアレスに熱い視線を送るセラフィーナ様がいた。


「それにしても、ハイレット様がご紹介くださった素材屋のおかげでたくさんの情報を仕入れることができました。本当にありがとうございます」

「しかし、あの店主の態度はあまりにも無礼すぎる。私が帝都に戻ったら、しっかりを処罰を受けさせよう」

「そうですわ、この国の皇太子に向かってあの口の利き方はありませんわ!」


 ハイレット様を宥めて、あの素材屋の未来を守らなければいけないようだ。そもそも皇太子だと名乗ってもいないし、接客態度が悪いくらいで処罰していては民は安心して暮らせないだろう。


「ですが、今回のお手柄はやはりハイレット様です。私では帝都の外れにある素材屋など探すことができませんでした。ハイレット様があの素材屋を見つけてくれたから、次の行き先も決まったのです」

「うむ、確かにそうだな。私が最初の店であの無礼な素材屋を聞き出せたからよかったようなものだ」

「ええ、ハイレット様にはお世話になってばかりで恐縮です。オークションへの参加や販路確保の貴族のご紹介もありますし、あのような小さな店のことなど放っておきましょう」


 私はアステル王国で培った処世術を使って、ハイレット様を落ち着かせた。

 大陸の王族や皇族は気位が高いので、こういった対応をされると我慢ならないらしい。私がハイレット様を褒めているとアレスから冷気が漏れ出してきたけれど、この場ではどうにもできなくて馬車の中はひんやりとした空気に包まれた。


「そうだわ、アレス殿下。これから立ち寄るオースティン伯爵領では国花が有名ですの。その花が有名な国立公園もあるので、よかったら一緒に行きませんか?」

「それでは妻にも見せたいので、四人で行きましょう」

「え、あの、ロザリア妃殿下はお兄様と公務について大切なお話があるでしょう? ですからその間、アレス殿下が退屈されないようにご案内したいのですわ!」

「それでしたらお気遣い無用です。私はお嬢様の専属執事でもありますので、おそばでお仕えするのが役目ですから」

「そ……そうですか」


 セラフィーナ様の誘いは失敗に終わり、翡翠の瞳が私を睨みつける。

 私のせいではないと思うが、なにかに八つ当たりしたいのだろう。セラフィーナ様の尖った視線は受け流した。


 だけど……疲れるわ……!!

 私だってアレスに迫られたらいい気分ではないし……まあ、アレスがはっきり断ってくれるから、すぐに心は晴れるのだけれど。でも胸に溜まったモヤモヤが消えないし、どうしたらいいのかしら。


 チラリとアレスに視線を向けると、いつもと変わらぬ狂愛を孕んだ夜空の瞳で見つめてくれる。穏やかな微笑みはいつでも私を安心させてくれた。

 そんな風に見つめ合っていると、ハイレット様の横槍が入るのも定番になりつつあった。


「ロザリア様、オースティン伯爵領につきましたら、まずは販路についてご相談ください。条件の折り合いが悪い場合は私が間に入ります」

「ええ、お願いします」


 そんなストレスフルな旅路を進み、やっとオースティン伯爵領についたのは三日後のことだった。




「ハイレット皇太子殿下、セラフィーナ皇女殿下、ようこそいらっしゃいました。アレス王太子殿下とロザリア妃殿下におかれましては初めてお会いいたします。この伯爵領を治めておりますダニエル・オースティンと申します」


 初老のオースティン伯爵は快く私たちを迎え入れてくれた。

 紳士的な振る舞いで誠実そうなオースティン伯爵は、長旅で疲れただろうと個別に部屋を用意してくれたので、夕食まではゆっくりと休むことにした。


 馬車の中での精神的な疲労が半端なかった私は、ひとりの時間に心からホッとする。荷物の片付けなんて後にして、アレスの淹れてくれたお茶を飲みほしてベッドにダイブした。


「はあああ……つ、疲れたわ……っ!」


 この三日間、常に神経を張り詰めていた。ハイレット様が用意した途中の宿では、なぜか男女別の部屋になりセラフィーナ様からアレスのことを根掘り葉掘り聞かれて辟易していたのだ。


「やっと穏やかな時間が過ごせるのね……」


 よほど疲れ溜まっていたのか、強い眠気に襲われてそのまま意識は途切れてしまった。




「——ザリアは、必ず私のものにするのだ」


 誰かに呼ばれた気がした。左頬に触れる感触がなぜか気持ち悪く感じて、意識が覚醒していく。ゆっくりと瞳を開くと、目の前にいたのはハイレット様だった。


「え、ハイレット様?」

「……起きましたか」


 驚きに一気に目が覚める。

 私はベッドに横になっていて、ハイレット様はベッドの上で左の手と足をつき、右手は私の左頬へ伸びていた。今の気持ち悪い感触は……もしかして私に無断で触れていた?

 そう気付いた瞬間に、ゾワッと鳥肌が立つ。


「ハイレット様、これはどういう状況でしょうか? 私は鍵をかけていたはずですが」


 努めて冷静を装い、平和的な解決へ向けて言葉を選んだ。


「ああ、すみません。お声がけしても返答がなかったので心配になり、オースティンに言って鍵を借りたのです。ただ眠っているだけのようでよかった」

「それなら夫のアレスに頼むべき事柄です。なぜハイレット様が……とにかく、もう起きますからベッドから降りてください」

「嫌だと言ったら?」


 そう言って、ハイレット様は右手をベッドの上についた。

 予想外の返答に困惑してしまう。だって私はアレスと結婚しているのだ。そんなことはわかっているだろうに、ハイレット様がなにを言っているのかわからない。


「いいですか、ロザリア様。貴女がラクテウス王国のために尽力したいというなら、私の妻になるのが一番だと思いませんか? そうすれば皇太子妃として、ゆくゆくは皇后としてラクテウスに便宜を図れるでしょう」

「申し訳ないですが、まったく意味がわかりません。私の夫はアレス以外にありえません」

「ふむ、ですが今頃アレス様もセラフィーナと楽しい時間を過ごしていることでしょう」

「……なんですって?」


 パチッと音を立てて、心に黒い炎が静かに燃え上がる。


 私のアレスと誰が一緒にいるですって?

 アレスは私の唯一の伴侶だ。そのアレスが皇女と一緒にいると?


「ハイレット様、冗談なら笑えるものにしてください。竜人の番がどのようなものかご存じないのですか?」

「もちろん知っています。番という存在がいて、それは夫婦と同義だというのでしょう」

「ご存じならなぜ——」

「ですが貴女たちは王太子夫妻だ。一般的な夫婦とは存在意義が違う。あくまでも国のために尽力するお立場ではないのですか?」


 ハイレット様は、またしても王太子夫妻としての義務を説いてくる。そんなのは言われるまでもなく、真摯に取り組んでいることだ。いったいなにを言いたいのか、苛立ちが募る。


「私のすべてを尽くして国へ貢献しています」

「本当に? その心も身体も、この髪の毛一本に至るまで国へ尽くしていると?」

「もちろんです。アレスを支え、ラクテウスのために尽くすのが私の役目です」

「それなら尚更、ロザリア様は私の妻になり、セラフィーナがアレス様へ嫁げば両国の絆はより深いものになると思いませんか?」


 これが目的だったのか。

 新婚旅行だと言っているのに、無理やり旅についてきて、なにかにつけては私とアレスの間に入ってきたのは。すでに結婚している他国の王太子夫妻にこんな茶々入れをするとは思っていなくて、その発想がなかった。


 だけど、ハイレット様はわかっていない。

 竜人のことも、番のことも、なにひとつわかっていない。


「ハイレット様、竜人の番に対する想いは、想像を超えるほど一途なのです。ですから今おっしゃったことは実現することはありませんわ」

「実現するかどうか、試してみないとわからないでしょう?」


 ダメだ、話にならない。これ以上この話をしても無駄だと、私は強引に起き上がりハイレット様の腕の中から脱出した。本気で私を捕えるつもりがなかったのか、あっさりと抜け出せたのでアレスの魔力を感知する。

 アレスは案内された部屋の中にいるようだった。


「ハイレット様、着替えをしますので外していただけますか?」

「それは失礼いたしました。ではロザリア様、ラクテウス王国のためによく考えてください」


 そう言い残してハイレット様は部屋を後にした。

 私は胸騒ぎを抑えてアレスの客室へと急いだ。




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