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45話 旅の始まり


「お嬢様、準備はできましたか?」

「ええ、大丈夫よ。でも本当にハイレット様は旅についてくるのかしら?」


 翌朝、高級ホテルのスイートルームで旅の準備を終えた私たちは、深いため息をついた。アレスの貴重な王太子モードはパーティーとともに終わり、いつもの専属執事に戻っている。


 これから旅に出るので、私は素材集めの時のようにモスグリーンのローブと黒のパンツにショートブーツを合わせている。念のために『魔銃』も装備した。アレスは漆黒の燕尾服を着て、ビシッと隙のない出立ちだ。


 ブルリア帝国の建国記念パーティーでは確かに大きな収穫があった。皇太子のハイレット様から魔道具販売の販路確保の協力を取り付けたられたからだ。


 しかしその一方で、素材探しの旅まで案内すると言い出してきたのだ。

 これは新婚旅行も兼ねているから、できればアレスとふたりきりで回りたい。断る暇なくハイレット様がバルコニーから出ていってしまい、その後、姿を見なかったので断ることができなかった。


「やっぱりふたりきりがいいわよね……もし今日の旅にハイレット様が現れたら、はっきりお断りしましょう。きっと新婚旅行だとご存じないから、よかれと思って申し出てくれたのよ」

「そうだといいのですが」


 アレスは納得していない様子だったけれど、チェックアウトの時間も近づいてきたのでホテルから出発することにした。

 フロントに鍵を返して、いざホテルを出ようと振り返ると、そこに旅支度を整えたハイレット様とセラフィーナ様まで立っていた。

 思わずアレスと顔を見合わせてしまう。


「ロザリア様! おはようございます。お約束通りロザリア様の望みを叶えにやってまいりました」


 私はアレスとふたりきりの旅に出るため、申し訳ないがハイレット様のご厚意を丁重に断ることにした。

 ハイレット様が私に話しかけた隙に、セラフィーナ様がアレスに嬉しそうに近寄るのを横目でちらりと見る。


「おはようございます、アレス殿下! 昨夜は本当に素敵できしたわ! 今日は……使用人のような格好ですけれど、これが旅の衣装なのですか?」

「いえ、私はもともとお嬢様の専属執事でしたので、これが通常スタイルです」

「えっ! ロザリア妃殿下はアレス殿下を使用人のように扱っていたの!?」

「違います。私が強く希望して専属執事になったのです」


 アレスは淡々と表情も変えずに応対している。ここは夫を信頼して、私もハイレット様に話しはじめた。


「ハイレット様、私たちの素材集めについてのご厚意はありがたいのですが、実は今回の旅は新婚旅行も兼ねているのです。ですから申し訳ないのですが、販路確保の件だけお願いできないでしょうか?」

「そうでしたか、ですがお気になさらないでください。お探しの素材が揃い、該当の貴族を紹介しましたら、私たちも皇城に戻りますので」


 はっきりと新婚旅行だと言ったのに、ハイレット様が引いてくれない。困った私はさらに懸念を伝えることにした。

 旅先でなにかあっては取り返しがつかない。


「ですが帝国の皇太子殿下と皇女様となれば、身の安全が最優先ですわ。警備の問題もあると思いますし、皇帝陛下がお許しにならないのでは?」

「その点はご心配なく。私も腕に覚えがありますし、陰ながら護衛はついてまいります。なりよりも竜人であるアレス様もいらっしゃいますから、安心ではないですか」


 確かに危険が及びそうなら、アレスが守ってくれると思うけれど。だからといって、この状況で当てにされるのも違うような気がする。こういうタイプの方には、はっきりお断りしようと言葉を続けた。


「いえ。そうではなく、これは私とアレスの新婚旅行も兼ねているのでご遠慮いただきたいのです」

「ロザリア様、これは両国の友好を深める交流でもあるのです。友好関係があるからこその販路確保の約束ですし、王太子夫妻であればプライベートよりも公務を優先すべきなのでは?」


 ハイレット様はこれが公務だと言い切った。そう言われてしまうと、せっかく昨夜のパーティーで踊りたくもない相手とダンスをしてまで確約をもらった、販路確保の話も進まなくなる恐れがある。


 というか、これは旅に同行させなければ販路確保はしないと言っているようなものだ。そうまでしてラクテウス王国の後ろ盾がほしいのだろうか。

 だとしたら帝国は野心が強すぎるようだから、今後の動きには注意しなければならない。


 アレスに視線を向けると、私の方を見ていてセラフィーナ様については完全にスルーしていた。バチっとアレスと視線が合い、目だけで会話する。


(このままでは、販路拡大が怪しくなるわ)

(まったく迷惑な兄妹ですね)

(仕方ないから、このまま素材を探して貴族を紹介してもらうしかないわね)

(そうですね、さっさと終わらせて新婚旅行に切り替えましょう)


 ふうっと短く息を吐き出して、ハイレット様に私たちの意思を伝える。


「それでは、両国の友好を証明するためにもお言葉に甘えますわ」

「それはよかった! では早速出発しましょう!」


 ハイレット様の明るい声音とは反対に、私の心は重く沈んでいく。それでもラクテウス王国のためと、アルカイックスマイルを浮かべて出発した。




 今回探している素材は、どれもレア素材の中でも特に貴重なものだった。

 まずは番探しの魔道具を完成させるためのものだ。あまりに貴重な素材を使っては量産できないけれど、それはおいおい研究するつもりでいる。


「今回私が探しているのは、三つの素材です。アクアクォーツ、イーグルアイ、そしてレッドベリルです」

「どれも希少な魔石ですね」

「あまりにも採掘量が少なく市場に出回っているものを探すしかないので、帝都ならあるかと思ったのです」


 ハイレット様に探している素材について説明すると、帝都でも一番大きな魔道具を扱う専門店へ案内された。


 移動の間は説明もあったので私とハイレット様、アレスとセラフィーナ様の組み合わせで歩いている。

 ちらりと後ろを振り向くと、セラフィーナ様がやたらアレスと距離を縮めていた。ざわりと心が逆立ち、黒い感情が渦巻いていく。


「ロザリア様、店主と直接話しましょう。こちらへどうぞ」

「あ、はい……」


 今は公務の時間だ。新婚旅行はまだ始まってもいない。

 必死にそう考えて、暴走しそうな感情を抑えつけた。聞きたくないのに、甲高いセラフィーナ様の声が耳に届く。


「アレス様、この魔道具とっても綺麗ですね! まるでアレス様の瞳のようですわ」

「ありがとうございます」


 アレスの柔らかい声音に、心臓が潰れそうになった。これは公務だから、ラクテウス王国のために販路確保をするためだからと、何度も何度も心の中で呟く。

 それでも込み上げてくる感情は、醜い嫉妬の嵐だ。


 そんな風に他の女性(ひと)に優しく話しかけないで。

 アレスの隣に立つのは私だけなのに。

 優しくするのも微笑みを向けるのも、私だけにして——


「お嬢様、大丈夫ですか?」


 アレスの声が耳元で聞こえてハッとする。


「……ごめんなさい、大丈夫よ」

「大丈夫な顔色ではないですね。申し訳ありませんが、この店での素材探しはハイレット様とセラフィーナ様にお願いしてもよろしいですか?」


 どうしよう、アレスが私を見てくれるだけで嬉しい。

 そっと触れる指先が温かくて、たったこれだけで気持ちが落ち着く。


「いや、しかし魔石を探すのにはロザリア様がいないと……ここは私がロザリア様をお世話いたします」

「そうですわ、それが一番よろしいですわ!」


 ピリッと肌に刺すような魔力が、アレスからわずかに放たれる。ほんの一瞬のことで、ハイレット様もセラフィーナ様もまったく気が付いていない。


「ロザリアは俺の妻だ。妻の世話をするのに、俺以外の誰が適任だと言うのだ?」

「そ、それは、私だってロザリア様のお世話はできますし、素材探しもありますので……」

「そうよ、お兄様がロザリア妃殿下のお世話をしている間は、わたくしがアレス殿下をもてなしますわ!」

「わからないか。俺の唯一に触れるなと言っているんだ。それから、俺のもてなしも不要だ」


 静かだけれど否と言わせない覇気をまとい、アレスが帝国の皇太子と皇女を退けた。

 アレスの毅然とした態度に、震えるほど歓喜する。


 ハイレット様は渋々といった様子で、店の奥へと進んでいった。セラフィーナ様は私を睨みつけて、ハイレット様の後を追いかける。


「ロザリア、すまない。我慢できなかった」

「いいえ、アレスが私だけ見てくれて嬉しかったの……私こそ心が狭くてごめんなさい」

「へえ、そんなに嫉妬してくれたのか?」


 アレスが獲物を狙う目で、私を捕える。夜空の瞳の奥には私以上の狂愛が満ちていた。


「だって、私にとってアレスは最愛だもの。当然でしょう」

「……ここが出先でなければ、ドロドロに溶かして甘やかしたのに」


 そう言って、私の髪を掬い上げて唇を落とした。

 アレスの激情と色気に当てられて、腰が砕けそうになる。


「おや、お嬢様。大丈夫ですか? 少しふらついているようですが」


 力が抜けそうになってなんとか踏ん張ったけど、すぐにアレスの逞しい腕に支えられた。

 アレスの右手が腰に回され、抱きしめられたようになっている。これではただイチャついているカップルにしか見えない。


「あのね、さすがに出先でこんなにくっついたらダメだと思うの」

「なぜ? 私はただお嬢様を支えているだけですが?」


 これは完全にいつものアレスだ。しかも私を翻弄する時のタチの悪い執事の顔になっている。だけど私も離れたくないと思っているのだから、どうしようもない。

 そこへハイレット様とセラフィーナ様が戻ってきて、金切り声が店内に響いた。


「えっ! アレス殿下!? こ、こんなところで破廉恥ですわ!!」

「……っ! いくらご夫婦とはいえ、このような場で触れ合うのはやり過ぎではないですか?」

「も、申し訳ありません! 私がふらついたので、アレスは支えてくれただけなのです!」


 嘘はついていない。その後ちょっと離れ難かっただけで、間違ってはいない。


「それで、この店に素材はありましたか?」

「いや、それが今はないそうだ。入荷したら取り置きして、すぐに知らせをもらえるよう手配した」


 アレスが何食わぬ顔でさらりと話題を変えて、素材のことで話し合った。

 結局、ハイレット様が案内してくれた店ではどれも在庫がなく、次の店舗を目指すことにした。




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