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44話 惑わされない彼女(ハイレット視点)


 アレス・ラヴィ・ラクテウスはまったく邪魔な奴だ。

 せっかくいい雰囲気でロザリアとダンスを踊り終えたのに、あの男が現れて彼女の気持ちが逸れてしまった。もう少しで落とせそうだったというのに……。


 ただ、二曲続けてロザリアとダンスを踊ったから、周囲にもよいアピールになったはずだ。パートナーである婚約者のエルネスタはなにも言えないのか、ただ黙って俯いていた。

 こうなったら、バルコニーでロザリアとふたりきりになれるように手を回すしかない。


 私はバルコニーへロザリアたちを案内した後、飲み物を取ってくると言って一度会場に戻り父上に協力を頼んだ。

 少ししたらアレスだけ呼び出してもらうよう手配して、何食わぬ顔でバルコニーへ戻る。


「お待たせいたしました。おふたりともワインでよろしいですか?」

「ええ、もちろんです。ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 アレスは先にワインに口をつけて、ロザリアに渡したものと交換した。まるで私が薬でも仕込んでいるかのような行動に怒りが湧き上がる。


「アレス様は心配性なのですね。私が毒でも入れたと疑っているのですか?」

「いえ、失礼いたしました。私は普段、妻の専属執事をしていますので、その習慣が出てしまいました」

「は? あ、いや、専属執事ですか……?」

「はい、もともと専属執事でしたので」


 そんな男に私は負けたのか? いや、それなら私が求婚すれば、小国であるラクテウスの王太子などに負けることはないか。従僕ごときが夫だったとは予想外だったが、私の勝利は目の前にあるようだ。

 私は蔑みの視線を隠して、自分の顔を武器にロザリアへ微笑む。


「それは初耳でした。それでは早速ですが、ロザリア様の望みをお聞かせいただけますか?」

「ありがとうございます。それでは、私の希望としましては——」

「お楽しみのところ失礼いたします。こちらにアレス王太子殿下はいらっしゃいますか?」


 タイミングよく何者かがバルコニーにいる私たちに声をかけてきた。


「いったいなんだ。これから大切な話があるのだが」


 父上の支援だと気付いた私は、邪魔をするなというように返事をする。姿を現したのは、焦った様子のアステル王国の国王クライブだった。


「大変申し訳ございません。少々困ったことになっておりまして、アレス王太子殿下をお借りしたいのですが、どうかご一緒いただけませんでしょうか?」

「…………」

「アレス、私は大丈夫よ。クライブ国王が困っているならお助けしましょう」

「……ロザリアがそう言うなら」


 アレスは渋々といった様子でクライブ国王とともに会場へ戻っていった。

 さすが父上だ。うまくクライブ国王を使って、邪魔者を排除してくれた。これでゆっくりとロザリアを口説き落とせる。


「ロザリア様、このまま話を進めても?」

「そうですね、しばらく戻ってこなそうなのでお話だけさせていただきます」


 私は一歩、距離を縮めた。拳ひとつ分を開けて、ロザリアの隣に立ち手すりに身体を預ける。心地よい風が吹いて、自慢のプラチナブロンドを揺らしていった。

 ほんの少しだけ、感情を露わにして気持ちを伝える。


「やっとロザリア様との時間が作れました。ずっとお話がしたかったのです」

「そうですか。そんなに熱心にラクテウスとの友好をお考えただいていたのですね」

「……いえ、私は個人的にロザリア様と時間を共有したかったのですよ」

「まあ、なんてお仕事熱心なのでしょう。これは私も見習わないといけません。まだまだ努力が足りませんでした」


 なんだろう、どうも今までの女たちと反応が違うようだ。

 私が微笑んでふたりの時間を作りたかったといえば、だいたいの令嬢は頬を染めて恥じらうのだが……これはどういう反応だ?

 もしかしてお互いに相手がいるから、わざと遠慮しているのか? それならもう少しわかりやすく伝えてみるか。


「では、ロザリア様の望みをお聞かせいただけますか?」

「あの、本当にどのようなことでもよろしいのですか?」

「もちろんです。貴女の望みなら、どんなことでも叶えて見せましょう。その代わり——」


 ここで拳ひとつ分の距離も詰めて、恋情を隠さず不思議そうに私を見上げるロザリアを見つめる。


「もっと私のことを知って、私のことで心を埋め尽くしてほしいです」


 ここまで言えば、さすがに私の気持ちにも気が付くはずだ。そうすればいくら互いにパートナーがいたとしても、私の魅力に心奪われている女は反応を見せるはず。


「ふふっ、そんな言い方では独身のご令嬢は勘違いしてしまいますよ。心配しないでください。私もラクテウスに戻りましたら、ハイレット様が熱意を持って友好関係を結びたいようだったと竜王様に伝えます」

「え、あの、私はロザリア様の心を独占したいといっているのですが」

「ええ、ですから両国の友好関係を結ぶために、集中してほしいということですよね?」


 ダメだ。ロザリアにまるで伝わっていない。

 私の微笑みを見ても顔色ひとつ変えず、アルカイックスマイルを浮かべている。距離を縮めたつもりが、気が付いたら拳ふたつ分離れていた。

 なぜ、こんなにも魅力的な私に惹かれないのだ!? もっとストレートに伝えないとダメなのか!?


「ロザリア様、もし私が求婚したら受け入れてくれますよね?」

「え? 求婚ですか? ハイレット様、ご冗談にしては少々危険ですわ。もしアレスが耳にしたら大変なことになってしまいますよ」


 少し青ざめて真剣な表情でむしろ私を心配してくるロザリアに、やはり恋心のような甘い空気はない。

 いったいどういうことだ? ここまで私がアピールして、落ちなかった女はいなかったというのに!


 私は次になんと言葉と発すればいいのか、考えあぐねた。


「それではハイレット様、私の望みをお話てもよろしいでしょうか?」

「は……ええ、お願いします」


 そんなものどうでもよくなっていた私は、ぞんざいに返答する。

 しかしロザリアは瞳をキラキラさせながら、期待に満ちた表情で言葉を続けた。


「実は、帝国で魔道具の販売を推進したいと考えているのです。そこでハイレット様に担当窓口となっていただき、販路を確保したいと考えています。ご協力をお願いできますか?」

「…………」


 ロザリアのまったく色気のない提案に、即答できない。

 ラクテウス王国の魔道具販売など知ったことではないし、勝手にすればいいではないか。そんなことで皇太子である私の手を煩わせるなと、いつもなら鼻で笑って終わるところだ。


 だが、今はロザリアを妻に迎えるため、興味のあるふりをして関心を向けるようにしなければならない。面倒だが協力するふりをするしかなかった。


「販路の確保ですね。承知しました。私でできることであれば、なんなりと申しつけください」

「本当ですか! ハイレット様、ありがとうございます! 今日一番の収穫です!」


 そう言ってロザリアは花が咲くように笑った。


 いつからロザリアはこんな風に笑うようになったのだろう。以前から美しくはあったが、どこか隙のない硬い笑みだったように思う。

 どちらにしても私がこの笑顔を引き出したのだと思うと、自尊心が満たされた。


「ロザリア、待たせた。話は進んだか?」


 そこへ忌々しいアレスが戻ってきた。

 途端にロザリアの瞳に恋情の炎が灯り、私に見せることがなかった心からの笑顔を夫に向ける。私が引き出した笑顔など上部のものだったと思い知らされ、悔しさに奥歯を噛みしめた。


「アレス! ハイレット様が帝国での販路確保に協力してくれることになったわ! それで……クライブ国王の方は大丈夫だったの?」

「ああ、あちらはもう大丈夫だ。しっかり対処してきたから、もうあんな呼び出しもないだろう」

「そう、よかったわ。それなら素材探しの旅は明日にでも出発できそうね」


 ロザリアの口から初めて聞く情報が出てきた。素材探しの旅か……この情報は使えそうだ。


「ロザリア様は素材探しの旅に出られるのですか?」

「はい、新しい魔道具の開発のために必要なのです」

「ではそちらも私がご案内いたしましょう」

「え? いえ、大丈夫です。これは新こ——」

「いえ、ぜひ私にお任せください。素材を探しながら、販路の件についても有力な貴族をご紹介いたします」


 ロザリアは困ったような顔をしながらも口を閉ざし、アレスと視線を交わしている。

 この場でロザリアを落とせなかったのは痛いが、まだチャンスはある。この素材探しの旅を使って、ロザリアを私のものにするのだ。セラフィーナにも同行させれば、より大きなチャンスが生まれるだろう。


「それでは私の方でも準備がありますので、失礼します」


 私はロザリアの返事を待たずバルコニーを後にした。

 これからの計画を父上にも相談しないといけないし、必要なら貴族たちにも協力させよう。

 この私に惚れない女などいないのだ。ロザリアは必ず私の妻にしてやる——。




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