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14話 専属執事の誘惑


「あ、もうちょっと右! うん、そこでいいわ!」

「では、ここで固定します」


 魔道具を使って壁に金具をつけていく。黒くシャープな線を描いたツタ状の金属には楕円形の鉄板がぶら下げられた。

 よく見かけるような店舗の軒先で揺れている看板だ。鉄板の縁もツタ模様で飾り彫りして、雑貨店のような雰囲気に仕上げた。 


『魔道具屋ロザリー オーダーも承ります』


 アレスの手を離れた黒い看板がゆらゆらと揺れている。

 ラクテウスの街に来てから一ヶ月で、やっと魔道具屋の開店に漕ぎ着けた。


「アレス、完成よ! ついに魔道具屋ロザリーの開店よ!」

「お嬢様、おめでとうございます。準備を頑張った甲斐がありましたね」


 一週間前には市場で買い物しながら、初回オーダー時には割引すると宣伝もしたから気合が入る。

 慰謝料はまだまだ残っているけれど、魔道具作成の材料費は高額なものもあるから商売が軌道に乗るまでは油断できない。


「ええ、これからガンガン稼ぐわっ!」

「あまり無理はしないでください」

「無理はしないけど、アレスに美味しいもの食べさせてあげたいのよ」

「お嬢様は本当に……ありがとうございます」


 アレスが頬をほんのり染めて見つめてくるのを余裕で受け止める。この一ヶ月で少しは免疫ができてきた。

 何より私は専属執事のアレスが食いっぱぐれないように、しっかりと稼がないといけないのだ。いくらアレスが稼いでくると言っても、そんなのは雇用者として容認できない。

 離縁もされて貴族籍も抜けたような状態ではあるけれど、矜持だけは失いたくなかった。


 そしてそれが私の新しい生きる目標になっている。


 性格的なものだと思うけど、庇護する対象があった方が頑張れるのかもしれない。私ひとりだったら、ここまでできてないと断言できる。


 魔道具を作り始めた動機もそうだ。

 屋敷のメイドがお湯が冷めたら沸かし直しに行っていたのを見て、お湯が冷めなければいいのにと思ったのがきっかけだ。

 ポットの温度を保つ魔道具を開発して使っていたら、父の目に止まったのだ。


 私の魔道具でみんなが楽になって、笑顔になるのが嬉しかった。私の大切な人たちに笑顔でいてほしかったのだ。

 私が作りたいのはそういう魔道具だったと、今更思い出した。


「お嬢様、しばらくは私が受付や雑務を担当致します。お嬢様は魔道具の作成に専念していただけますか?」

「そんなことまで頼んでいいの?」

「屋敷の管理と言っても二階部分だけですし、むしろ暇なくらいです。お越しいただくお客様のためにも、魔道具の種類は多い方がよろしいでしょう」


 アレスの言う通り、店頭に並べている魔道具はまだ五種類ほどで選べるというほど陳列できていない。それでも開店したのはオーダーも受注できるからだ。多少の融通はきくしオーダーメイドなら単価も高い。


「ありがとう。それならタイプの違うものを作っていくわ」

「当然のことです。愛しいお嬢様を笑顔にするために私は存在するのです」

「……っ、素材を取ってくるわ」


 突然の愛情表現で戸惑ったのを隠すように、素材庫へ向かった。簡素なブラウスに男性が履くようなスリムパンツを身につけ、長めの黒いエプロンが魔道具作成の定番スタイルだ。


 実家にいた時はよくこの格好で、お父様と魔道具について相談していたのが懐かしい。王太子妃になってからは設計ばかりだったし、こんな格好していたら淑女らしくないと笑い者になっていただろう。


 アステル王国を出てから、どんどん本来の自分らしさを取り戻していた。そんな私をアレスはただ微笑んで受け入れてくれる。


「しかも毎日愛を囁いてくるし……もう心臓が持たないわ……」

「そうですか、ではもっと愛を囁きましょう」


 突然耳元でアレスの艶のある声が聞こえてきてビクリと肩を震わせた。目の前の棚とアレスに挟まれて咄嗟に動けない。


「アッ、アレス!?」

「心臓が壊れるほどに愛を囁けば、私の妻になってくださいますか?」

「待って、その前に死んじゃうわっ!!」


 スルリと後ろから抱きしめられて、逃げることができない。耳元からゾワゾワとしたものが全身に広がって、首まで赤くなっているのがわかる。

 もう瀕死の状態であるといって過言ではなかった。


「ふむ、それは困りました。全っっっ然、伝え足りないのですが」

「嘘でしょ……」


 これ以上があるの!? これでもまだ足りないの!?


「お嬢様、どれだけ貴女だけを想ってきたとお思いですか? 少し理解していただいた方がよろしいでしょうか?」


 腕の力が緩んだので振り返れば、今度は両腕を棚について囲われる。心臓が耳元にあるのではないかというくらい、バクバクとうるさい。


「お嬢様だけをお慕いしてます。お許しをいただけるなら、すぐにでも私のものにしてしまいたい」


 甘く熱く愛を囁くアレスの唇が耳から首筋へと移動していった。触れるか触れないかのギリギリのところで吐息を感じる。頭の中はパニック寸前なのに、感覚だけが研ぎ澄まされていく。


「お嬢様、私の伴侶になってください」


 もう幾度目のプロポーズなのか。この一ヶ月で毎日毎日繰り返し囁かれてきた。時に甘く、時に情熱的に、時に穏やかに。


「返事はキスですよ?」


 狂愛を孕んだ夜空の瞳は扇情的で、鼻先が触れるほどの距離では熱を逃すことすらできない。

 クラクラする頭で考えられるのはこの熱から逃れたい。この夜空の瞳に囚われて————



 カランカラン。


「すみませーん、注文のお品を届けに来ましたー!」


 店舗の扉につけたベルの音にハッと我に返る。


 昨日頼んでおいた素材の配達だ。今、私何を考えた?

 あの熱に流されそうになって、危うくアレスにキスするところだった……!


「はい、今伺います」


 そう言って何もなかったような顔で、アレスが店舗の方へと出ていった。取り残された私は、深い深いため息を吐く。


「はぁぁぁ〜〜……危なかった……」


 ダメよ、ちゃんと自分の気持ちを確かめてからでないと。あの空気に流されたらダメなのよっ!!


「ちゃんと、しっかりして、稼がないと……!」


 そんな私の決意も虚しく、開店から二週間経ってもお客様はひとりも来なかった。




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