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23話 真実の愛の裏側(ウィルバート視点)


 王城の最上階に国王である父の執務室がある。

 騎士が守る階段を駆け上がり、廊下を右に曲がって突き当たりにある重厚な扉を勢いよく開けた。


「父上! ボクの側近をふたりとも不敬罪で捕らえるなど、どういうことですか!?」

「ウィルバートか、落ち着くのだ」

「落ち着いてなんていられません! どういうことか説明してください!!」


 ボクの来訪を予想していたのか、父も宰相も悠然とかまえていた。その態度がさらにボクの怒りに火を付ける。カッとなって反論しようとしたところで、母上の声が耳に届いた。


「ウィルバート、可哀想に……あんな女に騙されて」

「母上もいらっしゃったのならちょうどいい。一体なんのお話ですか? あんな女とはロザリアのことでしょうか?」

「違うわ! あのボニータとかいう男爵の娘よっ!」

「ボニータが? なぜボニータの話が出てくるのですか?」


 完全に頭に血が上っていたボクはまったく読めない話の内容に、さらに苛立ち怒鳴るように返した。

 山積みの政務は滞り、王立学院から支えてくれた側近たちは騎士に連れて行かれてしまった。状況が悪化するばかりでなんの解決策も見えない。


「私の間違いだったらどんなによかったことか……散々調べて間違いない事実だったの。心して聞きなさい」


 母上がようやく話の本題に入ろうとしている。ボクは無意識にゴクリと喉を鳴らした。


「あの女の腹にいるのはあなたの子ではないわ」


 だが聞こえてきた言葉は到底信じられないものだった。


「えっ……まさか、そんなはずがありません!」

「間違いないわ。診察した王宮医師にも確かめたの。月のものから計算すると、子を宿したのは碧月(あおつき)の二週目から三週目にかけてよ。あなたその時どこにいたか覚えている?」

「碧月………まさか、そんな。その頃は確か帝国との貿易契約の交渉で留守にして……」


 半年前の記憶を掘り起こしてみる。

 碧月の頭から一ヶ月ほど帝国に滞在していた。その前後ならたっぷりと愛し合ったのを覚えている。あの時にできたボクの子ではなかったのか? ボニータはそうボクに話していたのに……!


「そうね、私も確認したわ。ウィルバートが国を出たのが碧月の三日、戻ってきたのが翌月である翠怜(すいれい)の月になってからよ」

「まさか、まさか! 嘘だっ!」

「目を覚まさぬかっ!! 誰のものとも知れぬ子をお前の子として産むことなど許せるわけがなかろう!!」


 父上の一喝で我に返り取り乱しそうになるのをなんとか堪えた。このままではボニータは処刑されてしまう。それならハルクとゴードンは? 彼らはなぜ捕らえられたのだ?


「ハルクとゴードンはどうして……」

「あの女はあなたの側近とも関係を持っていたのよ! 本当に汚らわしいわ!!」


 鈍器で殴られたような衝撃に、目の前が真っ暗になる。

 不敬罪……主人の女と隠れて関係を持ったから、だから適用されたのか。不義密通としなかったのはボクの名誉のためか、王族の外聞が悪くなるからか? いつから? いつからボクは裏切り者たちに囲まれていたんだ?


「よいか! ファンク男爵家は王族を乗っ取ろうとした逆賊だ!! 取りつぶしの上公開処刑に処す!! 一族もろとも根絶やしだ!!」


 父上の絶叫に近い断罪は、思考を拒否したボクの頭には入ってこなかった。




     * * *




 ボクは父上の執務室を後にしたあと、おぼつかない足取りで自分の執務室へと戻ってきた。


 いつから?

 本当に?

 どうして?


 頭の中を回るのはそんなことばかりだ。とても政務などこなせないので、今日は全員下がらせた。シンとした執務室にはボクの深いため息だけがこぼれ落ちる。

 いつの間にか月明かりが部屋を照らしていた。灯りもつけずにいたことにようやく気がつく。


 あれから何時間経ったのだろう。

 今日一日ですべてを失ってしまった。友も側近も愛しい人も。すべてが幻だった。

 アイツらは何も知らないボクをどう思っていたのか。騙されていることにも気がつかない愚かな王子だと、裏で笑っていたのか。


 ポタリと落ちた雫が机を濡らしていく。でも、もうどうでもよかった。

 こんな愚かでくだらないボクなど王子として不適合だ。幸い出来は悪いが弟がいる。ボクがこのままダメになっても構わないだろう。


 そんな投げやりなこと考えていたら、不意に部屋が明るくなった。


「ウィルバート殿下」


 灯りをつけたのは宰相だった。

 父上の信頼に応える臣下に自分が余計にみじめに感じて目を背ける。


「ウィルバート殿下。こちらの報告書をお持ちしました。ボニータやハルク、ゴードンらの供述と決定した処分をまとめてあります」


 そっと執務机の上に分厚い書類の束が置かれた。こんな束になるほど何を語ったというのか。


「それでは、これをもって私は失礼いたします。今までお世話になりました」

「何……どういうことだ?」

「私はこの件の後片付けを最後に退任いたします。陛下には既に許可をいただいております」

「そう、か……今までご苦労であった」


 それは初耳だった。

 後任にはすでに引き継ぎも済んでいて、このまま領地で隠居生活をするということだった。父上も長年の側近をなくしたのだと考えたら少しだけ落ち着いていく。こんなみっともないのは自分だけじゃないと思えたからだ。


「ウィルバート殿下。最後に私からひとつ申し上げます」


 子供の頃からボクを知っている宰相は、真面目な顔で真っ直ぐに見つめてきた。


「よく思い出してください。ウィルバート殿下に真摯に向き合った方がおひとりだけいらっしゃいます。おわかりになりますか?」

「……そのような者はいないではないか」

「ロザリア様です。あの方だけが誠実に殿下に対応されておりました。私が信頼できたのはあの方だけでございます」

「はっ! ロザリアだと? アイツはいつも私をバカにしてきたではないか」


 最初に会った時からそうだった。さも自分は賢いというような態度だったんだ。冴えない格好のくせにツンとすまして、生意気そうな目でボクを見下していたんだ。

 そうだ、他の令嬢のようにボクにうっとりすることなく淡々としていたから、いつも劣等感を煽られていて直視できなかった。


「本当にそうですか? ロザリア様はそのようなことをおっしゃいましたか?」

「…………」

「殿下、これからはどうか信頼するべき相手を間違えないでください。本当に殿下に尽くしていた方がどなたなのか、よく考えてください」


 そう言って宰相は頭を下げて執務室から去っていった。

 残されたボクはうまく回らない頭でその言葉を噛みしめた。




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