エッジムーン
エッジムーンシェルターのエピソードです。ハンバーガー出てきます。
多重に張られた秘匿障壁の向こうの薄暗い淀みの中に、多数の『卵』が脈打っていた。肉襞の中のそれらは人の大人1人が十分入れる程の大きさであったが、胎動しているのは小さな竜達であった。
1人の、爬虫類のような手を持つ人物がその1つを愛おしそうに撫でていた。そこへ、
「・・ルルチルチが投げっぱなしで『交代』しちゃったから、僕、ディマシュが引き継ぐよ?」
ディマシュと名乗った1人の少年が現れた。式典でしか着られないような古めかしく大袈裟な軍服を着ていた。
「増えたね。半分はターミナルに持ってくから。いいよね?」
爬虫類のような手を持つ者の隣に立ち、卵を見上げるディマシュ。
「というかもう今日、魔槍師達が来ちゃうし。急いでね? 何しろ彼らは僕らを見逃さない。そりゃあもう、決してね。ふふっ」
ディマシュは無邪気に笑った。
武装シェルター『エッジムーン』。持ち手不在の魔槍の力を借り、『汎用魔槍』を量産し、西部域で最大級の兵力を持つシェルター。
ターミナルシェルター陥落後も西部域が衰退しながらも一定の秩序を保っているのはエッジムーンの存在が大きかった。
そのエッジムーンが見える所まで、魔槍に乗ったタカヒコ、ヴァルシャーベ、アマガミは来ていた。
「エッジムーンシェルター。障壁ゴツいですっ」
都市全体を覆う半球状の強力な魔力障壁は2枚重なっていた。
「ここはエタノールプラントも大きい。魔槍を研究し、警備局も強いっ! 頼もしいことだ」
「だが、竜憑きのようだなぁ」
憂鬱そうなタカヒコ。
「安心しろっ! 私がタカヒコを護るっ」
「いや、フォローならヴァッシャにしてやってくれ」
「ヴァッシャぁ?」
半目でヴァルシャーベを振り返るアマガミ。
「コイツには『合成アロエ』でも渡しておいたら死なないっ」
「アロエはそんな万能じゃないですよ? アマガミ先輩。まぁそれでも私にはこの強化された真鋼の、ん?」
右腕の真鋼の籠手を見せ付けようとしてヴァルシャーベだったが、地上の一点に光をを見付けた。光は明滅している。
見ればオフロード車の屋根に乗せた電気式の照明から光が放たれていた。タカヒコ達の視力ならば判別できたが、若い男で、光信号で竜狩り商会の識別番号を知らせていた。
「商会か」
「随分シェルターから離れた所まで出張ってきたな。行ってみよう」
タカヒコ達は、オフロード車の方へ降りていった。
それから約30分後、タカヒコ達はオフロード車の商会の男の案内でエッジムーンシェルター内の裏通りを歩いていた。
ここまで男は急かすばかりで無口だった。
「随分コソコソしますねぇ」
「この2日で急に状況が変わった! 3人いた竜憑き候補を調べていた商会のサポーターが全滅だっ。支部は地下に潜るしかない」
商会の男は疲弊した様子だった。
「大変だったな」
「候補3人全滅ってことは1つが当たりを引いて、他の2班は隠蔽で始末されたワケか」
タカヒコはサポーターにも護衛が必要だと商会に何度か提案したが、組織の維持も難しい西部域ではままならないようだった。
「だろうな・・あそこだ。元は竜未満の魔物の退治をしていた者達に提供していた店だ。使い勝手は悪くない」
男が示したのは、パッと見はバー兼昼間は簡易バーガーショップをやってる、といった風の店だった。
よく見ると出入り口に簡易な魔除けの障壁が張られていた。
「バーですね。合成牡蠣ありますか?」
「ヴァッシャ、牡蠣は禁止だ」
「なんの話だ?」
「ムフフ・・」
一瞬、不穏な空気が流れつつ、一行は『休業中』と貼り紙された店へと入っていった。
カウンターに着くと、「俺はバーテンじゃない」と商会の男が言い訳しつつ出した『具材とソースをバンズで挟んだだけ』といった感じの合成ハンバーガーと合成ドリンクで、簡単な食事を取り、仕事の話になった。
「候補の1人は財務局局長の『ウラカ』。仕事はできる方だが、倹約家で、シェルター警備費や周囲の魔物退治や近隣シェルターへの魔物対策協力への支出にかなりうるさい。聖堂補修費等もケチってるね」
「どこのシェルターでも財務の役人はそんなもんじゃないか?」
「聖堂はともかく、警備や魔物退治に関してはエッジムーンの役人で予算削減を公然と訴えるのは異例だぜ?」
「うーん・・」
「まぁ候補は候補ですね」
ヴァルシャーベは面倒がった商会の男に無理を言って作らせた雑な作りの『合成クリームソーダ』を飲んでいた。
「2人目は上下水道局局長の『ハッシド』特に目立った点は無さ気だが、エッジムーンの複雑な上下水道の補修計画を担当していて、立ち入り禁止区域の設定範囲が少々広く、細か過ぎる。結果的に数年単位で放置されたエリアがあちこちある」
「この規模の古いシェルターなら珍しくもない気もするが、既に『攻撃』されている、となると違ってくるな」
アマガミは『合成シナモンスキムミルク』をジョッキで頼んでいた。
「これで当たりな場合、『眷属』を多数抱えている可能性が大きい」
タカヒコは『合成ミントソーダ』を頼みはしたが、商会の男が適当に合成ミントエッセンスを入れたせいで、歯みがき粉を水で溶いたようになってしまい、飲めた物ではなかった。
「3人目は文化局局長の『フゼニーヤ』だ。元々無害な魔物の保護活動をしていたが、年々過激化して、今はちょっと手が付けられない感じになってる。メディアへの影響力も強い」
「勢力の強いシェルターはメディアが発達することが多いからなぁ。ま、一概に悪いことでもないが・・」
「いやっ、人間社会における我々の天敵だっ! シェルターも骨抜きにされるっ」
「でもやたらマッチョ化して、近隣シェルター同士で戦争始められても困りますけど?」
一行はここから少し協議をし、シャワーと仮眠を済ませた後、3人で分担して監視に向かうことを決めた。
「シャワーは地下にある。ちゃんと湯も出るぜ?」
「おーっ、お湯ですかっ!」
「僥倖だ」
「洗濯するかな・・」
3人は地下へ降りた。商会の男の話ではシャワー室は狭いが男女別にあるらしいので、順番待ちする必要は無いようだった。
「というかアマガミ先輩。合成スキムミルクすんごい飲みますよね? なんか前に東部で見た時も飲んでませんでした?」
「ミルクは栄養がある。私は成長期だ。飲むようにしている」
「ん?」
胸が、という意味か? 大人だけど成長期、というジョークの類いか? どちらせよ淡々と言うのでヴァルシャーベは計りかねた。
アマガミの方も、話が通じていない様子に小首を傾げた。
「なんだ、ヴァッシャは知らないのか?」
「・・・」
気まずい顔をするタカヒコ。
「?? 何がですか?」
「こういうことだ」
アマガミは横笛形態の氷河の魔槍を取り出し、短く、勇ましいが孤独な曲を奏でた。途端、
「っ?!」
一陣の吹雪の後、アマガミを覆った氷が砕け、中からサイズ違いでアマガミと全く同じ格好をした『子供の姿のアマガミ』が現れた。
「ふぅ・・身体のパワーは落ちるが、やはりこっちの方が楽だな」
「なっっっ?!」
驚愕するヴァルシャーベ。
「私の年齢は12歳だ。普段は『大人の身体』に変化している。何しろ大人になったらタカヒコと『結婚』できるからなっ!」
「勝手に言ってるだけだけだ。俺は知らん」
「結婚だっ!!」
「知らん知らん」
「こっ・・・」
「ん?」
ヴァルシャーベはわなわなと震えた。
「子供じゃねーかYOッッ!!!」
渾身のツッコミにムッとするアマガミ。
「私の方が半年程魔槍師になるのは早かった。故に、私が『先輩』であることに変わりはない」
アマガミは腰に手を当てて、低くなった身長で見下ろすような器用なポーズを取った。
その頬を両手でムニョっと挟むヴァルシャーベ。
「こんなお子ちゃまに私は手下口調で接していたのかぁっ?!」
「にゃまいきだほっ」
頬を挟まれたまま、子供の小さな右手でヴァルシャーベの顔面を掴んで力を込めるアマガミ。ヴァルシャーベの顔の骨が軋んだ。
「痛タタタっ?!! パワー落ちてないじゃんっ?! わかったっ、わかりました、ってばっ! アマガミ先輩っ!!」
アマガミはヴァルシャーベの顔面から手を離してやった。しゃがみ込んで半泣きになるヴァルシャーベ。
「くぅ~っっ、お子ちゃまに『物理』で勝てそうにない現実を受け止め切れないっ!」
「その辺で。早くシャワーを浴びて仮眠を取ろう。アマガミも、変化は解いたり掛け直したりは疲れるんだろ? もう今日はしょうがないからそのまま動いた方がいい」
「しかしパワーと結婚が」
「パワーが落ちた分、魔力は上がってる。結婚はしないっ! 以上だっ」
「え~っ、タカヒコぉんっ!!」
「ついてくるな、女子は向こうっ!」
「もう~っ」
「・・あー、魔槍師辞めて高校入り直したい」
不毛なやり取りの後、一行は無事シャワーと洗濯と仮眠を済ませた。
タカヒコは文化局局長フセニーヤを担当した。
眷属の大量発生リスクのある上下水道局局長ハッシドは雪だるま怪人群で対抗できるヴァルシャーベが担当したが、明らかにフセニーヤのようなタイプの相性の悪い短気なアマガミは財務局局長のハッシドを担当させていた。
適材適所、であった。
低層ビル屋上の濾過貯水タンクの上にしゃがんで、隠れ家的な小さなレストランを観察している。合成ではない天然食材を使う高級店だった。
店の駐車場にはフセニーヤの公用車ともう一台、それからレストラン所有と思われる小型の電気式保冷トラックが停められいた。
タカヒコはフセニーヤの公用車を追ってきたのでもう一台の主はわからなかった。
貸し切りらしい店内はカーテンが閉められ、見えない。
従業員らしい者以外の店内の気配は、フセニーヤと同席している1人、後は警備の者達数名のみ。
念入りにフセニーヤに気配を伺っているが、普通の人間の気配にしか感じられない。
しかし子爵級以上の竜や擬態に特化した男爵級竜は巧みに『人の皮』を被る。
もう一度肉眼で正体を鑑定したかったが、フセニーヤは中々退店しなかった。
待てなくなったタカヒコが、レストランの屋根に移動して、近距離で気配を確かめようと考えたところで、フセニーヤはもう1人の人物と共に退店してきた。
周りに量産型の『汎用魔槍』を持った警備局の者達が付いている。
「・・・」
両者は腕を組み仲睦まじい。フセニーヤは独身であったが、相手の女は左手の中指にクローバーをモチーフにした西部風の結婚指輪をしている。
資料に同性愛者とはあったが、どうも不倫らしい。改めて肉眼で確認した結果、竜ではないと判断できた。
「・・人間、のようだな。ただの出歯亀になっちまったか」
タカヒコは勘のいい、警備局の者達に気付かれる前にスッとその場から離れていった。
子供の姿に戻ったアマガミは、財務公館の局長室の屋根裏の隙間から局長ウラカの様子を伺っていたが、延々1人でデスクワークを続けるばかりのウラカに飽き飽きし始めていた。
検分した結果、竜ではないようだったが、典型的な『戦闘型』の魔槍師であるアマガミは鑑定の類いがさほど得意ではない。決め手がほしかった。
「・・ちょっと『皮』を割いてみるか」
小声で呟き、立てた人差し指の先に小さな氷片を作り、紙の資料を捲るウラカの指先に向けて放った。
「痛っ?!」
指先を切ったウラカはほんの少し出血した。
「ついてない、救急セットが確か・・」
ウラカは執務机の引き出しを探し始めた。
「この血の匂いは人間だ。ハズレか」
アマガミは少なからず残念そうに言うと四角く切断して刺して持ち上げ、ズラし、無理矢理開けていた天井の隙間をそのままに、天井裏をネズミ達を驚かせながら高速で駆け抜けた。
勢いを落とさずに鍵を抉じ開けたメンテナンス用の小さな出入口から屋根に飛び出ると、公館を汎用魔槍を持って警備する者達の配置を素早く確認し、低い姿勢で、配置の穴の方位に再び駆け出した。
身軽な小猿のように公館から近くの建物に飛び降り、屋根の上を少し移動してからとある路地に飛び降りた。
埃まみれになった身体をはたくアマガミ。
「シャワーを浴びたばかりなのに・・損したな」
ボヤきながら歩き、角を1本曲がるアマガミ。地元の子供達が遊んでいたが、特に構わず、商会のバーガーショップまでのショートカットルートを考えて歩いていたが、
「ねぇ、どこの子?」
「変わった服だね?」
「真っ黒だっ!」
「一緒に遊ぼうっ」
子供達が話し掛けてきた。
「むぅ・・?」
取り敢えず腕を組み眉をしかめるアマガミ。実は『よく知らない同年代』に話し掛けられるのは得意ではない。
「『輪っかっか』しようよっ!」
輪っかっかとは、路面に円をいくつも画き、1は2に勝ち、2は3に勝ち、3は1に勝つ。というルールの『3拳』という3択勝負で競いながら、123各々に割り当てられた言葉に応じた分だけ片足と両足で飛び跳ね、ゴールの円を目指すというゲーム。
シェルターごとに3拳の出し方や割り当てられた言葉が変わり地域性がよく出る。と言っても、あくまで子供の遊びであるのだが、
「フッ・・よかろうっ! このアマガミにっ、輪っかっかで容易く勝てると思うなっ?!」
アマガミは実際、子供であった。
ハッシドを見張っていたヴァルシャーベは、旧市街の下水補修視察に現地に来ている局長のハッシドを見張りに来ていたが、その近くの長く封鎖されている旧上水管理溝に異様な気配を察し、そちらへ向かっていた。
ハッシド本人は、警備局の中でも手練れらしい、汎用魔槍ではなく、魔物の遺骸を加工した長い柄の先に斧を付けた武器『ポールアクス』を装備した護衛が数名付いており、上手く近寄れず、確認し辛かった。
「水道局の役人にあんなゴリゴリな護衛っ! 怪し過ぎますねっ。汎用魔槍持ってないしっ」
乗った粉雪の槍の上で言いながら、6割方は破損した仄暗い電気灯が照らす旧上水管理溝に入るとハッキリと魔物と竜の気配を感じた。
「いるっ! 多数っ! 眷属増やしてるパターンっ!! こっちも対抗しますよっ?!」
ヴァルシャーベは穂先の凍気を高め、数十体の雪だるま怪人群を作りだし、全速力で走らせ引き連れて気配の方へと飛行を続けた。
迎撃の眷属達はすぐに現れた。銅のような身体を持つ大型の蠍『赤銅蠍』、電撃属性の流動生物『放電スライム』、蝙蝠と大トカゲの中間のような姿の『竜蝙蝠』の3種での大群であった。
「よっしっ! 押しなさいっ、私の軍団っ!!」
雪だるま怪人達をけしかけるヴァルシャーベ。雪だるま達は赤銅蠍の毒尾に怯まず、電撃に砕かれてもすぐに復元し、怪音波を放つ竜蝙蝠を雪の腕を伸ばして叩き落とし、攻勢を掛けた。
ヴァルシャーベは雑魚は雪だるま怪人に任せ、より竜の気配の強い方へと向かった。
気配は多数。弱い個体のようだが、全て竜その物の気配がした。
「繁殖してますねっ!」
ヴァルシャーベは6体の雪だるま怪人を出現させ、それを3体ずつ合体させて屈強な『雪だるま怪人・凶』を2体造り出し、護衛に付けた。
雑魚を蹴散らし、闇の淀みを越えると、放置された旧上水管にこびり付くようにして肉襞が張り巡らされた空間に出た。
「ウェッ、臭っ!!」
鼻を摘まむヴァルシャーベ。肉襞には無数の竜の幼体が眠る卵がぶら提がっていた。
「・・察しはいいが、運の悪いヤツだ」
背後の闇の淀みから、視察中のはずのウラカと護衛の者達がズブズブと浮き上がってきた。
卵が次々と孵り、蠍の尾を持ち、僅かに放電する竜の幼体達がフロアの落ちて身を起こしだした。
護衛が人の皮を『2枚』剥がして蠍の尾を持つ『竜人』の姿を顕した。
「お前は幼体達をっ! お前は打ち上がって知らせてっ!」
ヴァルシャーベは雪だるま怪人・凶の1体を幼体群の足止めに向かわせ、もう1体は槍状に変化させ、爆発的に『真上』に激しく突進させた。
槍状の雪だるま怪人・凶は天井と上階と路面を撃ち抜いてエッジムーンシェルター上空に飛び上がり、激しく弾けて雪の結晶を広範囲にバラ撒いた。
「っ!!」
屋根伝いに移動してバーガーショップに戻る所だったタカヒコが気付き、
「っ?!」
地元の子供達と輪っかっかに熱中していたアマガミも気付いた。
「悪いっ、用事ができた! この『合成飴』は皆で食べてくれっ」
アマガミは子供達の1人にポーチからワシ掴みで出した飴を渡した。
「えーっ?! アマガミちゃん、帰っちゃうのぉ?!」
「すまんっ、楽しかったっ!」
横笛から槍形態に変えて浮かせた氷河の魔槍に飛び乗り、『雪の花火』の方へと飛び去っていった。
「飛んでっちゃったぁ」
「とゆうかさっきの花火なんだぁ??」
「雪みたいだったっ!」
子供達がザワめく中、その中にいた1人の帽子を目深に被り一際地味な格好をした男の子が、アマガミが残した飴を一つ掠め盗り、気配も無く、子供達をすり抜け、近くの路地の角に入っていった。
入るとすぐに服装が溶けるように変わり、古めかしく大袈裟な軍服に変わった。ディマシュであった。
「あれがアマガミかぁ。力はあるけど、ちょっと間抜けそうだね」
ディマシュはまだ持っていた合成飴の包みを開け、口に入れた。
「っ! 苺ミルクバニラ・・菓子のチョイスのセンスは侮れないね。ふふっ」
何やら感心するディマシュであった。
旧上水管理溝では、ヴァルシャーベがポーチアクスと蠍の尾を振り回す竜人と交戦していた。
両腕のみ竜化させた『ウラカの皮を被る者』も時折、放電する鉤爪で斬り付けてきた。
残る雪だるま怪人・凶は竜の幼体の群れに集られ、力尽きようとしていた。
「マズいですねっ!」
雪だるま怪人を増やしたい所であったが、竜本体であるウラカの皮を被る者が様子見の段階で消耗したくなかったのと、少しでも隙を見せれば放電爪で斬り掛かってくるのが厄介であった。
「死ねっ!」
ウラカの皮を被る者は両腕に電撃を溜め始めた。その時、
「っ?!」
雪だるま怪人・凶の1体が開けた天井の穴から緑色の炎の塊が超高速で飛来し、ウラカの皮を被る者に斬り掛かり、猛烈な、燃える槍によるラッシュ攻撃を放った。
両腕で受け切るウラカの皮を被る者。
「先輩っ!!」
一旦、ウラカの皮を被る者から離れるタカヒコ。
「ははっ、『加速』を捌きやがったっ! 子爵級が人間サイズに圧縮すると面倒だなっ」
「業火の魔槍っ!! お前がタカヒコかっ」
「んー??」
自分を『知っている』らしい竜に違和感を感じるタカヒコ。
と、残った雪だるま怪人・凶が遂に幼体達に倒され、ヴァルシャーベに殺到しようとし始めた。タカヒコはフォローに入ろうとしたが、即、ウラカの皮を被る者が高速で打ち掛かってきて妨害された。
「ヴァッシャっ!」
ヴァルシャーベは真鋼の小手の障壁で身を守り、フックワイヤー周囲の設備に掛けて、位置修正をしてりしていたが、執拗に襲ってくる竜人と迫る幼体群に優先順位をつけかねているようだった。
と、旧上水管理溝の、最初にヴァルシャーベが入ってきた方から、勇ましいが孤独な笛の音が響き渡り、時間差で、そちらから肉襞の空間へ激しい凍気が吹き込み、竜人達を怯ませ、幼体達を半ば氷り付かせた。
「遅れたっ!!」
氷河の魔槍に乗ったアマガミが飛来し、竜人の1体のポールアクスを砕き、その胴を突いて凍結させて打ち砕いた。
「アマガミ先輩っ!!」
「子供だがなっ!」
「一生ついてきますぅっ」
「どうでもいいっ、幼体どもが動き出す前にとどめを刺せっ!」
「了解ですぅっ!」
子分気質全開のヴァルシャーベは、まだ凍結から脱していない幼体達に容赦無く粉雪の魔槍を振るって狩りだした。
アマガミは残りの竜人と交戦を始めた。
「アマガミっ! 街の警備局は動いてたかっ?!」
タカヒコは引き続きウラカの皮を被る者と斬り結んでいた。
「ここに来る前に追い抜いたっ! 障壁は張ってないが直に連中も来るだろうっ。討ち漏らしは気にしなくていいっ!」
「わかったっ! それなら・・出し惜しみはしないっ!!」
タカヒコは魔槍の火力を一気に上げ、ウラカの皮を被る者に突き掛かり、雪だるま怪人・凶が空けた穴の下まで押すと、そのまま一気に持ち上げ、槍を高速で上へと飛行させた。
「ぐぅううっ?!!」
両腕で受けているウラカの皮を被る者。
地上まで飛び出すと、タカヒコはウラカの皮を被る者を横に弾いた。
「あそこじゃちょっと、お互い狭過ぎるだろ?!」
「ほざけっ!!」
ウラカの皮を被る者は皮を破り、放電する蠍のごとき巨竜の正体を顕した。
竜は姿を顕すと即座に雷のブレスの体勢を取ったが、タカヒコは笛の古時計の槍を鞘から抜き様に槍に変え、竜に向かって振るった。
「っ?!」
竜の頭部近くに抽象化された目覚まし時計が出現し空間が歪み、竜の頭部『のみ』の時間が減速した。
「こっちの槍は知らないのかっ?!」
タカヒコは言いつつ古時計の槍を笛に戻し、蠍のごとき竜の首の中心辺りに飛び掛かり、業火の槍を突き刺して爆発させて首に大穴を開けた。
穴から電撃が溢れ、タカヒコは慌てて飛び退いた。
竜の頭部に付いた目覚まし時計が消え、空間の歪みが収まり、時の減速化も消えると、蠍のごとき竜は巨体で踠き苦しんだ。
「街中でブレスは勘弁なっ!」
爆炎で加速し、タカヒコは竜が苦し紛れに放った路面を粉砕する勢いの蠍の尾を躱して再び距離を詰めた。
巨大な帯電する爪も避け、右肩に一太刀浴びせて背に周り、背を駆け、蠍の蠍の根元を切断した。傷口は燃え上がった。
「ガフゥッッ!! ガフゥゥッッッ!!!」
吐血しながらも激昂して暴れる蠍のごとき竜。
そこへ警備局の車両が次々と乗り付け、局員達が車窓から顔を出して唖然とした。
「こっちに来ちまったかっ! 目立つからなぁっ」
めちゃくちゃに暴れる蠍のごとき竜に手間取りながら、警備局員達を気にするタカヒコ。
「オイっ! あんたっ。魔槍師かっ?! どうなってるっ?! 商会からは何も」
「説明は後だっ!! 地下でも仲間が眷属どもと戦ってるが、こっちを手伝うなら近接はやめとけっ! 掠られただけで死ぬぞっ?!」
「・・っっ。了解したっ!! 所轄は地下へっ! 本局員は間接で支援するっ! 重火器隊は足元を狙えっ、魔槍隊は胴中段を撃つっ!!」
「了解っ!!!」
エッジムーンの警備局員達は3班に別れ、一般は手近な旧上水管理溝への入り口へと急行し、重火器を装備した隊は竜の両足を狙った。
汎用魔槍を装備した隊は、槍に魔力を溜め、三日月状の斬撃を竜の腹部や脇腹、腰等に撃ち込みだした。
「ガフゥウウゥッッ!!!!」
動きを阻害され、益々激昂した蠍のごとき竜は警備局員達に襲い掛かろうとしたが、隙を突かれ、右腕を切断された。
「ッッ!!!」
腕の付け根の傷口が燃え上がり、仰け反る竜。
「ッ?!!」
その頭上の中空に既にタカヒコはいた。
爆炎で加速し、蠍のごとき竜の眉間から上の頭部を吹き飛ばして後ろに突き抜けるタカヒコ。
だが、竜の胸部にも激しい生命の力を感じた。
「胸部にはコアか・・」
槍に乗ったタカヒコが、反転してとどめに入ろうとすると、竜の背に憤怒の表情の巨大な顔が出現し、タカヒコに放電する矢のようなトゲを乱射してきた。
「魔槍師めぇええっ!!!!」
「往生際が悪いっ!」
タカヒコは再び古時計の槍を取り出し、槍の力で目覚まし時計を顕現させて加速し、トゲを躱し、迫り、憤怒の巨顔に古時計の槍を撃ち込み、その奥の生命のコアを打ち砕いた。
「ア、アアア・・」
巨顔と竜の身体は瞬く間に老化し、朽ち、化石のようになって滅びていった。
「竜を倒したぞぉおおっ!!」
「ほぼ俺達の手柄だぁああっ!!」
「エッジムーン万歳っ!!!」
「うぉおおおーーーっ!!!!」
警備局員達が大喜びしだした為、
「・・・・」
温度差を感じざるを得ないタカヒコだった。
程無く地下の眷属も掃討され、商会からシェルター側に話も通され、タカヒコ達は背広に着替えた商会の男と共に、エッジムーンシェルターの中央管理局の『三日月の間』に通されていた。
部屋の中心の工学と魔法を掛け合わせた装置に1本の魔槍が設置されていた。三日月と雲の装飾が施されている。
「汎用魔槍の精製に力を貸す形で、永らくエッジムーンを護ってくれていた『弧月の魔槍』です。ターミナルを占拠する竜を倒す、というのであれば貴方型に譲りましょう」
エッジムーンの元首は言った。側に控える大柄な警備局局長も頷いていた。
「いいのかい? シェルターの守りは?」
「汎用魔槍のストックは大量にありますし、今は研究が進んで魔物の遺骸から強い武器も作れます。この槍はエッジムーンの象徴ではありましたが、最近は武器精製技術が高まり過ぎて周囲のシェルターから異論も出てきていました。そろそろ我々は離れるべきでしょう」
「・・・そうか。まぁ、魔槍は人の手に余る物だしな。そういうことなら」
タカヒコはそう言って、弧月の魔槍の柄を取ろうとしたが、小柄なアマガミが小走りに来て、タカヒコが振り返った隙に先に弧月の魔槍を抜いてしまった。
「アマガミ?」
「魔槍3本は負担が大きい。コレは私が預かろう」
「ん~、そだな。だが、俺もだが、契約した以外の槍は相応しい者がいたらすぐ譲れよ?」
「わかってる。きっと、拒否しても槍は『勝手に』選ぶだろう・・」
アマガミは少し厳しい表情をした。
「それなら私が預かっても」
「お前は籠手でもイジってろっ!」
「えーっ?! 言い方、キツくないですかぁ??」
不満気なヴァルシャーベであった。
それから約2時間後の夕暮れ、タカヒコ達は警備局のトラックの荷台に乗せてもらい、エッジムーンの障壁の外側まで送ってもらうことになった。
「こっちも全体の動きがわからなくなるからっ、行った先で竜狩り商会の支部には寄ってくれよぉっ!!」
背広からまた楽な格好に戻った商会の男が見送ってくれた。
「わかったっ! このハンバーガーっ!! 後で食べるよっ!!」
商会の男は『ちゃんとした店で買った方がいい』とボヤきながらもハンバーガーを作って持たせてくれていた。
「朝、食わしたのと全く同じだっ! 期待すんなよっ?!」
別れ際の商会の男は苦笑していた。
「新しい槍も手に入ったし、ハンバーガーもくれたし、収穫があったなっ」
既に『大人形態』に戻ったアマガミは横笛の形にした弧月の魔槍を手に上機嫌だった。
「結構働いたから1泊くらいしたかったです・・」
疲れた様子のヴァルシャーベ。
「警備局の人らが、俺らがすぐ立つからすぐ送ろうって、なっちまったんだからしょうがないだろ?」
「『魔槍師はタフで全然疲れない』ってイメージ払拭すべきですっ!」
「私はさっき1時間仮眠を取ったから平気だぞ?」
「そりゃ、アマガミ先輩は、アレ、じゃないです・・」
「アレとはなんだっ?!」
「まぁ、次のシェルターでちょっと休もう」
等と言い合いつつ、タカヒコ達は運ばれていった。
そのトラックを遠く離れた時計台の陰から盗み見る者がいた。
ディマシュであった。
「よ~し、いい感じに鬱陶しい魔槍が1ヶ所に集まってるねっ。ふふっ」
存外機嫌よさそうなディマシュであったが、その肩口からルルチルチがニュルっと顔を出した。
「ディマシュっ!」
「何? 今日は君の『曜日』じゃないよね? 寝てたら?」
「せっかく私がお膳立てしたのにっ。1人くらい仕止めてよっ?!」
「目立ち過ぎだよ? ターミナルにせっかく魔槍師達が集まってきてるんだから、どうせなら纏めて、じゃーんっ! って片付けちゃおうよっ」
「いざって時に弱い曜日が当たったら台無しでしょ?!」
ルルチルチの首は苛立たしげであった。
「それは違うよ?」
「何がよ?」
「僕達の力は『等価』だから、ただ特性が違うだけ。戦闘向きじゃない曜日だって、それぞれ、上手くやってくれるさ」
「そんなのアテに、あっ、むぎゅうっ!」
ディマシュはルルチルチを力ずくで身体の中に押し込めた。
「ま、真面目に頑張って、互いを信じて『皆』で協力すれば、きっと上手くゆくさ。ふふふっ」
ディマシュは晴れやかに笑い、闇の中に掻き消えていった。
タカヒコが地下から地上に出たのは狭いのに加え、狭い場所での炎上に自分は耐性があっても他の二人は未知数だった為です。