表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

雲間山

新たな魔槍師が登場します!

タカヒコとヴァルシャーベは『雲間山くもまやま』近くのシェルターに来ていた。

規模は小さいが街路樹もある環境の安定したこのシェルターには、竜狩り商会の支部があった。

と言っても合成オイスターバーに偽装した小さな店舗に過ぎなかったが。

2人はそこを訪ねた。


「・・じゃあ、雲間山にはまだ子爵級竜が実在しているんだな」


タカヒコは生の合成牡蠣は苦手な為、バター焼きを付き合い低度に頼んでいた。

それと無糖炭酸水を頼んだだけだったのだが、付け合わせに合成バケットを皿に山盛りに出されて内心困惑だった。この店か地域の流儀らしい。


「山に魔法使いの末裔達のコミュニティーがあってな、有償で定期的に確認してもらっている。竜は背中に深手を負っているが『死にそうで死なない』状態を50年以上続けてる。タチが悪いぜ」


「背中か・・」


「弱ってるなら楽勝ですね! というかこの合成牡蠣っ、無限に食べれますねっ!!」


ヴァルシャーベは、エタノールパックに小分けされて大皿に盛られた生の合成牡蠣にボトル入りの合成レモン果汁をバシャバシャ掛けながら、飲むように食べ続けていた。


「ヴァッシャ、程々にしとけよ?」


忠告しつつ、若干身の危険を感じるタカヒコだった。



小一時間後、槍に乗り、硬い鋸葉が目立つが新緑の雲間山の上空をタカヒコとヴァルシャーベは飛行し、目指す魔法使いの末裔達のシェルターを探していた。

雲間山は数十もの切り立った山嶺が連なる奇怪な山地の総称で、『雲間山の』と言っても、どこを差すかは少々わかり難かった。


「普通、これだけ近付けは気配でわかるもんだが、障壁に秘匿効果を足してるんだろうな。まぁ地図を確認すれば・・」


あまり地図は見ないタイプのタカヒコではあったが、そうも言ってられない。ポーチから取り出した。オイスターバーの支部で入手した地図で確認を始めた。と、


「・・・・」


ヴァルシャーベは無言で、徐々に乗っている槍をタカヒコに近付け、ついには業火の魔槍と粉雪の魔槍の穂先同士がカチ合って炎と氷の属性が反発し合ってバチバチ言う程、接近し、タカヒコに身体を密着させて地図を覗き込んできた。


「近いっ」


ヴァルシャーベを押し退けるタカヒコ。


「お前も印刷したの持ってるだろ?」


「う~っ」


「唸るなっ」


「合成牡蠣食べ過ぎてなんかムラムラしてきましたっ! せんぱーいっ」


目付きが怪しいヴァルシャーベ。


「言わんこっちゃない。向こうの谷に『砕石鳥さいせきちょう』の群れがいたから戦ってこいっ」


「ううっ、先輩の首、馬みたいでセクシーですねぇ?」


呼吸が荒いヴァルシャーベ。仰け反るタカヒコ。


「俺と馬とセクシーを関連付けで思考するなっ!」


「はぁはぁっ、馬ぁっっ」


「馬じゃねーよっ?! ええいっ」


タカヒコは谷の方に手刀を振るうようにして、業火の一部を放ち、砕石鳥達を怒らせて殺到させた。


「どの道増え過ぎたら討伐対象になるっ、先取りして間引きしとくぞっ?!」


「・・凄い人間のエゴですよね?」


「うるさいよっ! やるぞっ。余剰な『バイタリティー』を発散しろっ」


言いつつ、タカヒコは逃げるように向かってくる砕石鳥の群れに突進していった。ヴァルシャーベも渋々それに付き合った。

2人は無駄な戦闘をするハメになったが、ヴァルシャーベの『昂り』はどうにか発散されたようだった。



戦闘後、よくよく地図を見ればなんのことはなく魔法使いの末裔達のコミュニティーは発見出来た。

地上に降りると、入り口付近の障壁装置は機械化されておらず、装飾された2本の『石柱』によって障壁が発生していた。


「電気式じゃない、か」


「今時珍しいですね」


「ここじゃ、エタノールや化石燃料を獲得するのも大変なんだろう。まぁ技が残ってるのも凄いが・・」


2人は多重に障壁が張られた岩場の奥へと歩いていった。


「50年あまりも観測ばかりさせられたが、いざ魔槍師が派遣されるとなると次々現れるもんだな」


岩場の奥にあった『雲間山のシェルター』で暮らす魔法使いの末裔の長を訪ねると、ラジオを修理をしているところだった。


「魔法使いの末裔もラジオ聴くんですねぇ」


感心するヴァルシャーベ。


「そりゃ聴くよ。工学を殆んど禁止した時代もあったそうだが、あっという間に『石炭の使い方もわからない』状態になって、コミュニティーが崩壊しかけた。我々の魔法の技も年々衰えてるしね」


「障壁は電気無しでばっちり起動してましたよ?」


「そりゃあ、死活問題だから念入りに」


「ちょっといいか?」


タカヒコが話に割って入った。


「長。今、『次々に』と言ったが、俺達以外にも来ているのか?」


オイスターバーの支部ではそんな話は聞かなかった。


「ああ、ついさっき。入れ違いだね。あの人はこっから北のシェルターから直に来たらしい。あまり人の話を聞かない感じだったから、あんたらの商会にちゃんと通してないんじゃないかなぁ?」


「北・・」


西部域のこの辺りを北ルートで攻略しているはずの魔槍師何人かの顔を思い浮かべるタカヒコ。


「誰ですその人?」


「アマガミ、と名乗っていたよ。真っ黒い服を着て、乳の張った娘だった」


「あ、アマガミ先輩っっ」


おののくヴァルシャーベ。


「アマガミか。こりゃすぐ行った方がいいなっ」


タカヒコも冷や汗をかいていた。


「あんたらの人間関係に興味は無いが・・」


長は椅子から立ち上がり、棚から装飾された砂糖壺ような物を取り出し、蓋を開け、中身を摘まむとタカヒコとヴァルシャーベに向かって振り掛けた。

灰のような物だった。匂いは香の類いを思わせた。


「わっ?」


「・・・」


長が片手で印を結んで口の中で何か唱えると、灰のような物はうっすら輝き、タカヒコ達の身体に吸収された。


「これで今日1日くらいは竜に気付かれ難くなる。観測の時に使ってる魔法だよ? 先に行ったアマガミという魔槍師にも施しておいた」


「お~っ、ホントに魔法使いじゃないですかぁっ!」


自分の匂いをしきりに確認しているヴァルシャーベ。


「いや、昔は私らも子爵級の竜とタイマンで戦えたというから、もうホントに残りカスみたいなもんだよ」


「そんなことないですよぉ」


「とにかく助かった。ありがとう。俺達もすぐ出るが、この山の竜についていくつか確認させてくれ」


「知ってることならね」


タカヒコ達はそれから竜について情報を整理し、5分も経たない内に槍に乗ってキノコ型の屋根の家々が目立つ魔法使いの末裔達が暮らす雲間山の小さなシェルターを出立していった。



2人は先に行ったアマガミを探しつつ、竜の住み処となっているという『歪谷いびつたに』を目指すことにした。


「アマガミなら途中で無駄に戦ってるだろうからすぐわかるだろ」


「バイタリティーが有り余ってるんでしょうね」


「お前が言ってもな・・」


「何かぁ?」


「・・・」


ともかく2人は連なる山嶺を越えて飛行を続けていたが、程無く地上の一点から多数の巨大な霜柱が立ち上がるのが見えた。


「わかり易い」


「気付かずやり過ごす方が難しいですね」


2人はややげんなりしつつ、霜柱の方へ降下していった。

そこは凍結地獄と化していた。氷と一角鯨の装飾がされた『氷河の魔槍』を持つ、黒衣の旅装束を着た長身で胸も尻も大きな女が、『岩猿いわざる』の群れを蹂躙していた。

戦闘ではなく、蹂躙であった。襲ってくる体長2メートルは越える岩猿達の群れを纏めて薙ぎ払い、撃ち抜いてゆく、攻撃手段ではなく勢い余って巨大な霜柱を発生させていた。

劣勢の岩猿の大半は、降下してきたタカヒコ達に気付いて逃れていった。

氷河の魔槍を振るう女も1体の岩猿を踏みつけて凍結粉砕しながらタカヒコ達の方を振り返った。

最初は鬼の形相であったが、降りてきた1人がタカヒコと認識するやいなや、


「タカヒコぉんっ」


黒衣の女は急にふにゃふにゃになり、しかし、残存の岩猿達を凍結粉砕しながら駆け寄ってきた。


「あ~、アマガミ。久し振、おぶぅっ?!」


抱き付く、というより『捕獲する』勢いでタカヒコに飛び付くアマガミと呼ばれた黒衣の女。胸で窒息させる勢い。

ドン引きするヴァルシャーベ。


「はぁ~っっ、ホントに久し振りじゃないか? 東部以来だなっ。私の方はお前が来ているらしいルートに寄ってみるのだが、なぜか毎回擦れ違いっ!」


「もぶぶっ!」


胸による捕獲から逃れようとするタカヒコだったが、圧倒的剛力で逃さないアマガミ。


「それって避けられてるんじゃないですかぁ?」


シラけた顔のヴァルシャーベ。


「はぁっ? なぜお前までいる? ヴァル公っ!」


「ヴァルシャーベです。というかまだ猿、残ってますよ?」


「おぶっ、ぶっ!」


言ったそばから唯一生き残った岩猿がアマガミの背中や後頭部に猛烈な連続拳打を放ちだした。

未だ胸から逃れないでいるタカヒコ。


「ヴァル公っ、まさかタカヒコと2人で旅をしてきた、のか?」


岩猿には構わず嫉妬を漲らせてヴァルシャーベを睨むアマガミ。


「ま、そうですねぇっ。それから私、先輩からは『ヴァッシャ』と呼ばれてるんで」


「ヴァッ、シャ・・?」


「もっっ?!」


胸に抑え付ける力が更に強くなるアマガミ。息苦しいを越え、『圧殺』のフェーズに入りつつあった。

一方、攻撃が効かない岩猿は困惑し、近くの岩を抱えて全力でアマガミの頭部に打ちおろしたが、岩の方が粉砕されるだけだった。驚愕する岩猿。


「・・・」


「も・・ぶはぁっ」


アマガミは昏倒する寸前のタカヒコを胸から解放し、振り返り、蹴り上げで岩猿の顎を打ち首から上を粉砕し、派手に血飛沫を上げさせた。


「なんだお前はさっきからぁっ?! たんこぶができるだろうがぁっ?!!」


へたばってるタカヒコ共々、血の雨を浴びながら一括したアマガミはおもむろに、足元のタカヒコを見下ろした。冷たい瞳。氷河の魔槍が力を増し、周囲の血溜まりが凍り付き始める。

救助すべきか? ヴァルシャーベは密かに粉雪の魔槍を構えた。


「・・タカヒコ、説明してもらおうか?『ヴァッシャ呼び』に関して」


「ゼェゼェ・・待てっ! 語弊があるっ」


「語弊、とは?」


「ヴァルシャーベはヴァル公呼びが嫌らしい。だが、名前が長いから『略称』で呼ぶことになった、それだけだっ!」


「略・・称・・」


殺気がやや収まり始めたが、


「略称ではなく、愛称ですっ!」


訂正するヴァルシャーベ。


「愛称っ?!」


殺気は再び高まった。


「略称が元々の愛称だっただけだっ! 他意は無いっ。ただの同行者だっ!」


「ただの同行者ではありませんっ、『バディ』ですっ。今日、オイスターバーにも行って来ましたっ」


「バディ? オイスターバー??」


殺気の高まり共に魔槍の凍気も強まり背後の既に下半身は凍り付いていた岩猿の死体は完全に砕け散った。


「ヴァッシャっ! いらんことを言うなっ。西部の攻略ルート上の竜を倒すのに協力していただけだっ。麓近くの商会の支部がオイスターバーに偽装していたっ! これもそれだけだっ。ヴァルシャーベとは何もやましいことはないっ」


「・・なーんだっ! タカヒコぉっ」


一転、殺気を消し、再びタカヒコに飛び付いて頬擦りするアマガミ。半ば凍り付いていたが、互いに岩猿からの返り血を浴びていたのでタカヒコは溶けかけたフラッペを顔に塗りたくられているようだった。


「ふぅー・・こうしていると、落ち着くね?」


「っっどこがだよっ?! 血塗れじゃねぇかっ?! いい加減にしろっ」


「ひゃうんっ」


タカヒコはアマガミを突き飛ばした。ふにゃふにゃと転がるアマガミ。

そこへ、輝く冷たい風が吹き、タカヒコとアマガミに付いた血を凍らせ全て引き剥がした。

ヴァルシャーベが粉雪の魔槍を使っていた。


「時間の無駄です。とっとと竜を狩りにゆきましょう」


「ふんっ、いっぱしの口を聞くじゃないか? ヴァッシャっ」


即、ふにゃふにゃをやめるアマガミ。


「アマガミ先輩はフルネームか、なんならヴァル公のままでもいいですよ?」


「いーやっ、敢えて愛称で呼んでやろうっ! その呼称になんら特別性が無いことを日々立証してやろうじゃないかっ? ヴァッシャよっ!」


「無駄の努力お疲れ様で~すっ」


「おおっ?」


「何かぁ?」


互いに接近して煽り合おうとしたが、身長と体型の違いでアマガミの胸部に弾かれてすっ転ばされるヴァルシャーベ。


「くっ、どんな胸筋ですかっ?!」


「ハッ! 私の乳力ちちりょくは5千万」


「もういいってっ! 出発しようっ」


キリが無いのでタカヒコが間に入り、3人はなんだかんだで歪谷へと出発していった。



3人は雲間山の中の歪谷まできたが、竜を探すまでもなかった。1つの谷からはみ出すように竜が苦し気な顔で眠っていた。

翼と額に3本の『角』を持つ岩のようや肌の竜であった。遠目に背の傷も確認できた。


「長の魔法の護りありでも、バレずに近付けるのはここらまでだな」


「手負いとはいえ、あの大きさ子爵級竜。角からも範囲攻撃もあるらしい、となると封鎖障壁は悪手だろう」


「でもなんか1個は保険掛けたいですよね?」


「それもそうだ・・」


タカヒコは腰の後ろの鞘から古時計の魔槍の笛を抜き、槍形態に変えた。


「ホントは笛を奏でて掛けた方が安定するが、この距離だとさすがに気付かれるだろうからな」


タカヒコが念じて古時計の魔槍を軽く振るうと、目覚まし時計型の魔力の構造物が出現し、タカヒコ、ヴァルシャーベ、アマガミの3人の胸に吸収されていった。


「ふぅ・・これで任意で1度だけ、数秒加速できる。有効期間はまぁ小一時間ってとこか」


「なんで時計の中でも目覚まし時計型にしたんですか?」


ヴァルシャーベが何気なく聞いた。


「え? いや、俺、魔槍師になる前は合成木材プラントのあるシェルターにいてな、そこの木工工場の寮で寝起きしてたんだが、その時使ってた『時計』だ。他に印象的な時計のイメージがなかった。具体的なイメージが無いと効率悪いようだからさ」


「木工工場で働いていたのか、可愛いな!」


工場で淡々と働いているタカヒコを思い浮かべて萌えたアマガミ。


「可愛くないっ。えー、まぁ、そんなとこだっ。他に何かアイディアあるか?」


「最初に加速して一気にあの背中の傷を攻められるなら殺っちゃいましょうっ!」


「無理なら私とヴァッシャ、で首から下の動きを封じよう。タカヒコはあの角を優先してくれないか?」


「わかった。それでいこう」


タカヒコは古時計の魔槍を笛形態に戻し、鞘にしまいながら言った。


タカヒコ達が槍に乗って高速で接近すると、背に傷を持つ竜はすぐに気が付き、両目を見開くと3本角を光らせ、『見えざる刃』を無数に放ってきた。


「ハハッ! 速攻は無理だなっ! 角からいこうっ!!」


「了解っ! ヴァッシャっ、合わせろっ?!!」


「言われなくてもっ」


アマガミとヴァルシャーベは見えざる刃を躱し、タカヒコのみ突進させつつ槍から飛び降りながら柄を掴み、凍気を纏い回転しながら互いに接近し、宙で激しく互いの魔槍の穂先をカチ合わせた。


「凍り付けっ!!!!」


声を揃えると、凍気の波動が背に傷を持つ竜の首から下を襲い、全て凍り付けにした。

しかし、凄まじい反動が返ってきた。氷の上に着地したアマガミは耐えたが、ヴァルシャーベは脂汗をかきだす。


「ゾォオオアッ!!!!」


吠える竜は自らを封じた2人に見えざる刃を放とうとしたが、突進して槍から飛び降り柄を掴んだタカヒコが大振りで半月状の業火の刃を頭部に放ってきた為に、その迎撃に専念せざるを得なかった。

激突して業火と見えざる刃は大爆発を起こしたが、その炎を掻い潜ったタカヒコは動きのままならない竜の3本の角を全て切断し、さらに右目も叩き割って炎上させた。


「ゾォオオオオオアァッッ!!!!!」


激怒し、咆哮を上げて身体を縛る氷塊を砕いて羽ばたき、背に傷を持つ竜は上空へと上昇を始めた。


「アマガミっ! ヴァッシャっ!」


タカヒコは砕かれた氷が飛び散る中、槍に乗り直し竜を追い始めながら呼び掛けた。


「私は大丈夫だっ! ヴァッシャを避難させるっ!!」


ヴァッシャは凍結解除の衝撃で昏倒していた。


「任せたっ!」


タカヒコはそう叫んで、竜を追った。


「ゾォオオアッ!!!」


曇天を背負うようにして、上空で待ち構えていた竜は脱出でボロボロになった両翼を羽ばたかせて、2本の『竜巻』を起こしてきたが、タカヒコは巧みに乗っている槍を操って気流に巻き込まれることなく竜に接近した。


「傷が痛むかっ?! 50年待たせちまったらしいなっ! 終わらせてやるっ!!」


「おぞましい神の遺物と愚かな眷属っ!! 滅びよっ!」


「言うねっ!!」


背に傷を持つ竜は大口を開け『メガロックブレス』を放ってきた。岩の破片を含む地属性の力の奔流。

山嶺を幾つか吹き飛ばすと共に新たな岩塊を大量に発生をさせもしていた。

素早く槍を操って回避するタカヒコ。ブレスは長く、途切れない。


「タカヒコっ!!」


下方から追ってきたアマガミが、飛び降りた槍の柄を掴んで振るい、氷の矢を大量に竜に放ち、損傷の激しい両翼をさらに傷付け、ブレスを止めた。


「アマガミっ、雲を使えっ!!」


古時計の槍に乗り直し、業火の槍を構えながらタカヒコが叫んだ。


「っ! よしっ、任せてくれっ!!」


アマガミは、業火を連発しながら牽制するタカヒコを追い抜き、曇天の中へと突進していった。


「ゾォオオアッ!!」


巨大な尾を振るい、爪を振り下ろし、噛み付き散弾状の短い石のブレスを吐き、背に傷を持つ竜は暴れたが、タカヒコは躱し、業火の牽制を続けた。

それでも、タカヒコは徐々に追い詰められていったが、


「っ?!」


突如、上空から岩のごとき雹が周囲に降り出した。密度はそれ程でもないが絶え間なく降り、巨体の竜は躱し切れず、傷んだ両翼や背の傷に直撃し苦しみだした。


「ゾォオアッ!!!」


これに地上では、


「うわわわっ?! 加速今ですかね? 今ですかね??」


気が付いていたヴァルシャーベが寝かされていた岩陰を岩ごと雹で破壊されて逃げ惑っていた。


「さて」


タカヒコは暫く雹の回避に専念したが、冷静に竜の動きの降りゆく雹のパターンを見極めた。


「っ!」


1度きりの加速に古時計の魔槍本体の加速も上乗せし、タカヒコは竜の死角になった右側から一瞬で間合いを詰め、右腕、右の翼、尾を切断し、斬り口を業火で炎上させた。


「ゾォオオアーーッ?!!」


絶叫して落下を始める背に傷を持つ竜。その時、自分で降らせた雹を追い越し、加速を使ったアマガミが真っ直ぐ超高速で落下してきて混乱する竜の背の傷を貫き、腹から突き抜けていった。


「ゾォッ・・」


竜は、背と腹から爆発的に霜柱を吹き出し、バラバラに分解され、滅ぼされた。

落下してゆく破片。


「げぇっ?!」


さらなる落下物に、ヴァルシャーベは加速を使用するより他なかった。


「お見事っ、アマガミっ!」


「・・・」


また血塗れで槍に乗って浮上してきたアマガミは右手をスッと横に振るって返り血を凍結させて全て払った。


「タカヒコ」


「ん?」


「もっと褒めてぇ~んっ!!!」


アマガミが自分の槍から飛び付いてきたのでバランスを崩しそうになり慌てるタカヒコ。


「ちょっ?! 今、空中だからっ!!」


「タカヒコぉんっ!!!」


「だぁっ?!」


タカヒコ達はジダバタしながら降下していった。



その様子を、やや離れた山嶺の岩穴から双眼鏡で伺う者がいた。岩穴には防護、忌避、不可視の障壁が3重に掛かっていた。

その者はズタズタに傷んだローブを着込み、闇を纏った若い娘だった。


「ふん・・『第1曜日』のヤツの言う通り、中々の使い手じゃん。仲間も増えちゃったし」


「業火の槍、というのがよくないよね」


ズタズタのローブの一部が盛り上がり、少年の頭部が顔を出した。


「コラっ、『第6曜日』っ! 今日は私、『第4曜日』の曜日だよ? 勝手に出てくんなっ」


「なんだよぉ」


「しかし、実際業火の槍はいけませんね。アレは『竜殺し』ではなく『竜使い殺し』」


また別の、機械化されたマスクをした頭部がズタズタのローブから顔を出した。


「我々の分体も簡単に2つも殺されてしまいました」


「それは第1曜日がアホだからだよ? というかお前も勝手に出てくるなっ、『第3曜日』っ!」


「おや、これは失礼」


「アホとはなんだアホとはっ!」


奇妙な帽子を被った小肥りの中年男がズタズタのローブから顔を出した。


「なんだ?」


「どうしたどうした?」


「ホホホッ」


他の『頭達』も出てこようとしたが、第4曜日と名乗った娘が全ての頭をローブの中に押し戻し始めた。


「今日はっ! 私の曜日だと言ってんのっ!! も・ど・れ・よっ!!!」


第4曜日は他の頭達を全て押し戻し、一息つくと、双眼鏡もズタズタのローブの中に沈め、クルリっと1回転してローブをはためかせた。

ズタズタのローブは煌びやかな魔女のローブへと早変わりした。


「よ~し、曜日が変わる前に、この第4曜日っ! 『ルルチルチ』様が仕込んでおいてあげようっ。次の竜憑きシェルターは『エッジムーン』だったよねぇ? ふっふっふーっ」


第4曜日、ルルチルチは上機嫌で岩穴の奥の闇と一体化し、消えていった。ルルチルチが消えると同時に3重の障壁も消え、岩穴自体が崩れ去っていった。



竜の死体は放置すると周囲の魔物が食べて凶暴化させてしまう為、ヴァルシャーベの雪だるま怪人達に全て回収させ、最初に砕いた角以外はタカヒコの槍の業火で焼き尽くした。

一行は竜の角を持って魔法使いの末裔達のシェルターに一先ず立ち寄ることにした。


「長、この角の半分は商会に渡してくれ。残りはこのシェルターで使ったらいい」


「いいのかい? 協力の報酬にしては過分な気がするが」


長と側近達は山積みされた竜の角に圧倒されていた。


「いや、竜の死体は全て回収したが、飛び散った血液や細かな肉片までは回収できてない。竜が消えてこの辺りの魔物の勢力図も変わるだろうし。魔法の技を持つあんた達ならこれで上手く対応できるだろう」


「悪いね」


「悪いね、と思うのでしたら、この籠手強化できませんか? あちこちシェルターを回ってるんですけど、サイズ調整しかできてないんですっ」


ヴァルシャーベは右腕の真鋼しんこうの籠手をヌッと掲げて長に見せた。


「真鋼か・・まぁ、簡単な錬成でよければ」


「おっ?! ホントですかぁ?!」


「よかったなヴァッシャ」


「へへっ」


「私もそれ欲しい。私も『よかったなアマガミ』と言われたい」


「言われたいだけですよねっ?」


「ぬっ・・」


等と言ったりしていたが、戦車墓場で手に入れたヴァルシャーベの籠手は30分の掛からずに強化された。


「足した効果は2つ、1つはフックワイヤーを出す効果。ワイヤーを消費したから籠手に『鉄粉』を補充したらいい」


「ほう・・おわっ、と?」


ヴァルシャーベは近くのキノコ型の屋根にフックワイヤーを射出して引っ掛けて、引き寄せる力で屋根に登った。


「おーっ! これ、カッコイイですっ」


「もう1つは小さな障壁を張る効果」


「こうですか?」


ヴァルシャーベは籠手から円形の障壁を出した。


「おお~っ」


「性能の試してやろうっ」


アマガミは近くの小石を拾い、それを砲撃の勢いでドカンっ、ドカンっとヴァルシャーベの籠手の障壁に投げ付けだした。


「危なっ?! 危っ。イジメですっ! これは明らかに後輩イジメですっ」


「イジメではないっ、ここからターミナルシェルターまでっ、私は2人きりでタカヒコと旅をするっ! お前はここで暗殺するっ!!」


「こんな雑な暗殺ありますかっ?! タカヒコ先輩っ! 助けてっ!!」


「・・あ~、やめとけ。アマガミ」


「えー? だってぇ、タカヒコぉんっ」


致死的な『投石』を一先ず止めるアマガミ。


「それ、言う程可愛くないですからねっ」


「コイツっ?!」


アマガミは投石ではなく氷河の魔槍を持ってヴァルシャーベを追い掛け始め、ヴァルシャーベはフックワイヤーを使ってキノコ型の屋根から屋根へと逃げ回り始めた。


「・・あんたも大変だね」


「まぁ、アクの強い人が多いんで・・」


長にしみじみと応えるタカヒコであった。

魔法使いはかつて厳しく迫害された経緯がありますが、現在はその末裔が減り衰えたことや、普通の人々の文明も衰え魔法使いの存在自体が疑問視されるような状態になったことで、もう大半の魔法使い達は過去の恨みから離れた暮らしを選んでいます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ