ファイアスープ
火山の発電所のエピソードです!
タカヒコ達は本来は落下傘兵用のハッチから魔槍に乗って中空に飛び出ると、進路を変え去ってゆく商会の航空機のコクピットに手を降った。
『ファイアスープシェルター』近くまで接近して高度を下げてしまうと、竜使い達が待ち構えていた場合、撃墜されるリスクが高い。その為にもう一息という所で降りなければならなかった。
「ちょっと着陸させてくれ。現地はまたヤバそうだから、シェルターに入る前に段取りを済ませたい」
「お前の槍は陰湿だからな」
「まぁなっ」
グラの言い様に若干カチンときたタカヒコ。
「そんなことないぞ? タカヒコ」
「そりゃどうもっ!」
「もぅっ」
フォローしてきた既に大人形態になっているアマガミを避けつつ、タカヒコは下方の礫砂漠に降下しだし、他の仲間達も続いた。
礫砂の地上に半球型の障壁を張り、その中で、タカヒコは業火の魔槍の笛を物悲しく奏でて宙に業火の魔法陣を発生させていた。
グラ、アマガミ、スモモ、ヴァルシャーベは朝陽の中に燃え上がる緑色の業火を見上げる。
タカヒコは陣から4つの大きな鬼火を造り出すと演奏を止め、笛形態から槍形態に変え、槍の穂先に4つの大鬼火を次々と吸収していった。すると、
ギギギギギギギッッッ!!!!!
魔槍が禍々しい、それ自体が1つの魔物であるかのような形に変わり出した。
「タカヒコっ!」
「先輩っ!」
アマガミとヴァルシャーベは慌てたが、グラとスモモは冷静に様子を見、当のタカヒコも落ち着いていた。
小さく強く息を吐き、蠢く魔槍に力を込める。槍は内側から引き締められるように穂先を震わし、業火と共に元の形に戻っていった。
「・・こんなもんか」
力を抜くタカヒコ。業火の魔法陣も消えた。
「西部で集めた竜と魔物どもの『命』、上手く使えよ?」
「ああ」
「タカヒコ、どれくらい持ちそう?」
「一戦、片を付けるのには十分だが、加減が利かない。とどめの段まで古時計の魔槍でやり過ごすしかないな」
グラとスモモに答えたタカヒコは槍を笛形態にして腰の後ろの鞘に戻した。
「ヴァルシャーベと組めば?」
「お? うやむやになってましたけど、バディ復活ですかぁ?」
何気なく言われたスモモの一言に食い付くヴァルシャーベ。
「いやっ、そこは私がっ!」
「じゃれるな。どの道ヴァル公が余るから、メインの槍を控えるタカヒコでいい」
対抗したアマガミを面倒そうに制するグラ。大人形態であることも忘れ頬を膨らませるアマガミ。
「発電所は速攻抑えられちまったようだが、ヴァル公はタカヒコがメインの槍に切り替えたら後方支援な。『鎖野郎』くらいになると、お前ぇが前衛じゃ即殺される」
配慮してくれてるらしいが、グラの口調のキツさに閉口するヴァルシャーベ。
「・・わっかりましたぁ。とにかくっ、詰めるところまではよろしくです! タカヒコ先輩」
「よろしくな、ヴァッシャ」
アマガミはかなり不機嫌になってしまったが、そこは一先ず目を瞑ることにしたタカヒコだった。
ファイアスープシェルターは近くにあるファイアスープ火山によるマグマ発電と、輸入されたバッテリーへの充電に特化したシェルター。
火山周辺は降雨が少なく、地熱発電ではない。
元々は失われつつある工学技術の継承と復興の為の研究設備と、定期的に近くの火山から出現する火属性の魔物や竜の監視、初期対処を行う非都市型のシェルターにすぎなかった。
しかし、20年程前の伯爵級竜による西部ターミナルシェルターの占拠による西部域全体の後退に伴い、発電力の低いシェルターへの大量のバッテリー出荷が求められるようになり、規模が急拡大していた。
「シェルターが大きくなった。と聞いていましたけど、都市化したというワケでもないんですね」
「全部工場じゃんね」
「合成食の完成度は文句無しだっ!」
タカヒコ達はファイアスープシェルターの中央管理局の上階にある上級局員食堂に来ていた。
時刻は午前7時半過ぎ。食堂は貸し切りだった。
朝から、西部ではやや珍しい極東域料理のメニューがあったので、タカヒコとスモモとヴァルシャーベは合成ライスボールセット、アマガミは合成ヤキトリセット、グラは合成スシセットを頼んでいた。
いずれも極東風の合成ゼリーがデザートとして付いている。
5人ともシェルターに着いてから手早くシャワーと洗濯を済ませており、身なりも小ざっぱりとして肌艶が良い。
存外、『すぐに戦闘』ということにはなっていなかった。
食堂の窓から街が見渡せた。4重の魔力障壁に囲まれた広大なシェルターは工場とその関連設備ばかりであった。
針ヶ原と違い、シェルター内はどこも襲われていなかったが、物々しい警備体制が取られ、時折サイレンが響いていた。
火山の発電設備は、深夜に子爵級らしい竜と魔物達によって攻め落とされた。既に大半の非戦闘員は近隣シェルターに避難している。
「お待たせしました」
ファイアスープシェルターの中央管理局局長の女が秘書と警備局の者達、それから初老の竜狩り商会の男と共に食堂に現れた。
「資料で見るより美人じゃん」
「どってことねーよ」
「八つ当たりしてない?」
「ああ?」
「後にしとけよ」
スモモとグラが喧嘩しかけている内に局長達が近くなったので諌めるタカヒコ。
さらに近付くと、タカヒコ達も席から立って迎えた。グラも気だるげながらも席から立ち上がりはした。
アマガミは立ったままヤキトリを食べていたのでスモモにヤキトリを取られて皿に戻された。
「ファイアスープシェルター管理局局長のユシャです」
「ここの商会長のナンドだ」
タカヒコ達は挨拶もそこそこに改めて現状確認を行った。
約20分後、火山ガス対策のゴーグル付きガスマスクを付けたタカヒコ達はシェルター近くにある『ファイアスープ火山発電所』への入り口近くまで来ていた。
徒歩用の登山道ではない、合成アスファルトが敷かれた車道であったが、あちこちに大破した通常車両や戦車等の戦闘車両が放棄されている。
火口から煙の上がる火山中腹に張り付くように作られた無謀な発電施設は、あちこちが燃え上がっていた。
「圧倒したのに籠城。ゴリゴリ待ち構えられてんな」
「こっから噴火に耐えられる障壁越しにシェルターを攻めたら戦力半減じゃ済まないからだろう」
「火山の環境の方が相当有利なんじゃない?」
「我々氷属性コンビの腕の見せ所ですっ!」
「それはそうだが、中に生存者がいたらと思うとな・・」
会話の流れを受けつつ、氷河の魔槍に超高圧の凍気を集めているアマガミ。
「発電所内の各観測機器ベースだと『全滅』だ。アマガミ、俺らも手段選べる程の戦力残ってねーからな?」
「わかってるよ・・」
「仮にいたとしても、増援が攻め昇ってくれば戦闘になる発電棟への最短ルートはなるべく避けるんじゃないか?」
「タカヒコ、それ『生存者が自由に動ける』のを前提にしてない?」
スモモの指摘に言葉に詰まるタカヒコ。
「・・そうだな。ただの方便だった。悪い、忘れてくれ、アマガミ」
「いいよ」
「やりましょうっ、アマガミ先輩っ!」
「・・ヴァッシャに言われなくたってっ!!」
アマガミは事前に念入りに確認しておいた発電棟までの最短ルートに、フルパワーだ氷河の魔槍を振るった。
ブォオオオオオーーーッッッ!!!!!
凄まじい凍気が放たれ、最短ルートとその周囲を氷漬けにし、扉や隔壁、瓦礫等も撃ち抜いていった。
大人形態が氷になって砕け散り、子供の姿になって膝を突くアマガミ。
マスクのサイズが合わなくなった為、近くにいたヴァルシャーベが慌てて付け直してやった。
「ふふっ、アマガミちゃん戻った」
面白がるスモモ。だったが、冷や汗をかいているアマガミにキッと睨まれてすぐに目を逸らした。
「ハァハァ・・これでルートは確保できたし、火災や爆発、ガスのリスクも減ったと思う。発電棟の爆発も直接ガス溜まりにブチ込まれない限りは大丈夫なはずだ」
「それは『有りき』で、いくらか力を温存していた方が良さそうだな」
「タカヒコの負担が大きい。ヴァル公、フォロー気張れっ」
「わっかりましたぁっ! バディですからっ」
「・・スモモっ!」
ヴァルシャーベのバディアピールにまたイラっとさせられつつ、アマガミは座り込んだまま、笛形態の『弧月の魔槍』をスモモに投げ渡した。
「私は付いてゆけないからお前が使え。凄くクセの強い槍で、前回と同じ手も相手方には通用しないだろうが、とても強い槍だ」
「わかった。まーた苦手なタイプだけど、使ってみるよっ」
スモモは『黒金の魔槍』用の鞘に笛形態の弧月の魔槍を納めた。
「アマガミ、ガス溜まりのこともある。その状態で半端に後を追ったりせず、もしも場外戦になった時の遠距離支援に備えておいてくれ」
「・・わかった」
アマガミは無念そうながら、了承した。
「俺らがサクっと片してきてやんぜ?」
「じゃ、先輩っ! 行ってきますねっ」
「任せとけっ」
「じゃ、頼んだぞ?」
「うん。タカヒコ、気を付けて」
「ああ」
なんだか置いていかれること自体が寂しくなってきたアマガミだったが、ヴァルシャーベの手前、涙目になることだけは全力で回避した。
タカヒコ達はそれぞれの魔槍に乗り、凍結した発電棟への最短ルートへと飛び込んでいった。
タカヒコ達が電源が落ち、凍結して砕けた壁や天井から差す日差し以外に明かりの無い施設内に入ると、飛アマガミの最大出力は凄まじく、最短ルート自体が1つの『筒』の形となったこともあって、騎士級竜未満の魔物達は全滅していた。
生存した一部の騎士級竜達も身動きが取れなくなっており、タカヒコ達に為す術無く狩られていった。
「・・お前ら、『凍結』に捲き込まれた生存者見付けても、いちいちアマガミに教えんなよ?」
グラが生き残りの騎士級竜の頭部を『砂塵の魔槍』で切断して風化させながら、不意に言い出した。
「わかってる」
「了解です」
「それ、中に入ってからずっと言おうと思ってたのかよ?」
スモモが意地悪く笑うので、グラは目を剥いた。
「うっせっ! スモモっ。松ぼっくりみたいな髪型しやがってっ」
「っ?! 松ぼっくりだぁっ?!」
スモモとグラが小競り合いしつつ、タカヒコ達は発電棟を目指した。
ルート上にいた多くの生き残りの騎士級竜を排除して進んでゆくと、殉職者慰霊ホールへ来た。
抽象化されたバッテリーを持つ貫頭衣をきた男女のモニュメントのある広間で、特にこの20年あまりの間に無理に無理を重ねた、マグマ発電拡大の代償で亡くなった職員達を悼んで造られた物だった。
その全てが氷漬けになっていたが、合わせて蟹と巨人の中間のような異様な機械が2体氷漬けになっていた。
「『廃機人』ベースの魔物か」
「まだ生きてるに棒状糧食5本賭けていいぜ?」
「グラ、それ賭けになってなくない?」
「私の槍と相性悪そうです・・」
「ま、いいや。先手必勝っ!! どぉおおりゃっ!!!」
黒金の魔槍に乗るスモモは、弧月の魔槍を氷漬けの蟹巨人型廃機人の1体に振るった。
氷ごと、胴体が三日月状に大きく抉れ、抉られた部位はその後方の空間に出現した。
抉られた蟹巨人型廃機人と抉られた部位は放電し、派手に爆発した。
「危なっ!」
足で器用に黒金の魔槍を回転させて盾にして防ぐが後方に飛ばされるスモモ。
この爆発に残る1体も氷を割り、再起動した。
背のミサイル缶からミサイルを乱射しなごら大型の回転ノコギリの腕でタカヒコ達に斬り掛かる蟹巨人型廃機人。
ミサイルはグラが風で捲き込んで逸らして壁に激突、爆破させて完封し、回転ノコギリはヴァルシャーベがノコギリの腹の部分に尖った雪塊を落として軌道をズラした。
タカヒコは古時計の魔槍で『加速』し、ノコギリの腕の付け根を斬り付け、損傷部位を錆び果てさせて千切り落とした。
「機械だと錆びるのか」
自分でやっておいて少し驚くタカヒコ。
そのタカヒコに、蟹巨人型廃機人は肩口のカバーを外して出した射出口から放った『電磁ネット』を放ってきた。
グラはまだミサイルに対応しており、スモモは戻ってきている途中だった。
「っ!」
タカヒコが対処する前にヴァルシャーベがタカヒコの前に雪だるま怪人2体を出現させて変わりに電磁ネットに捕獲させた。
感電して蒸発させられる雪だるま怪人2体。
「ヴァッシャ、助かったっ!」
「はいっ!」
タカヒコは蟹巨人型廃機人がもう1つの腕のハサミを開けて露出させた大砲のような口径のガトリングガンの追撃を避けながら礼を言い、見切った胸部のコアに向けて再加速し、古時計の魔槍を深々と打ち込んだ。
「っ?!」
ガクガクと身体を震わせ、蟹巨人型廃機人へ錆びて崩壊していった。
「氷ってなかったら面倒だったかもね」
「まず遠距離カマされっからなっ」
「どうですタカヒコ先輩っ! 私のサポート力っ」
「うん」
無事撃退したタカヒコ達は、モニュメントも崩れた殉職者慰霊ホールを後にした。
・・僅かに電源が生きてるらしい発電棟のタービン管理フロアの手前まで来たタカヒコ達。アマガミの凍気の到達点でもあった。
「いるな。この闇の気配、竜使いもいる」
「あくまでタービン管理フロアに居座ってるってことはボンっ! とやる気だろうよ」
「ヴァルシャーベ、そん時は雪でガード頼めっか? 自分とタカヒコは厚めで」
「やってみます・・」
「頼むぜ? ヴァッシャ」
「はいっ」
「ヴァル公がショボいと俺ら全滅かもなぁ? ヒヒっ」
「『圧』掛けんのやめて下さいっ?!」
「よし・・行こうっ!」
タカヒコ達は隔壁が抜かれた凍結したタービンフロアに飛び込んでいった。
中には凍結した赤い巨龍と、その前の宙に浮く毛皮のドレスを着て『牙に塗れた剣』を持った女がいた。
女はタカヒコと目が合うと口の端だけで嗤った。
タカヒコは即、加速を掛けようとイメージの時計を具現化させかけたが、突然凍り付いた床に拡がった闇を喰い破って数十もの『巨人の髑髏』が出現し、タカヒコ達に襲い掛かった。
「っ!」
「鬱陶しい能力しか使ってこねぇじゃねーかっ!」
「鎖よりマシっ!」
「どの辺がマシですかこれぇっ?! おわぁっ?」
タカヒコは遅れて加速を発動させ、凍気が通り難く頑強な巨人の髑髏に苦戦していたヴァルシャーベを抱えて一旦距離を取った。
スモモは力任せに髑髏達を黒金の魔槍で粉砕し、グラは刃の砂嵐で髑髏達を牽制しつつ、中空に飛び上がって視界を確保しようとした。
そこへ毛皮のドレスの女が斬り掛かってきた。避けられる攻撃であったが、グラは敢えて『旋風の魔槍』で受けた。
「っ!」
剣が触れた途端、魔槍の力が打ち消されたが、グラは逆の手で持った砂塵の魔槍で鉤爪のような砂を放って牽制し、間合いを取り直した。
旋風の魔槍の力は剣から離れればすぐに元に戻った。
「昨日の鎖のクソ魔剣と同じ性質だっ!!」
毛皮のドレスの女を牽制しながら仲間達に知らせるグラ。
「『クソ魔剣』なんて、随分な言い種ねぇ・・・クソ魔槍師がっ!!!」
牙に塗れた剣を振るい、さらに召喚した巨人の髑髏十数体をグラにけし掛ける毛皮のドレスの女。
隙を伺っていたタカヒコとヴァルシャーベにも、2人の近くの凍り付いた壁に発生させた闇から呼び出した騎士級竜3体をけし掛けた。
「ホホッ、昨日、針ヶ原で戦ったばかりなのにそんなガッ付いて戦って、ほんと野蛮ね魔槍師は。あんた達が分体を殺しまくったから、こっちは曜日がズレて寝不足で叶わないわ。私、第3曜日じゃなくて第5曜日『だった』のよ? ・・ふぁ~わ」
欠伸をする毛皮のドレスを女は凍り付いた赤龍の元まで下がるとその腹に触れた。
ドクンッ!!!!
鼓動が鳴り、赤龍はゆっくりと目覚め始めた。
「デカいクセに遠距離ブッパで簡単に封じられる間抜けは戦力にならないから、さっさとガス溜まりまで潜って自爆してくれる?」
「御意、マスター・・」
赤龍は巨体をうねらせ地中に潜る構えを見せた。
その時、巨人の髑髏と交戦していたスモモは、咄嗟に黒金の魔槍を笛化し鞘に戻すと、両手持ちした弧月の魔槍で周囲の空間を抉り取り、次の瞬間には地に潜ろうとした赤龍の眼前に出現していた。
「『御意』じゃねーっ!!!」
赤龍の頭部半分を空間ごと魔槍で抉るスモモ。抉られた赤龍の頭部はスモモの背後の中空に出現し、無残に凍ったフロアに落ちて血肉を撒き散らした。
ゆっくりと倒れてゆく巨体の赤龍。
「お前っ!!」
毛皮のドレスの女は魔剣でスモモに斬り掛かろうとしたが、スモモは弧月の魔槍を雑に毛皮のドレスの女に投げ付け、それを押し止めた。
「っ?!」
魔槍を剣で弾き、ほんの一時困惑した毛皮のドレスの女だったが、その隙をスモモは逃さず身体を回転させて勢いを付けた『裏拳』で毛皮のドレスの女の頭部を粉砕した。
「ネタが割れてりゃどうってことないんだよっ」
招き寄せた既に力を取り戻した弧月の魔槍に乗り直しながら、スモモは豪語し、赤龍は倒れ、毛皮のドレス女の死体とその手から離れた魔剣も凍ったフロアに落ちていった。
加速を付与された雪だるま怪人7体が落ちた魔剣を猛スピードで回収し、纏めて取り付き自爆して凍結させて打ち砕いた。
召喚された巨人の髑髏達も崩れ去り、タカヒコもヴァルシャーベを庇いながら騎士級竜を全て仕止めた。
「やるじゃねーかっ! スモモっ」
「スモモさんっ! いい感じですっ」
「へっへっーっ、お前もなぁ!」
他愛なく喜ぶスモモ。
「スモモっ、まだもう1段あるぞっ!!」
「いや、わかってるしっ」
スモモは古時計の魔槍から温存してきた業火の魔槍に持ち変えたタカヒコに素で警告され、慌てて真面目に構え直した。
それを合図としたかのように、凍ったフロアに落ちた毛皮のドレスを着た女の周囲に影が淀み、拡がり、女の死体を飲み込み、すぐに『無傷』の毛皮のドレスを着た女が影から浮き上がってきた。
「同じ相手と何度も交戦するもんじゃないね・・」
口惜し気な毛皮のドレスを着た女。
「わかってんじゃねーか。つーかお前らなんなんだ?」
「我々は『七日の竜使い』。竜族に敗れ、矮小化した神にこの滅びゆく世界を再生する力は無い。ゆえに、我々竜使いがその『奇跡』を代行するんだよ」
「はぁ?」
「最後の所で随分飛躍しているようだが?」
「古き神の下僕には理解できないだろうね。まぁいい、次の機会は」
毛皮のドレスの女は闇を纏い、逃れる構えを見せたが、タカヒコが業火の魔槍で床を突き、張った氷を吹き飛ばして伝った業火が猛烈に毛皮のドレスの女を闇ごと焼き払い出した。
「アアアアァァァーーーーッッ?!!!」
絶叫する女。衣服や髪は瞬く間に燃え尽き、人のシルエット持つ禍々しい緑色の炎の柱ごとき姿となった。
「『次』は無いな」
タカヒコは容赦はしなかった。
「うわぁ・・」
想定よりグロテスクであったことにやや怖じけづくヴァルシャーベ。
女は業火の中で幾度も再生する様子を見せたが、その度に焼死することを繰り返した。
あまりの高温に床が溶解しだし、凍り付いていたタービン管理フロア自体が高温化しだした。
「ヤベェな。ヴァル公、下はガス溜まりに通じてるっ! 床はフォローしろっ。スモモ、上をアレしろっ!」
「わっかりましたぁっ!」
「指示が雑っ!」
グラに促され、『火葬』されゆく女の周囲に擂り鉢状の雪塊を作り床の溶解を抑えようとし、スモモは持ち変えた黒金の魔槍で天井をブチ貫き、熱と水蒸気を逃し、空気を通した。
「ほぅ~~~ううううぅっっっ!!!!」
強化された業火の魔槍の力を使うタカヒコよりヴァルシャーベの方が青い顔で雪塊の擂り鉢のキープな苦労していた。
が、前触れなく、焼かれる女から圧倒的な量の闇が溢れ出し、業火に対抗し、雪塊の擂り鉢を飲み込んだ。
闇は焼かれながらもフロア全体を飲み込もうとする。
「タカヒコっ! 業火は維持しろっ」
「わかってるっ」
グラは自分の魔槍を駆ってタカヒコを抱えて天井の穴を目指し、スモモも続き、力の使い過ぎでフラついていたヴァルシャーベも籠手のフックワイヤーを穴の縁に掛けて上まで上がった所を、待っていたスモモにキャッチされて空へと離脱していった。
タカヒコ達が曇り空の下の宙に逃れた後を追うように、発動棟の建屋の天井を大きく吹き飛ばしてその『中心』を焼かれ続ける闇が噴出し、球体となって浮き上がってきた。
その表面に六つの巨大な人面が現れた。ジオッド、ルルチルチ、ディマシュの顔もあった。
「『ベザジャウノっ!』弱過ぎるっ」
「12体も分体を無駄にしたっ!」
「最悪ぅ~っ」
「無理に曜日を変えたからだよ」
「困りましたね?」
「ハァっ! だから言ったんだよっ、コイツを担当するのはコスパ悪いってっ! 私っ、言ったよねっ?!」
不満気な闇の顔達。タカヒコ達が対処に戸惑っていると、
ブォオオオォォーーーッッッ!!!!
下方の発動所の入り口の辺りから猛烈な凍気が放たれ、闇の顔達に直撃した。控えていた子供の姿のアマガミであった。
それを合図に、グラは砂嵐の刃を、スモモは空気を伝わる『打撃』の振動を放って攻撃を始めた。
「寒いっ! 痛いっ!!」
「もう1匹かっ」
「ヤダもぅ~帰ろっ。的じゃん?」
「ここで消耗すると勝っても、この後グダりそうだしね?」
「まぁ1つの教訓ということで」
「さっさと切り離そうっ! 熱いわ寒いわ的にされるわっ、最悪だっ!!」
表面を凍り付かせた闇の顔は内部で燃え続けるベザジャウノと呼ばれた女を排泄するように内部から真下に捻り出し、闇の竜巻となって暗雲の中に逃れ、『西へ』と消えていった。
「くそったれっ!」
「まぁ、あのまま粘られたらヤバかったし」
「私はもうダウンです・・」
「1人は完全に倒せた。それを収穫としよう」
タカヒコは崩壊した建屋内で燃え尽きたベザジャウノの残火を見詰めながら言った。
それからアマガミと合流し目立つ魔物や下位竜の残党狩りを終えると、後処理は竜狩り商会と警備局と発電局の者達に任せ、タカヒコ達はファイアスープシェルターに戻った。
シャワーを浴び、用意された警備局のジャージに着替え、食事を取り、2時間程仮眠を取り、再び、今度は執務室で中央管理局局長のユシャとシェルターの竜狩り商会長のナンドと顔を合わせた。
「たった5人であの大軍と竜を片付けるとは、魔槍師とは凄まじい物ですね」
袖と裾を捲った大き過ぎるジャージを着た、子供の姿になっているアマガミに困惑しながらもまずは持ち上げるユシャ。
「相性のいい魔槍を持っている者が多かったので。逆の条件ならお手上げでしたよ」
タカヒコはやんわり返した。この種のやり取りの苦手なグラは居心地悪そうに身動ぎをしていた。
「発電所の復旧にどれくらい掛かりそう?」
敬語は随分前にやめているスモモ。『大体、皆、知り合い』と思えば気楽であった。
「3ヶ月でなんとか。技術者を多く失ったのが一番の痛手です・・」
「マグマ発電はそもそも危なくないですか? 事故も多いんですよね?」
慰霊のホールのことが頭にあったので、思ったまま話してしまうヴァルシャーベ。
「西部は殆んどのエリアで水の確保が不十分ですし、エタノール発電だけでは補いきれないので」
ユシャの表情には疲労の色が濃かった。
「それもこれもだっ!」
ナンドが割って入った。
「ターミナルを攻略できなければ虚しいことになるっ! だが、『アッシドスワンプ』と『獅子岩』のシェルターの方は被害が出て、また2名魔槍師が脱落したようだ」
「『竜骨門』は15名で攻略ですか・・またキツそうですね」
「君達、魔槍師にはいつもすまないとは思っているよ」
「思うだけなら簡単さ」
「グラっ! 言い過ぎ」
スモモに嗜められたが、退屈な顔をするグラ。
「ともかく、我々は竜を狩るだけです。他にできることもないんで」
「あれこれ御託を並べるらしい、竜使いどももなっ!」
タカヒコに続けて、アマガミも自分の腰に両手を当てて言い放つのだった。
ターミナルシェルターに近いエリアは有力シェルター以外の衰退が激しく、無謀な大規模マグマ発電から手を引けない事情があります。