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46話 これはお役目です


「次はもう少し専門的な店舗をご案内します。こちらならレア物もあるはずです」

「承知しました。お手間をおかけして申し訳ありません」

「いえ、ロザリア様のためでしたら、これくらいどうということはありません」


 そう言ってハイレット様は穏やかに微笑んだ。


 ただし、少々距離感がおかしいと思う。私の右隣にはハイレット様の腕が触れ合うくらいの距離にいて、左隣にはアレスが同じくらいの距離にいる。さらにアレスを挟んでその隣にはセラフィーナ様がいるから、四人並んで歩いているのだ。


「あの、いくら道が広いとはいえ、四人で並んで歩くのは他の方にご迷惑ではないでしょうか?」

「そうですね。それでは私はロザリア様との約束で話したいこともありますし、アレス様はセラフィーナと街を楽しんでください」


 アレスを見ると、感情のこもっていない眼差しで微笑みを浮かべていた。私の気持ちを汲んで、今は公務の時間だと割り切ってくれたようだ。

 先ほどは動揺してしまったけれど、この後はしっかりと王太子妃としてお役目を果たさなければならない。アレスに心配されないように、しっかりと感情のコントロールをしていくのだ。


「せっかくだからアレスはセラフィーナ様から販路に影響力のある方のお話を聞いてくれる? セラフィーナ様、お願いできますか?」

「ええ、お任せください! わたくしがアレス殿下にじっくりとご説明いたしますわ!」


 せめて公務に関する話をしてほしくてセラフィーナ様に頼むと、思いのほか快く応じてくれた。もしかしたら馴れ馴れしいだけで、心根は素直な方なのかもしれない。


「ロザリア様は帝都で素材を探す予定だったのですか?」

「ええ、まずは物が集まる帝都で探して、なければ周辺の主要都市も回るつもりでした」

「なるほど。では帝都で見つからなければ、次の街へ向かう途中でひとり目の貴族をご紹介しましょう。昨夜のうちに私から手紙を送り話は通してあります」


 ハイレット様はすでに準備を進めていたようで、今後の予定もすんなり決まっていく。

 これなら素材さえ見つかってしまえば、早く新婚旅行に戻れそうだと思った。ずっとラクテウスにこもっていたから、外交の感覚が少し衰えてしまっていたのかもしれない。

 勘を取り戻すためにも、いい機会だと私は気持ちを切り替えた。




 次の帝都の外れにある、ラベンダー色の屋根が特徴的な一軒家に訪れた。

 蔦が建物の壁をびっしりと覆っていて、焦茶色の扉には『素材屋キララ』のプレートが掛けられている。扉には鍵がかかっておらず、「キィッ」開くと悲鳴のような音を立てた。


 中に入ると、天井から吊り下げられた草花や、棚に並べられたさまざまな素材が目に入ってくる。魔物の角や牙、毛皮から木材や魔石まで揃っている。多種多様な品揃えに期待が高まった。


「なんだ、客か。なにを探してる?」


 私たちは店の奥へ足を進めると、カウンターにいた店主がぶっきらぼうに声を掛けてきた。

 その態度がよほど気に入らなかったのか、ハイレット様が声を荒げる。


「貴様、その態度はなんだ! 客に対して失礼だろう!」

「オレの態度が気に入らねえならとっとと出ていけ。お前らに売るもんはねえよ」

「なんだと!?」


 ハイレット様はますますヒートアップして店主を怒鳴りつけた。

 だけどこれだけの素材を取り扱うことができて、並べられている素材はどれも最適な状態だ。これほどの伝手と知識があり、保管するための手間を惜しまない店主はとても貴重なのだ。


 確かに店主の態度は接客向けではないけれど、敬意を払うべき相手なのはわかる。

 私はハイレット様に代わり、店主に話かけた。


「申し訳ありません。私たちはただ素材を探しているのです。ここまで素材を揃えられる人脈と、あらゆる素材の知識を持ち的確に管理できる方を他に知りません。どうかお力を貸していただけませんか?」

「……ふん、少しは話ができそうだな。あんたになら素材を売ってやる」

「ありがとうございます!」


 ハイレット様はポカンとしていたけれど、次第に真っ赤になって店から出ていってしまった。アレスがセラフィーナ様になにか囁くと、慌ててハイレット様を追いかけていく。

 アレスは私に黒い笑顔を向けて、こう言った。


「私は家族を大切にできる方が好きなのですと言っただけですよ。なにも嘘はついておりません」

「まあ、そうだったの」

「兄ちゃんは食えねえ奴だな。面白え夫婦だ」

「え、私たちが夫婦だと気付いていたのですか?」

「だって揃いの指輪をつけてるじゃねえか」


 そうだった。帝国での風習を真似て、互いの瞳の色の指輪をつけていたのだ。この指輪があれば私とアレスが夫婦だと、帝国の民は理解してくれる。どこかホッとして素材の話を切り出した。


「それで……私たちが探している素材なのですが、アクアクォーツ、イーグルアイ、レッドベリルです。こちらにありますか?」

「そんなレアもんばっかり、いったいなにに使うんだ?」


 そう言いながらも、ゴソゴソとカウンターの後ろの棚に手を入れている。


「魔道具の開発をしているのですが、この三種と後は相性を見ながら他にもあれば購入したいと考えています」

「ああ、なるほどな。それならこれも見ていけ」


 店主が持ってきたのは、アクアクォーツと少し変わった魔石だった。


「まずは、これがお探しのアクアクォーツだ。こっちはファントムクォーツと言ってな、このふたつを組み合わせると効果が強くなる」

「これは……すごくグレードの高い物ですね! ファントムクォーツは初めて見ます。産地はどこなのですか?」

「さすがわかってるな。アクアクォーツは特級品だ。ファントムクォーツの産地は獣人の国ファステリアだ」


 ファスステリア王国——それはブルリア帝国とアステル王国の西に位置する獣人の国だ。国土の七割が山岳地帯で、山の中に街や城があり、彼らの身体能力がなければ発展するのが難しい地形で繁栄してきた。


 獣人とは獣の耳と尻尾を持ち、魔力は少ないけれどその分身体能力が抜群に高い種族だ。アステル王国ではあまり見かけることがなかったけれど、帝国ではよく見かけている。

 狼や虎、兎、犬、猫などさまざまな種族がいる。耳と尻尾がついている以外、見た目は人間と変わらない。


「ファステリアですね、ありがとうございます。他の素材はやはりこちらには置いてませんか?」

「ああ、悪いな。今用意できるのはこれだけだ。取り寄せもできるが、そうだな……二カ月くらいかかるがどうする?」


 二カ月と聞いて、笑顔が引きつった。

 無理だ、この状態が二カ月も続くのは無理だ。時間の問題ではなく、私とアレスの間にあのふたりが入った状態で二カ月も耐えられない。いくら私でもきっと暴走してしまう。


「二カ月ですか……少し急いでまして、他に早い方法はありますか?」

「ああ、それなら自分たちで探しにいく方が早いな。素材が手に入る場所は知ってるか?」

「では探しにいきます! 情報料ならお支払いしますので教えていただけませんか!?」


 自ら行けるのなら喜んで探しにいく。情報も大切な資産のひとつだから、店主の機嫌を損ねないよう丁重にお願いした。


「ハハッ! お前さんたちは気に入ったから、そんなもん必要ねえよ」

「ありがとうございます。教えていただければ、自分たちで交渉しますので大丈夫です。どこにいけば探せますか?」

「まず、イーグルアイはここから西にあるグラシア領の鉱山で採掘されている。だけどそこを管理する貴族がケチな野郎で、オークションにしか出さねえんだ。出荷も制限しているみたいで、ただでさえレア素材なのに余計手に入らなくなっている」


 なるほど、商品価値を限界まで高めて売っているということだ。帝国の貴族が運営するオークションなら、ハイレット様に頼めばなんとかなりそうだ。

 ただ、もともとレア素材で価格が高いものなのに、オークションとなるといくらまで値が上がるのか予測できない。場合によってはかなりの金額になるのだ。 


「そうですか……オークションだと高額になりますね」

「お嬢様、金額でしたらなにも心配いりません。いくらでもかまいませんので落札してください」

「へえ、兄ちゃん太っ腹だな!」

「愛しい妻のためなら当然です」


 ここでアレスがしれっと愛情表現を入れてくる。店主に言った『愛しい妻』という言葉が嬉しくもあり恥ずかしくもあり、私の顔が赤くなっているのを無視して次の質問に移った。


「それで、もうひとつのレッドベリルはどちらにありますか?」

「あー、レッドベリルはさっき話した獣人の国ファステリアで採掘されるが、これは単純に希少なもんだから帝国まで出回ることがほとんどねえんだ。ファステリアのでっかい商会じゃねえと、難しいかもしれんなあ」

「ファステリア王国ですね……わかりました。なんとかしてみます。いろいろと教えていただきありがとうございました」

「いいって! あんたらが欲しいもんは取り寄せてやるから、いつでも言いな」


 店主はそう笑いながら言ってくれた。

 他にも効果増幅のおすすめの素材を購入して、一緒に包んでもらう。そして私とアレスは次の目的地、グラシア領を目指して素材屋を後にした。




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